ディスクロージャー研究学会



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文書No.
890513

銀行のディスクロージャー、内容の大幅な改善を

    神戸大学教授 神崎克郎

    89年05月13日 日本経済新聞 朝刊  

(1)銀行の資本市場からの大型ファイナンス(資金調達)が続いている。それを円滑に進めるためにも、銀行のディスクロージャー(企業内容の開示)は、投資資料として真に役立つものでなければならない。

(2)銀行業務は金融の国際化や自由化、フィービジネス(手数料業務)重視の流れに沿って大きく変化している。これに対応して、ディスクロージャーの内容も改善を必要とする。

(3)貸出業務について言えば、残高の期末ベースのみの開示や、長期・短期、国内向け・海外向けの内訳がない開示では、実態を的確につかめない。フィービジネスについては、その主な業務ごとの内訳を明らかにすべきであろう。

 銀行は上場会社として、証券取引法に定めるディスクロージャーの義務に服する。ディスクロージャーは、投資家の合理的な投資判断と証券の公正な価格形成にとって不可欠である。

 証券取引法に定めるディスクロージャーは、有価証券報告書による企業内容の継続的な開示を基本とする。銀行の有価証券報告書は、二つの理由から大幅な内容の改善を必要とすると言わねばならない。

 一つは銀行の資本市場でのファイナンスの大幅な増加であり、もう一つは国際業務の拡大やフィービジネス重視といった銀行業務の急速な変化である。

 銀行の資本市場でのファイナンスは、一九八〇年代の半ばまではそれほどの額ではなかった。しかし八五年以降、自己資本比率の拡充を目指して大型の時価発行増資や時価転換社債発行をするようになり、八七年には、四兆円にのぼる資本市場でのファイナンスを実施した。

 多くの銀行は、国際決済銀行(BIS)の自己資本比率規制を達成するメドをつけているが、財務基盤の強化のための大型ファイナンスは今後も続くとみられる。

 一方、銀行業務はここ四、五年、急速な変化を遂げている。例えば国際化の流れに沿って海外向けの貸し出しは増加の一途をたどっており、その中には累積債務国向けや、レバレッジド・バイアウト(LBO=買収先企業の資産を担保にした借金による買収)のようにリスク(危険)の高いものも含まれている。

 国内業務についても、金利自由化の進展に伴って自由金利預金の比率が拡大しているほか、証券関連業務への進出も活発化し、フィービジネス重視の戦略がとられている。 こうした銀行業務の変化に対して、当然のことながら投資家は銀行の企業内容を的確に把握するため、銀行のディスクロージャー内容の改善を迫る。これまではそれほど必要とは思われなかった情報も、これからは重要になってくる。投資家にとって文字通り役立つ資料として、ディスクロージャーの中身も変わらざるを得ないのである。

 有価証券報告書では、まず企業の沿革や事業のきめ細かな内容など、会社概要を明らかにしなければならない。

 この点で銀行の有価証券報告書は、一般の事業会社や証券会社などに比べてごく簡単な記載しかなされていない。

 銀行はここ数年の間に、国債の窓口販売やディーリング、コマーシャルペーパー(CP)、債券先物取引などの業務を開始した。また大手銀行の中には、外国の証券会社などに資本参加した例も少なくない。これらは銀行の沿革に関する重要な事実といえる。ところが、多くの銀行の有価証券報告書には、これらの事項の記載がない。

 銀行の有価証券報告書は、事業内容について簡単な説明をしてはいるが、主要業務の取扱高や構成比などは開示していない。このため、投資家がその実態を把握する上で十分とは言い難い。

 一般の事業会社の場合、事業内容については事業部門別のウエートを示すことが要求され、部門別の売上高比率をパーセントで明らかにしている。銀行の場合も資金の調達 運用両面で主要な勘定残高を示すなど、数字の上からも事業内容が的確につかめるよう改善すべきであろう。

 有価証券報告書での営業状況の記載は、経理状況と並んで企業内容の開示の中心をなすものである。銀行の有価証券報告書では、営業概要のほか預金業務、貸出業務、有価証券投資業務、その他の各業務についてそれぞれ記載している。

 例えば貸出業務は、貸出金の種類ごとの期末残高、担保別・使途別の内訳、業種別の貸出状況、貸出金利などを明らかにしている。

 しかし、これらの記載から投資家が貸出業務の実態を十分に把握することは困難である。

 貸出残高は期末ベースの金額だけが示されているにすぎない。これでは期末に貸出金を大幅に回収したり、大幅な貸し出しをしたりした場合、その数字は実態とかけ離れたものとなる。米国の銀行の場合は、年間の平均残高を明らかにしており、日本の銀行も年間の平均ベースで貸出残高を示すべきである。

