文書No.
950102
センチュリー監査法人 名誉会長 商学博士 公認会計士 河野 一英
本文(抜粋) 一.アメリカ会計基準の基調 アメリカのSEC(証券取引委員会)が承認する会計基準は一九二九年の大恐慌対策としての証券法に基づいて、証券市場における上場株式の株価形成資料である「一株当たりの利益」の「過去との比較」(時間的比較)と「他社との比較」(空間的比較)の二つの比較精度を高めることを至上目的としている。 この意味では「一株当たりの利益」の計算は「金額」としての正確性より「指数」としての正確性の上に立っているといえよう。 この時間的比較・空間的比較の精度を高めるためにアメリカのSEC会計では固定資産の原価償却法には定率法計算を認めず定額法計算を事実上強制(わが国では定率法原価償却が主流)している。ただしアメリカ法人税法では申告調整による定額法償却以外の加速償却を認めている(わが国税法が確定決算主義に固執していることと異なっている)。したがって証取法償却以外の加速償却を認めている。このように証取法決算の利益と法人税計算の利益が大きく異なるため、アメリカでは法人税額について税効果会計による計上法人税額の期間配分を行うことにより指数としての「一株当たり期間利益」の精度を高める会計処理方法を強制している。 一株当たり利益の指数としての精度を高めるために、このほかに固定資産のリース取引についても高額のリース料金により定額法償却から逸脱することを防ぐため、固定資産の賃借取引を買入取引とみなして修正する方法、たな卸資産の評価における正味実現価額による低価基準の強制、すべての外貨建債権債務の期末レート評価、長期工事収益計上における工事進行基準の強制(わが国では工事完成基準が主流)、役員賞与を期間費用として計上することの強制、等を行っているのである。 このようにして精度が高められた指数である「一株当たり利益」を五年とか十年の趨勢として比較し、これが上昇線か下降線かの傾向によって株価収益率(PER)の倍数を各銘柄別に決定する。ほぼこの六十年間にわたってPERは十五倍を基軸として二十三倍から十二倍の幅で上下変動しており、これがアメリカにおける株価の市場形成構造となっている。 こうしたアメリカにおける株価収益率が十五倍を基軸に変動していることは、同国の配当性向が五〇パーセントであることからしてアメリカにおける株式の利回りは年率三パーセントを基軸としていることとなる。 しかもこれが一九三〇年代より六十年間もアメリカにおいて継続されていることは驚くべきことである。 このようにアメリカの株価は年率約三パーセントの利回りを基軸として利潤証券として収益還元の価格形成がされつづけてきているのであり、同国の会計基準が五年とか十年とかを比較する「一株当たり利益」の指数としての時間的比較・空間的比較性の精度を高めることを根底にしてたゆまざる改良が六十数年続けられ、アメリカ会計基準の基調はこの指数の比較性の精度の向上という点を通してみることにより、そのメカニズムの全体構造が明らかになるのである。 また、一九九二年より損益計算の厳格化のためアメリカ会計基準は退職後の従業員医療費の会社負担の労働協約をしている企業に対しその負担額を労働債務として現在時の損益計算書で費用に計上するとともに貸借対照表上の負債に計上することに改正した。これは一九九四年度改正の有価証券の時価評価改正とともに損益計算の厳格化改正である。このためGMとかIBMといった負担を協約していた大会社は膨大なる退職後医療費の会社負担額を決算で計上したため年次利益は大幅に減少する決算となった。その後これらの大会社では労働組合との間で退職後医療費の会社負担額の廃止、または減額の労使交渉を行っている。日本では、こうした制度がないので影響は受けないが、ドイツではこの制度がある。しかし、国内の基準では費用計上は不要となっている。一九九三年十月にニューヨーク証券取引所に上場したドイツの自動車のダイムラー・ベンツ社はきびしさの少ないドイツ会計基準では一九九三年度利益は六億一五〇〇万マルクであった。しかしきびしいアメリカ会計基準では同一年度で一八億マルクの損失となり、その差異は二四億一五〇〇万マルクとなった。その差異の大・・・・・・・・・・・・。 こうしたアメリカ会計基準が一九九二年から退職後医療費の厳密計上を、一九九四年からは有価証券の期末時価計上へときびしさを増していることは、わが国の退職給与引当金や年金計上額についてもきびしい対応を求められてくることが予想されることに注意しなければならない。すなわち、日本がアメリカに大きく差をつけられているのは企業が従業員に対して負う労働債務の認識において、将来に負担する金額や年金の積立て不足額はアメリカでは厳密に会計処理され負債に計上されるのに対し、日本では社外の年金基金に拠出されると簿外資産となり年金資産の簿価が注記されるだけで、年金運用上のロス発生や、時価としての不足額は何ら手当てされていない点である。日本企業が右肩上がりの高めの成長を前提とした退職金制度や企業年金の労働債務に対するゆるやかな計上基準に準拠する時代は終わりつつあり、アメリカ会計基準のきびしい方向への改正の趨勢を注目すべきである。
