ディスクロージャー研究学会



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文書No.
950525

デリバティブ開示充実を

    ニッセイ基礎研究所副主任研究員 柳田宗彦

    95年05月25日 日本経済新聞 朝刊  

(1)デリバティブ(金融派生商品)の利用にあたっては、投資家に対してリスク情報を提供すべきである。

(2)米国では、昨年、デリバティブのディスクロージャー(経営情報の開示)の充実が行われている。日本でも、金融機関のデリバティブのディスクロージャーの充実が行われようとしている。

(3)金融機関だけでなく、事業法人においてもデリバティブの利用が増加している。今後、事業法人においても、定性的な情報化から順次、ディスクロージャーを開始し、定量的な情報へ広げていくことが必要である。

 昨年来、デリバティブに関連した損失がいくつか報道されている。また、世界全体のデリバティブの残高は九三年末で三十五兆ドルに達している。それではこのようなデリバティブを利用する会社のリスクは投資家に対して適切に伝えられているのだろうか。 デリバティブは、もともと金融商品のリスクを回避・調整するために開発された取引で、輸出入を行う企業が為替リスクをヘッジするために通貨オプションなどを利用しているように、様々なリスクに対応してデリバティブが使われている。ただし、投機目的に用いられていることも事実である。

 デリバティブは取引を低コストで行うことができ、さらに機動性が高いという特徴を有しており、適切に利用すれば収益を安定させられる。しかし使い方を誤れば重大な損失を被ることもあり得るのも確かである。

 デリバティブはオフバランス取引と呼ばれることもあるように、現在の会計のもとでは財務諸表に載らない取引となっており、デリバティブをどれだけ利用しているか知るのには、ディスクロージャーによることになる。投資家からみれば、リスクヘッジを適切に行っているかどうかや、損益に影響を及ぼすデリバティブをどれだけ利用しており、現在どうなっているかは、企業収益に与える影響が大きいため、知っておくべき情報である。

 デリバティブ先進国である米国においてデリバティブはどのように取り扱われているのであろうか。米国では、デリバティブは原則として時価評価され、ヘッジのためのものは損益が繰り延べられている。ディスクロージャーは、金融機関に限らず全企業にデリバティブを含む金融商品全般の時価開示とデリバティブに関する情報が求められている。

 時価開示は、すべての金融商品(不動産は対象外)が対象であり、公正価値(fair value)の開示を求めている。ここでの公正価値とは、市場価格、または、それがなければ類似商品の時価や見積もりの時価とされている。つまり、開示対象を市場価格のあるものに限定するのではなく、広く開示を求めている。

 デリバティブについて、取引規模及び取引状態を明らかにするために契約金額(想定元本)や内容及び条件の開示が求められている。

 さらに、これらの情報は利用目的別に応じ、ディーリングや投機を対象としたデリバティブ取引自体から収益を上げようとする「トレーディング目的」とリスクマネジメント目的などの「トレーディング以外の目的」に分けられる。ここでの「トレーディング目的」は、事業会社であれば投機目的といえよう。

 「トレーディング目的」のデリバティブに対しては、期末の公正価値に加えて、デリバティブの種類ごとの公正価値総額の平均残高とデリバティブによる純トレーディング収益といった定量的な情報を求めている。

 「トレーディング以外の目的」のデリバティブに対してはデリバティブの利用目的や背景などの定性的な情報を求めている。

 例えば、表1のような開示が行われると、デリバティブに関する含み損益の有無が明らかになる。さらに、目的別に開示されていることにより、事業会社であれば投機目的のデリバティブ利用が行われていることがわかる。

 しかも、表1の九四年のトレーディング目的のデリバティブ部分のように投機で含み損を抱えていることが明らかとなる。逆に、九五年の借入金に関するヘッジの部分は、含み損があっても、ヘッジ対象の借入金の含み益と相殺されることが明らかなため、問題のある含み損ではないことがわかるようになっている。

 すなわち、米国においてはデリバティブに関するリスクをできるだけ幅広く投資家に伝えるようにしており、デリバティブ先進国だけに他国と比べても充実したディスクロージャーとなっている。

 日本においては原価評価が原則とされているため、デリバティブは決済時まで財務諸表に表れない。また、ディスクロージャーの対象とされているのは、オプション・先物、為替予約である。

 オプション・先物は、有価証券と同時に九一年から時価が開示されている。対象は、先物とオプションのうち取引所に上場している商品だけであり、オプションでありながら相対取引である店頭オプションについては除外されている。これは、上場されている商品と違い、店頭商品は時価を合理的で客観的なデータを用いて算定することが困難であったり、時価を算出したとしても時価は一義的ではないことによる。

 オプション・先物の会計処理・開示を検討した当時と比べ、デリバティブの残高は飛躍的に増加している。例えば、開示対象外である金利スワップをみると八九年と九三年を比べて約十倍の規模となり重要性も高まっているだけに、今後さらにデリバティブのディスクロージャーを進めていく必要がある。

 デリバティブの拡大を踏まえ行われていた金融制度調査会の「金融機関のディスクロージャーに関する作業部会」が、金融機関のディスクロージャーにデリバティブの想定元本といった情報の開示を九六年三月期から金融機関に段階的に義務付けるとの報告をまとめている。

 さらに、一部の金融機関は九五年三月期決算から、デリバティブの実態の情報開示を自主的に始める意向と伝えられており、ディスクロージャーに進展が見られる。

 現在の日本のディスクロージャーであれば、デリバティブによる含み損や過大なリスクを抱えていても投資家は知らされていない。従って、今までに公表されたデリバティブによる損失も公表される時点まで、その前兆や過去において既に発生していた損失も知らされていなかった。

 このような経験からも、ディスクロージャーを充実し、透明性を確保することが、健全な投資環境を形成していくうえでますます重要となっている。その意味からも、日本においても米国と同様に、積極的なディスクロージャーが評価されるようになるであろう。近年、金融機関に限らず、事業会社においてもデリバティブの利用は増加しており、そのリスクを明らかにするディスクロージャーを進めることが必要である。

 今後、事業法人においてデリバティブのディスクロージャーを行うにあたっては、一挙に米国のレベルまでいく必要はないにしても、投資家に対する情報提供を充実していくべきである。具体的には、まず、定性的な情報である利用目的・取り組み方針・リスク管理体制といった事項から順次、開示を開始し、その後、定量的な情報である利用目的別の時価や契約金額(想定元本)へと広げていくことが望ましい。

 また、(1)投資家にとって有用で誤解のおそれのないディスクロージャーはどのようなものか(2)事業会社のデリバティブの定量的な情報のディスクロージャーはどう算定すべきか――といったことについて検討が必要であろう。これらは、今後開始される金融機関におけるディスクロージャーの経験を生かし、技術的な問題を解決し、確立していくべきであろう。



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