文書No.
950109
社債価格、格付けで格差 企業金融は信用リスク基準に
94年秋、東京資本市場で一枚のグラフが大きな注目を集めた。証券(S)・銀行(B)と当局が集まる秘密の勉強会(?)「SB会」ではこれを中心に議論された。図1がそれとほぼ同じものだが、グラフは関係者のこれまでの社債の「常識」を打ち破るものだった。 まず、折れ線が示すのは電力・ガスを除く一般事業債(以下同じ)の流通市場での格付け別のLIBOR(ロンドン銀行間標準金利)スプレッドで、1993年夏までとそれ以降が様相ががらりと変わっていることは誰でも気がつく。93年夏が境目になって、それまでの「AAA(トリプルA)とその他(はダンゴ状態)」の関係がそれ以降は「AAAからBBB(トリプルB)まで差が明確に出ている」ことがわかる。そのうえ最近は「格」が下がるに従ってスプレッドの幅が拡大しており、それが春先、元に戻りかけたが、再び拡大しようやく定着したことが確認された。その差はAAAとBBBで120ベーシス(格付け間で平均40ベーシス)、100億円の取引で1億2千万円の差がでる計算。1000億円の起債なら12億円ものコスト差になる。(なお格付けは日本公社債研究所が行っているものだけを採用している)。以上のことは、格付け、つまり信用リスクに応じて金利が決まる市場構造になったことを如実に示している。 一方、◎(AAA)や○(AA+、ダブルAプラス)などが示すドットは発行市場の「発行者コスト」(引き受け手数料考慮済み)を示したもの。一見してわかる通り、まずドットは本来折れ線のそれぞれの「格」の上に記されるのが妥当だが、全くその様子はない。そのうえ最近は発行者コストのマイナス スプレッドが散見される。これは社債による資金調達コストは通常の金利水準より安い、つまり貸付より安いことを示している。しかし、流通市場とは相反する傾向で最近はその傾向がさらに強まっている。 つまり格付けが発行者コストに反映していない。発行市場は「別の論理」が働いているのか?いずれにしてもプライマリー(発行市場)とセカンダリー(流通市場)で値段が違うのは異常で、これは発行者が信用リスクを負担せず投資家に負担を負わせることになり、不都合が生じる(応募者利回りと格付けはそれなりに連動している」との説もあるが、ここでは企業の資金調達の問題を論じているのでこれでよい) ところで、わが国の社債は、貸付の変形という位置づけで貸付と同じ「有担原則」のもと「身長・体重方式」(規模と起債実績を重視)といわれる起債調整が戦後ずーと行われてきたが、内外からの無担保債の要請とともに信用リスクを示す格付けが発行市場に導入され、その道を開いた。当初は格付けの他に数値基準が残っていたが、徐々に緩和されてきた。90年代にはいってエクイティからみのファイナンスが全面的にストップになったこともあって、デット(負債)による調達が盛んになった。一般事業債は80年代のバブル期は全く見向きもされなかった(89年の年間起債額60億円)が、93年度は実に1兆4千3百億円と同年度の電力債の起債額と肩を並べた。また93年には社債法の改正など制度的整備が進められ、やがてBB(ジャンク・ボンド)格も起債OKになり「自由化」が進む見込みである。 それだけに債券格付けは重要性が高まっているが、これまでのいきさつから「格付けは発行市場で定着した」というのが関係者の常識であった。ところが図1が示しているのは常識の逆である。確かに格付けは制度的に定着しつつあるのは先に述べた通りであるが、それは社債の「市場」で定着したことではなかったようだ。長期信用銀行・農林系の証券子会社の進出もあって社債の引き受けの競争状態が厳しくなってマイナス スプレッドの起債が登場していることもさることながら、グラフの例の「境目」以前も以降もプライマリー・マーケットでは格付けと金利の関係は肉眼でも有意は認められない。 むしろセカンダリー・マーケットが「理屈に合う」様になってきた。この原因を説明する前に何故LIBOR金利とのスプレッドを計算したか、その意味を考えていただきたい。証券各社はQUICKの債券の「売りたし、買いたし」画面(マーケット・メイキング情報)に(いまは一般事業債はまだ極くわづかだが)価格を提示しているが、社債の場合、償還期限がほぼ同じ国債とのスプレッドを示しているのが普通。それをLIBORとのスプレッドにしたのは、そのような取引が東京金融マーケットで行われているからである。それが最近にわかに取引が増加しているデリバティブ(金融派生商品)の一つ「スワップ取引」で、この場合は金利を交換するもの。その際用いられているのが円LIBORで、普通LIBORからの「距離」、つまりスプレッドで商う。スプレッドは債券の信用リスク、つまり格付けを反映する。またスワップの相手方(スワップ カウンター)の信用リスクも織り込まれる。「危ない」金融機関は高いスプレッドを支払わされている。債券の場合と同じく金融機関の信用力も格付けを基本にしているからである。要するにLIBORスプレッドで格付けの定着を示したのは「その必要があった」ためである。 