文書No.
890603
大阪大学教授 蝋山昌一
(1)金融制度改革論議が本格化してきた。現在の日本の金融制度の欠点は、どの金融サービス分野でも競争が不足し、結果として創意工夫の芽を摘んでいることにある。 (2)それは国際的に通用する仕組みの必要性と、金融システムを利用するユーザーの立場からも指摘できる。 (3)同時に、証券化に伴う新しい商品の登場などに絡んだ「市場制度」の完備といった課題にもこたえなければならない。 (4)業務分野の見直しにとどまらず、競争的な市場制度をいかに作り上げるかという二つの制度問題が解決されてこそ、望ましい金融システムが確保できる。 金融制度改革論議がいよいよ本格化してきた。金融制度調査会の金融制度第二委員会は、先に中間報告「新しい金融制度について」を公表した。基本的には「業態別子会社」と「特例法・投資銀行」の二つの方式、あるいはその組み合わせによって各種の金融業態への参入を促すのがこれからの改革の方向であることを提言した。 また、証券取引審議会基本問題研究会は「金融の証券化に対応した資本市場の在り方について」と題する中間報告で、広義の証券を扱う市場制度の整備がこれからの重要な課題であることを強調した。さらに、大蔵省証券局長の諮問機関である投資信託研究会も投資信託の今後のあるべき姿の一環として、外国投信の参入を許すべきであると指摘した。 このように、日本の金融システムをめぐって一斉に改革論議の花が開き始めている。 制度改革が本格的に着手されるには、まだ時間がかかる。報告書が出たからといって、いますぐ事態が変わるわけではない。だが、各種の公的な報告書が出そろった以上、制度改革論は後戻りできなくなった。 もちろん、現在の日本の金融制度に本当に改革が必要なのか、と論議に水をさす意見があることも否定できない。日本経済はまれにみる好景気である。個人・企業の金融資産の蓄積は順調に進み、資産の多様化も実現している。個人、企業、産業への資金配分もこれまでと比べてみればずっとバランスが良くなっている。こういう時期に面倒な改革を試みる必要はない、という考え方だ。 だが、こうした判断は現状に甘えすぎている。今の制度が抱える構造的な欠点に目を覆っていたのでは、いざというときに間に合わない。経済環境に恵まれている今こそ、改革に着手すべき時である。少なくとも実行可能な具体的な改革について十分に論議を尽くし、いつでも改革にとりかかれる用意をしておく必要がある。 では、今の制度の欠点はどこにあるのか。一言でいえば、次の二点に尽きよう。第一にどの市場でも、どの金融サービス分野でも、程度の差こそあれおしなべて競争が不足している。第二に、金融サービスに関する伝統的な分野規定が旧態依然としており、その結果、制度の仕切りが新しい創意工夫の芽を摘んでいることである。 競争が十分には存在せず、創意工夫が抑えられていることをはっきりと示しているのが、海外とのぎくしゃくした金融関係である。外国の金融機関は日本の市場に参入しづらいのに対し、海外の市場では日本の金融機関のオーバープレゼンス(目立ち過ぎ)が問われている。 日本の金融機関は日本の金融制度によって過剰に守られていて、必ずしも公正な競争条件のもとで行動しているわけではない、というわけである。 こうした指摘に対して、ひとつひとつ反論することは不可能ではない。しかし全体としてみれば、これでは日本が世界の金融大国として、それにふさわしい役割を担えない。国境が消滅しつつあるグローバルな金融システムにおいては、たとえ国内金融制度であろうとも、国際的に通用する仕組みでなければならない。 国際的な側面だけでない。金融システムを利用するエンドユーザーの立場を考えたとき、競争はもっとあってよい。金利、価格面での競争はいうまでもない。商品性やサービスの面でさらに改善の余地がある。ごく普通の金融サービス利用者はこういう注文や不満を、潜在的にせよ数多く持っている。 問題は潜在的な注文、不満をどのようにくみ取り、金融機関の金融サービス向上に反映させるかである。これまでの慣習では、業界あるいはその代表がユーザーの声を聴き、業界として対処する。行政がこれを助ける。こういう方式が基本であった。高度成長時代はそれで良かった。だが、現在それでは十分でない。エンドユーザーのニーズはきわめて多様化している。 個々の金融機関が自らの責任でニーズを探り、自らに帰属する利益に動機付けられて、金融サービスを改善する。その努力が均等な競争条件のもとで行われる。努力を怠れば、市場から厳しい判定が下される。こういったシステムの確立がいま求められている。 第二委員会の中間報告「新しい金融制度について」の一章である「金融制度のあり方についての視点」はこうした点を簡潔に指摘している。