ディスクロージャー研究学会



(青空に物事を晒すと虫干しされ綺麗になる)

文書No.
970218

アナリストとインベスターズ・リレーション

    「1」メリルリンチ証券 鈴木 孝之 氏。

    97/ 2/18 日経金融新聞  

 最近、IRについて一種の流行のように語る風潮があるが、全くの誤りだ。IRとは企業にとって戦略的に重要なものであり、担当部署には組織的に情報が集まるよう、社内で認知される必要がある。

 株式市場ではグローバル・スタンダード(国際標準)で企業を選別する動きが鮮明になっており、これはディスクロージャーについても当てはまる。透明性の高い企業が買われる一方、情報開示の悪い企業は投資家から見送られる。

 日本証券アナリスト協会のディスクロージャー研究会の調査によると、アナリストの要望では、「グループ企業すべてについて詳細な情報を開示してほしい」というのが最も多い。年一回は経営トップ自らがアナリスト、投資家と面談する機会をもってほしい との声も強い。「トップの顔が見えない企業には投資しにくい」ということだろう。 IRへの取り組みには、業態や地域、企業の歴史によって違いが見られるようだ。小売業界を例に取ると、百貨店やアパレルは総じて透明度が低い。関西系企業の方が関東系より情報開示に前向きという傾向も見られる。

 また、新規公開して間もない企業は総じて透明性が高い。一方、歴史の長い企業では、「株式を公開していることを忘れているのではないか」と思えるほどディスクロージャーに後ろ向きなケースもある。これには幹事証券や取引所などの新規公開企業に対する指導の成果が表れているのではないかと見ている。

 私が担当している小売業界では近年、ディスクロージャーのレベルが極めて高くなっている。既存店、新店の月次売上高など、業界共通の情報開示項目が浸透してきており、決算説明会の時に配布される付属資料も充実してきた。他業界と比べて情報開示が最も進んでいると思う。最近では、従来、アナリストの間でディスクロージャーの評判が悪かった大手総合量販店が変身し、アナリストへの決算説明に力を入れ始めたという例もある。

 一方で、定期的に開いていたアナリストへの決算説明会を九六年九月中間期から中止した企業もある。「業績が良くなれば株価は黙ってついてくる」と判断したようだが、企業側から投資家とのコミュニケーションを断つとは大間違いだと指摘しておきたい。「2」野村総合研究所橋本尚人氏。

 良い意味でも悪い意味でも株価は社長の「値段」であり、IRには経営トップ自らが関与すべきだ。私の担当している電力業界では、株価がほぼ横一線に並んでいることもあり、社長会でも株価はほとんど話題にならないという。株式市場では最近、電力株が急落しているが、この無関心さが株価下落に影響している。監督官庁や電力利用者など、利害関係者の中で株主が最も劣位に置かれてきたことのしっぺ返しとも言えるだろう。

 IRはだれが株価に責任を持っているのかを明確にするということでもある。IRの担当部署は企業によって様々だが、例えば、資金部や経理部が担当するということは、資金調達コストとして株価に責任を持つということだろう。総務部や企画部が窓口とな るケースもあるが、どの部署が担当しても、IRは専門職であるとの意識が必要だ。 IR活動は企業が情報を開示するだけの一方通行のものであってもいけない。企業は株価や、アナリスト、機関投資家のつながりを問題解決にもっと活用してほしい。この具体例として、整備新幹線計画と東日本旅客鉄道(JR東日本)のケースを挙げてみる。

 JR東日本は整備新幹線計画について、「株主が負担を強いられることは株主が許さないだろう」との姿勢を明らかにしている。JR東日本については、アナリストは常に「いかに監督官庁である運輸省との緊張関係が保たれているか」という点に目を配っている。JR東日本の姿勢は、官庁との対立に株価、投資家、アナリストを活用した好例だと思う。

 最後に個人投資家向けのIRの一つの形として、電鉄会社の株主優待制度に注目してみたい。電鉄会社は個人株主の比率が高い業種で、これは株主優待の乗車券、回数券によるところが大きい。アナリストや機関投資家相手にはこの種の株主優待制度は効果が小さいが、沿線の個人を安定株主とする方策としては、有効なIRの一手段とも言えるのではないか。

 IRの体制整備は企業にとって相当のコストを必要とする。短期的な費用対効果を考えれば割に合わないが、五年、十年の期間で見ると、将来の資金調達コストに必ず跳ね返ってくる。企業は長い目でみてIR活動に取り組むべきだ。「3」日興リサーチセンター松島憲之氏

 IRやディスクロージャーの基本は適時、公平、正確、継続の四点だ。プラス材料だけでなく、マイナスやリスクとなる材料も開示し、評価を投資家やアナリストにゆだねることだ。

 例えば、先日のアイシン精機の工場火災では、会社側が火災による影響を発表する前に「被害は限定的」とのリポートを発表することができた。これは同工場の配置図、部品ごとの生産能力が開示されていたことやトヨタ自動車の生産計画や平均販売単価、限界利益が把握できていたためだ。

 休日にもかかわらず、アイシン、トヨタの担当者と連絡が取れたうえ、質問を想定した回答が準備してあるなど対応ができていたという事情もある。このため被害を試算することが可能だった。アナリストを活用して間接的に投資家に情報を提供することもディスクロージャーの一つだろう。

 アナリストとして望むのは、財務諸表の補足資料や連結セグメント情報の充実だ。アナリストには会社の業績予想は必要ない。自動車メーカーならば、為替相場や生産計画、設備投資計画などの前提条件と、それを訂正する情報で十分だ。

 IRの充実には経理、財務の知識が豊富な専門の担当者や組織が必要だ。対外的な窓口も明確になる。会社の代表として経営戦略を話す必要がある場合もあるため、常にトップと話ができることも大切だ。

 ディスクロージャーが一方通行にならないようにも気を付けてほしい。投資家やアナリストが何を知りたいのかを把握し、内部情報を外部に発信するとともに、外部からの情報を内部に取り入れることだ。

 投資家やアナリスト向けの決算説明会だけでなく、工場見学会や商品説明会も開いてほしい。本田技研工業が九五年八月に北海道のテストコースで開催した会合は好例だ。 当時、アナリストたちはRV(レクリエーショナル・ビークル)のオデッセイの成功を受け、第二、第三のオデッセイを用意しているかどうかに最も関心があった。会合で次に登場するモデルが公開され、我々はこの新モデルが投入されれば、収益は拡大するという思いを強くした。株価格付けは「買い」に引き上げられ、株価も上昇に転じた。



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