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表4 アメリカ企業の原価償却方法 DEPRECIATION METHODS 1989 1988 1987 1986 定額法 Straight-line ―――――――――- 562 563 559 581 Declining-balance(定率法)―――――――― 40 44 44 49 Sum-of-the-years-digits ――――――――- 16 11 12 14 Accelerated method-not specified ―――― 69 70 76 77 Units-of-production ――――――――――- 50 53 51 48 Other ―――――――――――――――――- 8 9 12 12
――――――――――――――――――――――――――――――――――― 1989 1988 1987 1986 工事進行基準 Percentage-of-completion ―- 82 86 89 90 Units-of-delivery ―――――――――――― 33 37 35 36 Completed contract(工事完成基準)――――― 6 8 6 9 Not determinable ――――――――――――- 2 3 2 4
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二.わが国会計基準の基調 わが国の会計基準は明治、大正以降の産業創成記と第二次大戦以降の荒廃した戦後復興の流れを受け、国内経済を健全に育成発展させることを主目的に企業の財務内容の健全性の強化を至上目標とした保守的な会計基準を形成してきた。その結果、固定資産の原価償却は定率法等の加速償却を主流とし、有価証券の低価法はきびしい銘柄別の個別低価法を、長期工事収益については完成工事基準を主流とするといったように「指数の会計」ではなく企業の内部留保を手厚くする「金額の会計」として企業の計上利益を少なめに抑え、その上に配当性向を低くして社内的な含み益を手厚くし、資産の含み益はなるべく多く、現金配当はなるべく少なめにし、株式の無償交付(株式分割)の上に高株価を形成し、その上でエクイティファイナンスによる企業に有利な低利の資金調達が行われてきた。わが国会計基準はこうした基調の上にたゆまない改正を重ねてきたため、前章に述べたアメリカにおける会計基準との間に多くの乖離を発生させる結果となっている。 わが国の保守的な会計基準は戦後の荒廃から出発した日本経済の強化と発展にきわめて多大の貢献をしてきたのである。 近時のわが国証券市場の株価形成が利回りを中心とした利潤証券の株価決定から土地等の資産の含み益によるキャピタルゲイン志向の物的証券的な株価形成へと移行し、株式の利回りは低く、株価収益率は高く配当性向は二〇パーセント前後で推移し国際的な株価と大きな乖離が発生した。このことはニューヨーク証券取引所と並び稱される東京証券取引所の相対的地位を維持するためには、国際的証券取引所としての証券価格の形成方法と会計基準についてアメリカ方式との調整を可能な限り実施することが基本的には求められているのではないだろうか。 ここでいま検討されるべき点は、わが国の会計基準を固定資産は定額法償却、税効果会計、リース会計、外貨建債権債務の期末レート評価、長期工事収益の工事進行基準の実施をはかり、その上で連結決算上の「一株当たり利益」を計算し、加えてアメリカ式「一株当たり利益」の希薄化修正を行ったところの「一株当たり利益」を財務諸表に注記開示する等を段階的に実現してゆくか、または資産含み益を株主に利益還元するための新株発行を時価より大幅に低い中間価格で株主に割り当てる中間発行制度等も検討されるべきではないだろうか。
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表6 日米会計処理等の相違点 ┌―┬――――――――――┬――――――――――――┬―――――――――――――┐ │ │ 項 目 │ 日 本 │ 米 国 │ ├―┼――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │1.基準作成機関 │企業会計審議会…企業会計│FASB(財務会計基準審議会)が│ │ │ │ 原則 │基準作成 │ │ │ │大蔵省…財務諸表等規制 │ │ │全├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │2.財務諸表の構成 │かなり詳細なB/S、P/Lが要│B/S、P/Lは簡素、注記は一括│ │ │ │求される。 │方式により細かく要求される│ │ ├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │般│3.親会社単独財務諸表│必要 │原則として必要 │ │ │ の提出 │ │ │ ├―┼――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │1.棚卸資産 │原価法、又は低価法 │低価法を強制 │ │ ├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │1-2.有価証券の評価 │原価法、又は低価法 │1994年度より時価法を強制す│ │ │ │ │ることに改正された。 │ │ ├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │2.