ディスクロージャー研究学会



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文書No.
900720

金融制度改革、証券取引、新たな基本法を

    大阪大学教授 蝋山昌一

    90年07月20 日本経済新聞 朝刊  

(1)金融制度調査会、証券取引審議会がそれぞれの制度改革案を報告書にまとめた。共通するのは、金融業相互の新規参入による競争促進という基本的な考え方である。 (2)しかし、両業界の市場の性格の違いを背景に、証取審が市場制度の整備を強調するのに対し、金制調は競争による市場行為の誘導作用を重視する立場をとっている。 (3)証券市場からみれば、有価証券の概念を幅広くし、ディスクロージャー(情報開示)制度や公正確保のための規制を備えた基本法である新証券取引法が必要である。 (4)子会社方式による参入という基本はできたが、目的は「良い市場」の実現であ り、新規参入という手段がそれに沿うように、さらに議論を詰めなければならない。 日本で金融制度改革をいうとき、大方の注目はいわゆる業際問題に集まる。現在の銀行制度では、長短分離、外為専門、信託分離、様々な中小専門と、業務分野が細分化されている。証券業務は、銀行やその他の金融機関から分離されている。保険業は銀行、証券から分断され、その内部でも生命保険と損害保険とは別の業務とされている。金融におけるこうした業務分野規制を緩和するべきなのかどうか、緩和するとすればどのようにすべきか、これが業際問題である。

 確かにこれは大問題である。明治以来といってもおかしくない専門金融制度に手をつけようというのである。これまでは、それぞれの制度がそれぞれの傘の下に大、中、小の規模を問わず、金融機関をおしなべて保護してきた。業務分野規制が緩和されれば、その保護の傘がなくなる。金融業は新しい競争にさらされる。直接の当事者からみれば 大問題である。だが、そうした競争はいやだとはいえないのが、現在の金融である。 二つの審議会は、保険審議会も含めて、金融業に新しい競争を促す必要があることを正面から認めた。これが二つの審議会の報告書に共通の基本的な性格である。それだけではない。問題はどのような競争が導入されるかである。だが、これについても二つの審議会は、各金融業が相互に新規参入を許すことで競争の促進を図ると考えている。このように二つの審議会の報告書は基本的なところで似ている。

 ここまで似ていればあとは実践だけではないか、と考える向きも少なくないだろう。しかし、示された基本的な方向の幅はかなり広い。だから、やみくもにただ歩けばよいというわけではない。このままでは、前へ進むつもりで歩いても、実は元に戻ってしまうという結果になる恐れがある。だから、基本的な方向に沿って、具体的に前進できる道を切り開かなければならない。そこに意見の対立がある。

 新規参入による競争促進が業際問題解決の基本的な方向だと述べた。確かにその通りである。だが、競争という時、どのような内容を念頭に浮かべるのか。金制調と証取審とでは、どうもその中身が違うようである。

 考えてみれば、銀行と預金者あるいは借り手との間に成立する市場は、それぞれ預金市場、貸出市場と呼ばれるとはいえ、性格が証券市場とは基本的なところで異なる。前者は総称して顧客市場とも呼ばれるように、長期的かつ複合的な取引関係を形成する。さまざまなサービスが総合的に銀行から顧客に提供される。一方、証券市場では規格化された「証券」が多数の売り手、買い手の間で取引されるのが基本である。短期的であり、価格という単一の指標が取引の際の決め手である。

 銀行が関与する顧客市場と証券市場とでは、このように市場の性格が基本的に違う。このことは、銀行業と証券業という産業の性格に反映される。大胆にいえば、次のようになる。すなわち、銀行業があってこそ銀行顧客市場が存在するのに対し、証券業の場合は、証券市場があってこそ証券業が成立するということになるのである。さらに別の表現を使って同じことをいえば、銀行が顧客に提供する商品・サービスは銀行があってこそ存在するのに対し、証券という商品はそれ自身がまず存在し、その上で証券業が成り立つということになるのである。

 このような市場と業の性格の相違は、基本的な相違として理解しておく必要がある。なぜなら、こうした相違があるために、証取審と金制調とでは、考える日本の金融制度改革の道筋が微妙に違ってくるのである。その違いを端的に表現すると、前者が市場制度の整備という市場構造の重要性を強調するのに対し、後者はむしろ競争市場が市場参加者の市場行為を誘導する作用を重視する点に表れている。

