ディスクロージャー研究学会



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文書No.
950513

会計基準、国際調和が必要

    神戸商科大学教授野 村健太郎

    95年05月13日 日本経済新聞 朝刊  

(1)最近の株価下落に絡んで、株価収益率(PER)の国際比較が問題とされているが、この場合のPERやその算定基礎となる一株当たり利益(EPS)は国際的に統一された尺度・基準で算出されていない。

(2)日本では仏独型モデルの債権者保護重視の会計実務が行われ、実現主義、保守主義を尊重している。このため、発生主義、収益力表示重視の英米方式や国際会計基準方式とはかなり相違しており、より利益圧縮の情報開示となりやすい。これが国際資本移動の円滑化の障害となる。

(3)そこで、国際的に調和した会計基準に基づく連結情報の提供を提案し、連結情報の透明度を増すため、連結会計の充実が必要となろう。

 最近の株価下落に絡んで、株価収益率からいって、日本の株価はニューヨーク(NY)市場の株価と比較して、割安あるいは割高だという論議が盛んにされてきた。

 しかし、この場合の株価収益率やその算定基礎となっている一株当たり利益の数値が[統一的な尺度・基準で算出されているかどうか。

 アングロサクソン型会計モデル(ASモデル)とフランコジャーマン型会計モデル(仏独型モデル)とでは、表にみるように大きな相違がみられ、とくに一方では連結ベース、他方では単独(個別)ベースが強調されている。

 この状況下で一株当たり利益や株価収益率を算出しても、相互に相当な相違をもたらし、国際的な投資活動をゆがめ、資本移動の円滑化に支障をきたす。ここに、会計基準の国際的調和が要請される理由がある。

 アングロサクソン型会計モデルではミクロベースを尊重し、経営実務重視、実用主義(プラグマティズム)を基調とする。一方、仏独型モデルでは、マクロ・統一性ベースを尊重し、政府志向型の租税、法律の側面を重視する。

 前者に属するグループでは、企業の資金調達の場所として大規模な証券市場が存在し、個人投資家を市場に呼び込む直接金融を尊重する。銀行からの借り入れによる資金調達よりも、株式発行による自己資本を調達する方式を一層選好している。

 そこでは、個人投資家を重視し、彼らの欲する実態開示思考の視点から、収益力表示、グローバル経営にかかわる連結情報重視の側面が強調される。昨今のドル安は、米国企業にとって連結情報を一層良く見せることになる。

 これに対して後者に属するグループでは、マクロ・統一性ベースを基礎思考にとり入租税、法律制度を会計報告との関連で重視する。

 フランスのプラン・コンタブル(会計原則)にみるように、マクロ経済の会計との調和を視点として導入し、ミクロの企業会計のあり方を重視する。それを租税法との関連で把握し、国家財政運営との関連の下で、租税徴収の便に寄与する会計を構想している。

 その視点での会計は、保守主義(慎重性)、歴史的原価主義、実現主義重視、会計的判断領域の縮小化などの性質を強く持っている。

 従って、この仏独型モデルでは、利益情報の開示は、前者のアングロサクソン型モデルでの開示に比べてより慎重になり、一株当たり利益もより小さく表示されることになる。

 日本の会計実務では、確定決算主義の下で、企業は税務上有利な会計処理基準を採用しようとする。このため、英米諸国のような会計を行った場合に比べて、利益情報が十数パーセントも低めの結果が開示されたりする場合がある。一株当たり利益を低めるのである。

 ドイツ企業の会計実務では、英企業のそれに比べて当期利益は二十六分の一という報告がある(新井清光ほか訳「会計基準の国際的調和」による)。

 さらに、米国では固定資産の償却実務に広く定額法を採用していたり、工事契約の収益計上に工事進行基準が採られたりしている。また、合併の際に生じたのれん代の償却を上限四十年として、資産の評価増を行ったり(英国では建物・不動産の価値増加がみられるとして、しばしば評価増が行われる)、長短期の外貨建て金銭債権債務の換算差益を当期利益に算入したりする。

 また、仏独型モデルのグループに属する国の企業の資金調達は、銀行を通じての間接的金融に大きく依存してきたのであり、株式市場への依拠は、英米などアングロサクソン系諸国に比べて一層弱かったのである。このため個人投資家に対する情報開示、実態開示への配慮は一層薄かった。

 しかし、企業経営の国際化・グローバル化に伴い、このグループに属する国の証券市場もより発展してきており、英米主導の会計基準の国際調和要請にこたえざるを得なくなってきている。

 ただ個別会計システムでは、租税法の税額徴収の基礎として、これを位置づけておきたいとする意向が強く働く。このため会計基準の国際調和をはかって、株主・投資家にとって必要な実態開示的情報を提供することは、個別企業会計の次元では困難である。企業集団次元の連結会計によって推進していかざるを得ない。

 こうした事情を背景に、IASC(国際会計基準委員会)が一九八九年一月に公開草案三二号「財務諸表の比較可能性」を公開し、翌九〇年七月に趣意書を公表した。

 これに対してIOSCO(証券監督者国際機構)、米国の企業財務会計基準審議会(FASB)および米証券取引委員会(SEC)が積極的に支持表明をしたことにより、会計基準の国際調和の課題が各国会計システムの整備にとって切実なものとなってきた。

 連結ベースの会計情報を基礎とする一株当たり利益や、株価収益率による投資尺度によって、投資資金が国際的に移動していく環境下では、連結会計情報の国際調和は必然の要請である。

 日本の制度会計としての商法会計、証取法会計は、税法会計規定が確定決算主義を通じて深くこれに関与して、慎重な会計利益測定を行い、債権者保護思考を充足させてきた。これが投資者重視の英米に比べて、低めの利益表示を招いてきたのである。

 しかし、東京証券取引所の重要性も高まり、外国人投資家のウエートも高まってきた。ここに実態開示の収益力表示を強調する投資者重視の会計のあり方が問われている。 会計基準の国際調和を達成していくには、企業集団次元での連結会計が重要である。企業の経営行動としても、連結ベースの一株当たり利益などの情報に基づく配当の実施が求められていくほか、利益の増加に応じて配当が要求される。バブル時代のような安易なエクイティファイナンス(新株発行を伴う資金調達)を行い、株価収益率を希薄化させていく行動はチェックされていく。

 株式持ち合い構造のメリットが薄れ、個人投資家を重視していかざるを得ない状況で は、国際調和を達成した情報が提供されなければ、証券市場運営にも支障をきたす。 ただ、連結情報を提供していくには、個別会計次元でも国際会計基準をとり入れた会計が必要となる。確定決算主義を組み込んだ債権者保護思考の商法会計実務とは別途に、これを行っていかざるを得ない。

 また、連結会計の次元でも透明度を増すために、連結の範囲や持ち分法適用範囲の適正化が要請され、セグメント情報の一層の充実が必要とされる。このほか在外子会社などの外貨表示財務諸表の項目の換算についても、国際基準に基づくべきであろう。

 投資活動のグローバル化の下で、国際調和した会計基準による情報開示を行っていくことは、コストがかかっても、なお利益が上回っていくものとみられる。



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