概してどの市場でも競争を促し、世界に通用する仕組みに改めていくことが重要であるというわけだ。 さらに、この報告書は一歩進めて、そのためには新規参入を促進する、あるいは参入の“脅威”を高めるために、少なくとも参入の制度的条件を緩和することが必要であると提唱している。この提唱に沿って、報告書が提示した参入条件緩和の具体的な方向(業態別子会社」ないし「特例法による新金融機関の設立」あるいは両者の組み合わせである。 それでは、このような方向でそれぞれの金融業務分野へ新規参入を促すことが、あらゆる意味で問題がないかというと、必ずしもそうではない。問題が残されていることに十分留意しなければならない。今後、この方向に沿って具体的な参入条件を詰める際、考えられる問題点をできるだけ解消するよう努めなければならない。 例えば、参入によって一時的には競争が促されても、時間がある程度たってみると、むしろ競争が抑えられる状況になってしまう、というのでは当初のねらいと正反対である。こういう点を踏まえながら、今後は具体的な参入の内容が細かに検討されなければならない。 これからの金融サービス業の競争を考えるとき、伝統的に規定されてきたそれぞれの業務分野での競争も重要だが、問題はそれだけではない。これまでの分野規制ではどこの分野に属するか判然としない新しい分野での競争も、これからを展望するとますます重要になってくる。 どの業務分野に属すとみなすべきか、これまでの業務分野規定(法律では業法で規定されている)では、判断が難しい金融取引分野が次々と生まれている。この傾向は強まりこそすれ、弱まることはない。いわゆる証券化(セキュリタイゼーション)の動きはその典型である。 こうした新しい分野での競争はいかにあるべきなのか。不特定多数の人々に勧誘され、販売される証券が、証券化の中で大きな役割を占めるようになる事態を想定してみよう。そうした場合の競争は、その証券に関する市場制度がどのようなものであるかに大きく左右される。 すなわち、(1)ディスクロージャー(企業内容の開示)制度がどれだけ完備されているか(2)公正な競争条件の維持のためにどのような法的な手当てができているか(3)取引のルールがどれだけ確立しているか――といった制度的なインフラストラクチャーのあり方によって、その市場の競争状態は大きな影響を受ける。 だから、新しい業務を既存のどの業態に、どのような金融サービス企業に任せるべきかという問題(いわゆる業態問題)を解く前に、新商品、特に証券化関連商品にかかわる市場制度をまずは確固たるものにしなければならない。 証券化の具体的な表れとしてコマーシャルペーパー(CP)がある。この市場は目下急速に成長していて、昨年末の残高は九兆円を超える。その成長ぶりからみると、なにも問題がないようだが、そうではない。 すなわち、CPが新商品であるため、ディスクロージャー制度、取引の公正確保のための規制、市場における取引ルールなどを担保する措置が法的に十分手当てされていなのため、CPの最低取引単位は一億円とするとか、販売は機関投資家に限るといった制約が大蔵省の通達で設定され、市場の発展を制限する結果となっている。 こうした制約をおくことで一般投資家がCP市場に参加するのを避け、完備された市場制度の代わりとしているのが現状である。こうした実情を考えると、市場制度の完備がこれからの課題としていかに重要であるかが理解できよう。 制度問題はひとまとめにして議論されるが、現実には二つの異質な問題が含まれている。伝統的な業務分野規定の当てはまる取引分野については、金融制度調査会第二委員会の提案が基本とならなければならない。だが、新分野についてはそれでは不十分である。市場制度の完備という別の発想からの答えが用意されなければならないのである。証券化が投げかける問題は制度問題にほかならない。 ただし、誤解してはならないのは制度問題といっても、しばしば報道される銀行・証券などの金融業務分野をめぐるいわゆる業際問題ではない。証券化の進展に対応して良い市場であるための制度的枠組みをきちんと作るべきだという意味での制度問題ということである。 業務分野の見直し、制度的参入障壁の低下はそれ自体重要な制度問題である。だが、それだけですべての制度問題をとらえてはならない。エンドユーザーの立場を考慮すると、競争的な良い市場制度を作り上げるという問題もまた極めて重要な制度改革である。二つの制度問題が相互補完的にバランスよく解決されてこそ、望ましい金融システムという織布が織り上がるのである。
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