 証取審が報告を受けた基本問題研究会第一部会の報告書「『金融の証券化』に対応した法制の整備等について」を見てみよう。

 そこでは、証券市場が証券市場として機能するには、その制度的基盤として「投資家保護」の制度がなければならない、という論点が貫かれている。現行の証券取引法はその面だけを取りあげれば、それなりに高く評価できる。しかし、それが規定する証券(「有価証券」)はあまりにも狭く、これから日本でも必然的に進展すると考えられる金融の証券化から生まれてくる証券化関連商品をカバーできない。

 しかし、証券化関連商品は証券市場で取引されてこそ意味がある。だから、「幅広い有価証券」という概念を導入し、証券取引法の示すディスクロージャー(情報開示)制度、取引の公正確保のための規制などが証券化関連商品にも適用できるようにする必要がある。こうした方向で証券取引法が見直されなければならない。第一部会の報告書はこのように問題を提起しているのである。

 この問題提起に対しては、「規制色が強すぎる」という批判がある。「有価証券」の概念が幅広く定義され、それらにディスクロージャー制度その他が義務付けられると、そうでなければ可能であった証券化もしばられて、できなくなってしまうというのである。

 だが、こうした欠点は例外規定を設けることで解消できよう。事実、報告書は私募証券市場のあり方を今後の検討課題として指摘することで、その可能性を示唆している。 すなわち、ありうべき新証券取引法はあくまでも基本法なのである。幅広く対象とする基本法があって、その上で適用除外例をケース・バイ・ケースで処理していくという制度は、その透明性の高さからいっても、それとは代替的な制度のあり方と比較すると、より望ましいと考えられる。

 なお、ここで「投資家保護」をカッコ付きで表現したのは、投資家に損をさせないということではなく、投資家が自己責任で投資できるという意味であることを断っておきたい。

 証券取引法を改正し、幅広い有価証券概念を採用するという方向は、証取審基本問題研究会第二部会の報告書「国際的な資本市場の構築をめざして」で提起されている制度改革の方向とも整合する。

 日本がこれからグローバルな資本市場を目指すなら、市場の制度的な基盤としてディスクロージャー制度など「投資家保護」制度をきちんと整備しなければならない。そうした透明な制度こそ、グローバルな世界で必要とされているのである。また、そうした制度がなければ、投資家の自己責任の原則の徹底をどんなに叫んでも、これまで通り空念仏となるのがおちである。

 さらに、資金調達者が証券を発行して資金を調達するとき、その形態、タイミング、条件などは市場機構の決定にゆだねるべきであるとどんなに力説しても、それは空理空論ということになろう。市場はしっかりとした基本法があってこそ、その機能を全うできるのである。

 こうした基本法の導入に向けて制度を改めるという方向性がはっきりとしたことは、また、具体的な市場の改善を個別的にせよ進展させる効果をもつことになった。すなわち、第二部会報告書は、その「終わりに」において、これまでにもいろいろな機会に触れられ、この報告書でも指摘された日本の資本市場の悪しき諸制度、諸慣行の見直し、 撤廃を具体的に検討し、できるだけ早く実現するべきであると断言できたのである。 このように、資本市場あるいは証券市場の制度改革が目指す方向は相当に固まっている。だが、それは一面でしかない。あいまいな部分や異なる意見の併記に終わっている部分も少なくない。証券業への新規参入のあり方については、特にそうである。残された課題は多い。

 第一部会、第二部会それぞれの報告書を一読した人はだれでも、「今後の検討を必要とする」といったたぐいの表現がきわめて頻繁に使われていることに気付くはずである。私の数えたところ、第一部会報告書では三十二カ所、第二部会では三十カ所あった。異なる表現で、「今後の検討を必要とする」と同じニュアンスを伝えている個所を含めれば、もっと多くなるはずである。

 ということは、二つの報告書は問題提起のリポートあるいはアジェンダ(議題)であり、問題解決の案文ではないといってもいえなくはない。

 業際問題に正面から答えていないという不満が一部にあるという。しかし、日本がこれまであまり頼ってこなかった証券市場を「良い市場」として機能させるためには、まだまだ考えなければならないことが残されているのである。確かに、子会社方式での新規参入による競争促進という基本はできた。あとは実践だ。問題が起きたら、その場その場で考えればよいというのでは、後世に侮いが残ろう。

 新規参入は、それ自体が目的なのではなく、手段である。狙いはあくまでも「良い市場」とすることにある。だから、手段が確実に目的を実現できるかどうか、担保されなければならないのである。




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