ディスクロージャー研究学会



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文書No.
850511

金融自由化は本格始動へ弾みつく

    MMC小口化急速に

    85年05月11日 日本経済新聞 朝刊  

 わが国の金融経済をめぐる環境は、数年前から大きく変化しており、地殻変動ともいうべき状況に直面している。金融自由化は、このような金融の実態からくる、必然的な動きであったといえる。

地殻変動は次の六つの面に現れている。

(1)経済の低成長化と、企業の自己金融力の増加に伴う資金需給の緩和基調の定着
(2)資金の需要者としての公共セクターの比率の上昇による公債の発行残高の急増
(3)金融の国際化の進展による資金の国際的な流出、流入の大幅な増加
(4)個人の金融資産の蓄積の増加(個人一人当たりの金融資産は一九八〇年以降、日本はアメリカに次いで世界第二位となっている)、および企業の余裕資金の増大による金利選好度ならびに新商品への関心の高まり

(5)回線自由化、エレクトロニックバンキングの進展による新種商品、新規業務の開発

(6)これらを背景としたノンバンクスからの新種商品攻勢と、それによるディスインターミュディエーション(銀行の資金吸収力の相対的低下)の現実化である。


 大蔵省は昨年五月、金融の自由化・国際化に関する報告を発表した。この報告のうち、金融自由化に関する主要な項目としては、(1)金利の自由化(2)金融、資本市場の整備拡充(3)銀行、証券の業務内容の充実(4)業際、制度問題への弾力的対応――があげられる。

 報告書は実態変化をふまえて、金融自由化のために今後とられるべき措置を、総合的、網羅的に列挙しただけでなく、具体的に実施の時期、金額等まで明確に示しており、官庁の文書としては、極めて意欲的なものといえる。

 したがって報告は“外圧”に押されたのではとの一部の批判は必ずしも当たらない。あえて外圧というならば、実施のペースが若干、早まったことがあげられよう。しかし、これもむしろ、先行する現実へのキャッチアップがタイムリーに出来たことが評価されるべきではないか。また報告書が、実施のスケジュールをかなり具体的に明示したことは、金融機関に対し対応計画をつくらせ、それを実施するための余裕を与えるという面で、適切な措置であったといえる。

 さらに、日米経済摩擦問題がみぞうの厳しさに直面している現在、金融摩擦がほとんど取りあげられなくなっていることも、この報告の成果の一つとして注目すべきであろう。

 次にこの金融自由化の、この一年の歩みを見てみよう。まず、第一の金利自由化につ ては今年三月に、相互銀行及び信用金庫について、MMC(市場金利連動型預金)の発売が認められた。

 このMMCはわが国で初めての市場金利に連動する短期預金であり、発足当初は金額の限度は一口五千万円以上に規制されている。四月に入り、その他の一般の銀行も一斉にこの取り扱いを認められたが、四月中旬までの段階で、全国で合計千五百億円程度に達しており、中国ファンド等ノンバンクスからのシフトも起こっていると考えられる。 次にCD(譲渡性預金)については、金額限度が三億円から一億円に下げられた。CDは本来、機関投資家、大企業の運用資金を対象とする、いわゆる玄人向けの商品であるが、この小口化は利用者拡大につながると考えられる。

 例えば相互銀行でCDを発行していた行数は十月までは三十四行に過ぎなかった。小口化、短期間化が行われた十日間で新たに取扱行が十二行増えている。

 第二に、金融・資本市場の整備については、円建てBA(銀行引受手形)市場の基本的枠組みが昨年十二月に発表され、また債券先物市場の創設についても、昨年末に証券取引審議会から答申が出された。いずれも今年は、実現についての作業が大幅に進むものと思われる。さらに短期国債についても、今年中に発行の可能性が大きい。

 第三の銀行、証券の業務内容と、第四の業際、制度問題に関連しては、三月末にパッケージ・ディーリング(一括処理)という形で、大蔵省の銀行局と証券局との間で合意が出来ている。

 まず、銀行の証券業務への参入については、ディーリング認可対象金融機関の範囲の拡大、業者間の売買を取り扱う日本相互証券への銀行の参加、ディーリング認可金融機関の先物市場への参加が認められた。これに対して証券側に認められた業務は、CD及び円建てBAの流通取り扱い、公共債を担保とする極度方式(一定限度内で自由に借り入れ、返済できる方式)の貸し付けである。

 このように報告に定められた各項目は今年に入って着々と実行に移されている。その意味で今年は、金融自由化本格化元年、実施元年ということができよう。次に金融自由化の今後の展開に関連する問題について述べることとしたい。

 その第一は金融自由化の大きな焦点である金利自由化の方向についてである。この点でまず問題になるのは、MMCの小口化である。この最低取引単位は現在五千万円であるが、来年以降、三千万円、一千万円と低下する可能性が大きい。さらにこれが一般預金者を刺激して、百万円単位にまで小口化が急速に進展することも考えられ、その場合には他の貯蓄手段に大きな影響を持つことになろう。