有形固定資産の原価│税法の規定に従った定率法│税法規定とは別個に各種方法│ │ │ 償却方法 │又は定額法 │が認められる。 │ │ ├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │3.土地の売却益 │圧縮記帳 │全額「固定資産売却益」に計│ │ │ │ │上 │ │ ├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │4.事業税の処理 │一般費に計上 │納税引当金に計上 │ │ ├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │5.割賦契約品の売上高│当期売上高=当期入金高 │当期売上高=当期売上高 │ │ │ │ │(APB 10) │ │ ├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │6.外貨勘定の換算 │短期金銭債権債務のみ期末│短期 長期すべて換算(転換社│ │個│ │換算 │債を含む)(SFAS 52) │ │別├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │財│7.退職金引当金と年金│退職給与引当金と年金の二│原則年金のみ。将来の予想給│ │務│ │本立て。引当金は期末に全│付額から利回りにより割引現│ │諸│ │従業員が自己都合で退職し│在価値に引き直した金額。年│ │表│ │た場合に支払う金額の40%│金は時価ベースで年金資産へ│ │上│ │の積み立てをする場合が多│の積み立て不足額が費用計上│ │の│ │い。(不十分)。年金は簿価│され貸借対照表上未払又は引│ │相│ │ベースで受託者の仮説によ│当計上されるとともに年金資│ │違│ │る計算額(不十分)。 │産の時価を注記する。 │ │点├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │8.貸倒引当金 │税法準拠が多数 │過去の貸倒 SFAS5では認め │ │ │ │ │経験値により られているが │ │ │ │ │引き当て税法では認められていない│ │ ├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │9.保証引当金 │対象:保証書を発行してい│対象:補償サ │ │ │ │る製品を原則(税法準拠)と│ービス等のあ │ │ │ │する。 │る全製品 │ │ ├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │10.赤字受注品の損失 │売損計上時 │受注時もしくは赤字見込判明│ │ │ 計上 │ │時 │ │ ├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │11.役員賞与 │利益処分項目 │一般費 │ │ ├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │12.税効果会計 │認められていない。 │強制適用 (SFAS 109) │ │ ├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │13.持分法による損益計│認められていない。 │強制適用 (APB 18) │ │ │ 上 │ │ │ ├―┼――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │1.連結の範囲 │50%超の子会社 │50%超の子会社(ARB 51) │ │ ├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │2.連結会社間債権債務│売掛金と買掛金など債権と│ 同 左 │ │ │ の相殺 │債務の相殺 │ │ │ ├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │連│3.未実現利益の消去 │連結会社間取引で購入した│ 同 左 │ │結│ │棚卸資産、固定資産に含ま│ │ │財│ │れる利益を消去 │ │ │務├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │諸│4.子会社株式の売却益│売却額と純資産の(実価)と│ 同 左 │ │表│ │の差額を「売却益」に計上│ │ │上├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │の│5.少数株主持分 │任意 │強制適用 │ │相├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │違│6.税効果会計 │任意 │強制適用 │ │点├――――――――――┼――――――――――――┼―――――――――――――┤ │ │7.在外子会社の邦貨換│■財務諸表の換算…修正テ│■財務諸表の換算…決算日レ│ │ │ 算 │ ンポラル法 │ ート法 │ │ │ │■換算差額の処理…当期損│■換算差額の処理…当期損益│ │ │ │ 益に計上 │ に計上する。B/Sの資本の部│ │ │ │ │ に別記計上 │ └―┴――――――――――┴――――――――――――┴―――――――――――――┘ |