外銀・外証がスワップ取引を東京に持ち込んだが、本邦の証券会社はまだ「社債の取引にまでそれが及んでいる」とは思いもしていなかったようだ。「外証にいわれるままに対応していたら、いつのまにかスプレッドのきれいな分布ができていた」というのが実感。価格は「外」から正常に形成されるようになったといっても過言ではない。「格付けシステム」を市場に持ち込むとはこういことなのである。それを実証したのが図1のグラフで、画期的なものであった。大変なファクト ファインディングである。 社債の価格が格付けに基づいている事実が世間でもっと広く認識されると裁定(アービトレッジ)が働いてグラフのように大きなスプレッドにならないかもしれない、あるいは逆にジャンク・ボンドの起債が認められるとBB債のスプレッドがBBB債より大きくなり、代わりにBBB債はその分小さくなるかもしれない。いずれにしても債券トレーダーは格付けを意識せづに取引はありえない。既に外証・外銀は格付けデータベースを用いて推計した格付け別スプレッドのテーブルを片手に「50ベーシスくれ」とかいって電話で取引しているので、間もなく本邦証券会社も同じ動きに出るのは間違いない。そうなると発行市場も現在のように発行者有利にのみ推移することにはならない。流通市場の「折れ線グラフ」の上に格付けに従って利率が決定されていくことになる。それが市場というものだろう。 債券の格付けが定着することはマクロ経済的には資金の配分が市場で行われ、「リスクの高いところには高いコストで、リスクの低いところには安いコストで行われる」ことになり、国民経済的には「健全経営はますます栄える」形で経済全体の効率が高められるという大きなメリットがある。経営者はバブル経済のような「無茶」をしないで経営の安全性と安定性を高めることになる。しかもリスクとリターンが市場で白日のもとに曝され、価格メカニズムを通じてこれが追求されるというシステムとなる。 企業理論からも、プリンシパル(依頼人=この場合は社債権者)がエージェント(代理人=経営者)の勝手な行動でリスクを負わされ、エージェンシー・コスト(機会費用)が高くなるのを格付けは監視してくれているというメリットがある。社債権者の「コーポレート・ガバナンス」(企業統制)が実現されるシステムが格付けの考え方であろう。貸付の「審査」というか、日本的にはメーンバンクの考え方も「エージェンシ・コスト・アプローチ」 で説明できるが、ある意味では格付けはメーンバンクとエージェンシ・コスト引き下げの「競争」をしていることになる。バブル時代のようにメーンバンクが企業に土地や株式投資を勧めた結果、エージェンシー・コストを逆に「引き上げ」たという経緯がある。 さてわが国の金融機関の貸付は昭和恐慌の教訓から「担保主義」を貫いてきたが、先のバブル経済時、これが行き過ぎたため担保価値の下落とともに不良債権が大量に発生、いまや信用リスクの非常に高いあるいはデフォルト債権を大量に抱えているうえ、なお「リストラ債権」(金利減免債権)がどのくらいあるか明らかにされていない。大きなデフォルト・リスクを金融機関が負担している。 このため不良債権を形だけでも始末するため「自己競落」会社をつくるなど対策を進めているが、一方では前向きの「健全な」融資の確保を図るためにもこれまでの分も含めて、やり方を180度変え、「担保重点主義」から「信用リスク重点」に切り替えようと模索している。銀行だけではない、生保も損保も証券会社も取引先を信用リスクを基準にランク分けをしようとしている。1万社も貸付先がある金融機関は「並べ変え」に躍起で「新しい信用評価システム」を構築しようとしている。 これまで長期貸付金利はいわゆる「長プラ」(長期プライムレート、最優遇貸出金利)でおこなわれ、「上場大手なら単一レート」が常識で横並び主義。系列企業ならばさらに「おまけ」が「その他の業務分野」で付加される「系列取引」の世界である。これまで「日本的経営」では借り手も貸し手もこれで納得していた。しかしこれほどまでに金融機関がデフォルトをかかえるとそうもいっておられないのが金融機関。なんとかリスクを金利に織り込みたいと考えるのは理の当然かもしれない。 債券の格付けによるスプレッドはやがて貸付金利も信用リスクに応じた「スプレッド」をももたらすだろう。むしろ金融機関の審査が「用リスク重点変化したことが、これを促進させる。系列取引にこだわっておられない時期にきている。また市場では先に述べた理由から現に金融機関は「新しい信用評価システムは構築したが、貸付レートを各階層でどのくらいにしたらよいかわからなかった」といい、社債の格付け別スプレッドは「決定的な参考データ」といっている。貸付と社債は市場で「裁定」されるようになる。「単一プライムレート」は時代遅れになった。市場がそれを要求しており、金融機関がそれを受け入れないと自ら墓穴を掘らざるを得ないことになる。長プラはそのうち「分解」する。
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