 次は、大口預金金利の自由化である。これは従来のCDとはかなり性格の違った事柄である。すなわちCDは預金としては金利が自由化された商品であるが、金額、期間に制限がある。預金金利が自由化されれば、期間、金額限度ともにまったく制限が撤廃されることになる。

 したがって、これはある意味で日本の金融がかつて経験したことのない領域に突入するということになる。問題はこの「大口」の定義が五億円であるか一億円であるか、一千万円であるかによって金融界に及ぼすインパクトが大きく異なることである。

 しかもこの自由化着手の時期は、日米円・ドル委員会で昨年五月に二―三年以内と明確に約束している。当初は恐らく大口として十億円程度から発足することも考えられる。しかし、米国の事例を見てもその後の進展はかなり急速になる可能性がある。

 米国の場合には定期預金金利の自由化は当初、六年間で完成する予定だった。しかし現実に着手してみると実態が先行したため半分に繰り上げて三カ年で完全に実施している。このような事例があることを注目すべきである。

 さらに小口預金金利の自由化であるが、これは郵便貯金のあり方とも関連して、大口預金金利の自由化状況を見定めながら検討されることになろう。その場合、零細預金の金利まで完全に自由化することが、消費者にとって果たして便利であるかどうかという問題がある。

 したがって、MMCのように市場金利連動による金利の弾力化の方式をとることも一案と考えられる。これにより消費者も大口預金者並みの有利な市場金利をほぼ同様に享受できるし、また郵貯も同時取り扱いの可能性が出てくる。今後の展望に関して第二に注目すべきことは預金者保護についてである。金融自由化は、当然、自己責任の原則を前提とする。したがって、各金融機関も自主的に経営の健全性の保持に努める必要がある。

 このような意味で、信用秩序の維持、預金者保護の観点からの施策が重要になってくる。

 この面で考えられることは、まず第一に預金保険制度の拡充である。これは金融機関の経営が破たんした場合でも、一般預金者の預金を保護することが狙いである。この点については金融制度調査会でも議論されているが、その内容としてはまず、預金保険限度の引き上げがあげられる。現在は、預金者一人当たり三百万円となっている(米国では十万ドルである)。

 ただ預金保険制度については、預金保険金額をいたずらに拡大することはモラルハザード(金融機関の経営が安易になること)につながる恐れがある。このため必ずしもこの限度額が高ければ高いほどいいというものではない。

 日本の小口預金優遇制度、マル優制度、さらにはこの預金保険制度発足時点と現在との一人当たり金融資産残高の違いなども勘案して、一人一千万円程度に引き上げるのが妥当かと思われる。

 次に米国の預金保険公社は単に保険金支払い業務だけではなく、経営が困難になった金融機関に合併、吸収を促すことによって、倒産を防ぐ機能を持ち、現実に、経営危機に見まわれた金融機関の九割は、このような形で未然に処理されている。この機能は日本の預金保険機構にも持たせることが必要であると思われる。

 第二は自己資本の充実である。金融機関の経営の健全性の面からも自己資本の重要性については米国でも強調されている。昨年末、アメリカの大銀行であるバンク・オブ・アメリカが「タワーリング・インフェルノ」という映画のモデルとなった有名なサンフランシスコの本店を売却することにしたのも、行政当局から自己資本比率を四・五%から六%に引き上げるよう強い要請を受けた結果である。

 日本でも、自己資本比率(預金を分母とする)は従前から行政当局によって重要性が強調されており、指導基準は一〇%となっているが、現状は三%ないし四%にとどまっている。

 この点、自己資本を急速に充実することは、現在の金融機関の収益状況ではかなり困難なことである。いっぺんに指導基準まで引き上げるとすると、米国のように不動産や株式の含み益を顕在化するか、大幅な増資によらざるを得ない。これは必ずしも適当な措置ではないだろう。

 ただ米国の銀行は株式の保有を認められないため、含み益は不動産にしかないが、日本の銀行は、株式保有が認められており、その含み益は都市銀行の上位行で数千億円から一兆円に近いといわれている。これを勘案すると自己資本は実質的に一〇%近くなっていることも考えられる。したがってこのようなことを踏まえながら現実的な指導が行われることが望ましい。

 三番目は流動性資産の充実である。現実の金融機関経営において資産・負債の期間的適合、さらに資産の健全性という面で、確実な有価証券を保有することは極めて重要なことであり、今後とも十分な配慮が心要である。

 四番目は、ディスクロージャー(経営内容の開示)制度の推進である。これは、銀行法改正に当たって、金融機関の公共性を自主的に確保するための重要な項目として織り込まれたものであるが、一部金融機関の反対によって、法令の内容はかなり後退してしまっている。しかしながら、金融自由化が進展している現在、消費者、企業が取引先銀行を選択するという面からも必要である。とくに各金融機関の比較ができるようにディスクロージャーについて統一的な基準ができることが望ましいと考えられる。

 民間活力を推進するためにも、経済活動の基盤となる金融の自由化の適切な進展は極めて重要なことといえる。




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