設立趣意書

1990年代にはいってソ連邦の崩壊とともに共産主義体制が行き詰まり、自由市場経済が世界の潮流となった。市場経済下では商品・サービスの価格は需給によって決定されるが、その「質」が取引者の間でよく理解されていることもまた価格形成にとって大いに重要である。このことを商品・サービスに関する「情報の対称性」と呼んでいる。売り手と買い手の間で情報に偏りがありどちらかが「優位」になればその方に「超過利益」がもたらされ、その結果「情報劣位」者は市場から去っていく。「情報の対称性」が確保されないと商品・サービスの「逆選択」が起きて市場は非効率となり「市場は失敗」する。バブル経済の形成と崩壊はこれを如実に示したといえる。

ディスクロージャーは有価証券の価値に関する情報を余すことなく正確に公正に開示し、市場の効率性を達成し、発行体の企業の資金調達と国民資産の運用を円滑に行おうとして生成され発展してきたものである。コーポレート・ガバナンス(企業統治)もディスクロージャーによって達成され、エージェンシ・コスト(経営者がもたらす機会費用)を下げることができる。

いまやこの考え方は有価証券に限らずあらゆる商品、サービスについても適用される。食品、薬品、電器、自動車から労働市場、さらには民主的政治や行政の透明性を高めるためにもこれが用いられる。情報公開の思想はこのような理論に基づいており情報の公開によって「殺菌」され、世の中が良くなると考え、情報が広く・深く行き渡ることを促進している。

わが国は第二次大戦後、米国のディスクロージャーの考え方を半ば強制的に受け入れ有価証券報告書を中心に情報開示制度は展開してきた。連結決算、監査法人、アナリスト、インサイダー取引防止など諸制度等で一定の枠組みができたようにみえる。

しかし、足元を振り返ってみると会計制度は商法、証取法、税法の(ゴールデン?)「トライアングル」と称しているが、殆ど税法に引っ張られ、証取法のそれは歪められている。(純粋)持ち株会社が認められていないもとでの連結決算は基本的に表現力を欠き、その効力が低く、このため資本の交流が24時間行われているなかで、国際的な会計水準に大きく水を開けれれている。また「土地神話」とそれが崩壊した現在でも、その価格は19世紀の簿価のままで21世紀を迎えようとしている。わが国企業の年金会計も時価評価すると「要積立額」に対し四0%も不足していることが米証券取引委員会への報告で初めて明らかになっている。銀行のディスクロージャー制度は強制力がなくいわば同制度の「治外法権」的な位置をとってきたことが、今日の不良債権の問題を起こしたといえる。これにからんで監査制度も問題点が指摘されるようになった。日米交渉で強要された形の「関連当事者との取引」の開示など制度そのものもその効果を十分検討されず成立しているのも多い。

また行政指導、自主ルール、ガイドラインと称する規制が金融・証券界にはいまなお数多く存在するが規制間に矛盾が起きるなど制度疲労が起きている。「利益配分ルール」のように全廃され、これにとってかわってディスクロージャーが用いられるケースもある。発行・流通両市場の活性化と効率化のためもっとディスクロージャーの原理が適用されねばならない。ディスクロージャーによって日本的経済システムを改革しなければならないが、現行ディスクロージャー制度も同時に改革しなければならない。これがディスクロージャーの国際的調和につながる。「創造的破壊」の時がきた。

制度的な情報開示に加えインベスター・リレイションズ(IR)など自発的デスクロジャーがぼつぼつ動き出しているが、本格的になるにはなお時間を要する。アナリストも株式、社債関係ともなお真に独立性が問われる部分を残している。

一方、インターネットの登場で高度情報社会はいよいよ広まり、絶え間なく情報を収集・発信している。「情報化」は商品・サービスの価値の測定をますます迅速、高度化させ、市場経済を活性化させると同時に国境を低くしグローバル化を推進させる。「大航海時代」ならぬ「大公開時代」といえる。情報化の基軸であるデータベースは一定の時期に、一定の定義のもとにタテ・ヨコ比較可能なよう行うディスクロージャーの概念と同質である。当学界は議論の透明性を確保するため、電子メールで意見・論文を受付、関連情報とともにインテーネット上にホームページを開設し、内外で自由な交流を深める。発起人には米国をはじめ各国の学者・実務家も参加する。開かれた社会は開かれたネットワークで展開する。

ディスクロージャーは英米(アングロ・アメリカ)流の市場経済の原理である。日本流の「(民は)由らしむべし、知らしむべからず」の対局の考え方でこれを「知らせるべし、由らしむべからず」に変革しなければならない。世紀末の閉塞感を打破し新しい普遍的な経済・経営システムの構築は「情報公開」というキーワードを通じて検討し、具体的・抜本的提案をするため学会、実務界、レギュレーターが自由に、活発に議論し、機能するディスクロージャーを推進する。

1996年6月6日  文責:ディスクロージャー研究学会 世話人 吉村 光威