 また貸出金については、使途別および業種別の内訳を記載しているが、長期・短期の内訳や国内向け・海外向けの内訳は全く明示されていない。

 貸出金の返済期限は、銀行資産の流動性をつかむ上で重要な情報である。この点に関し米国の銀行は、貸出金についての支払期限別の内訳を明らかにしている。

 このところ日本の銀行業務の国際化は急速に進展し、海外向け貸し出しも相当額にのぼっている。しかし海外向け貸し出しについては、全くと言っていいほど内容が開示されていない。

 累積債務国向けの貸し出しはリスクも高く、それに関する情報は投資資料として欠かせない。この点で言うと、貸借対照表の注記で「特定海外債権引当勘定を引き当てている」との記載があるだけで、何ら具体的な説明はなされていない。

 米国の銀行の場合には、海外向けの貸し出しは、国別にその金額を記載し、さらに累積債務国向けについては説明書きも加えている。

 貸出業務の収益に関しては、貸し出しの種類別の貸出金利率が記載されているが、プライムレート(最優遇貸出金利)など、実態を表しているとは言えない数値のみが示されているだけである。米国の銀行は商業ローン、消費者ローンという具合に、貸し出しの種類ごとの収益を具体的に明らかにしている。

 預金業務についても同様のことが指摘できる。例えば預金残高は、期末ベースだけでは必ずしも実態を正確に示すことにはならない。また、定期預金および譲渡性預金について、満期までの期間別の内訳が明示されておらず、投資資料としては満期までの期間別の内訳が必要であると言えよう。

 預金業務の収益に関連し、自由金利預金については「預入期間などに応じ個別に決定」とだけ記載されているにすぎない。預金の種類ごとに、利息収入の額を具体的に明らかにすべきであろう。

 有価証券投資業務についても、証券の種類ごとの期末残高および国債、地方債、社債の平均利回りなどは明らかになっている。しかし投資額にしても、期末残高ベースだけでは、期末に証券を大量に売却するなどの操作によって実態が十分につかめない恐れがある。

 銀行は政策投資などの目的で、大量の有価証券を保有している。それが大きな含み益を形成しており、有価証券の保有状況の開示は極めて重要になってきている。

 事業会社の場合は、有価証券明細表によってその実態を明らかにすべきとされている。これに対し、銀行は、銀行法施行規則により有価証券明細表を明らかにしなくてもいいことになっている。しかし、投資家の保護と公正な価格形成の観点からは、この点を早急に改めるべきであろう。

 為替業務、社債の受託や登録業務、付帯業務は、銀行に手数料収益をもたらすものであり、フィービジネス重視の戦略から、今後ますます重要性を帯びてくる業務である。 銀行の手数料収入については、損益計算書でその総額は示されているが、内訳はどこにも示されていない。投資資料としては、銀行がどの業務からどれだけの手数料収入を得ているかは重要なポイントである。この点についても米国の銀行は、業務の種類ごとに手数料収入額を開示している。

 為替のディーリングに至っては、銀行の有価証券報告書には何らのデータも記載されていない。債券先物取引や近くスタートする金融先物取引のデータとともに、これらの実態を的確に示すように開示が必要になってきている。

 このように日本の銀行のディスクロージャーは、米国の銀行などと比較して見劣りすると言わざるを得ない。

 言うまでもなく、証券取引法に定めるディスクロージャーは、投資家に証券の投資判断材料を提供するものである。それは投資家の保護を目的とし、証券投資についての投資家の自己責任の基礎をなすものである。

 それはまた、投資家の合理的な投資判断を通じて証券の公正な価格形成をもたらし、資本市場での資金の効率的な配分を確保することにも役立つ。そのためにも、企業の経営実態を的確に示すものでなければならない。

 とりわけ銀行経営については、預金者の保護と金融秩序の維持が至上命題である。監督官庁である大蔵省は、各銀行に対し、その経営実態を詳細に報告させている。しかし、大蔵省が経営実態を詳細につかむだけでは十分ではない。投資家自身がこれを知り、あるいは知りうることが重要なのである。

 銀行の資本市場でのファイナンスが適正に行われ、投資家保護を達成するには、銀行のディスクロージャーが経営実態を的確に反映したものであり、証券アナリストの分析などにも役立つものでなければならない。

 特に日本の有力銀行が世界の銀行ランキングの上位に軒並み名を連ね、海外での影響力も急速に強まっており、ディスクロージャーの改善を求める声は日増しに強まろう。



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