文書No.
950627
大阪大学助教授 大田弘子
(1)不良債権処理は緊急の課題であり、公的資金導入を前提にして、破たん処理の方法に関する議論にはいるべきである。 (2)破たん処理の議論にはいるには、最終的に必要となる公的資金の試算がなされ、処理方法の選択肢が提示される必要がある。そのためには、徹底したディスクロージャーが前提となる。多少の混乱を覚悟してでも、いま一挙に情報開示に踏み切るべきだ。 (3)破たん処理の方法として、ペイオフ(預金の払い戻し)以外に、「整理銀行」を設立する必要がある。整理銀行の具体像を詰めて、早急に設立に着手することを望みたい。 金融機関の不良債権問題はますます緊要度を高めている。不良債権処理における最終的な問題は、経営破たんの銀行をどう整理するかということである。そして、最大の論 点は、預金を保護するために公的資金を投入してよいかどうかということである。ー 破たん処理のためには預金保険制度が設けられており、営業譲渡や合併のための資金援助を行うか(資金援助方式)、一千万円を限度に預金払い戻しを行うか(ペイオフ)、の選択肢がある。しかし、預金保険機構の積立金は、現在七千億円程度しかない。仮に、中堅の地方銀行一行が破たんしてペイオフを行うことになれば、日銀からの借り入れ限度をいっぱいに使っても底をつく可能性が高い。 したがって、経営破たんが相次ぐ場合は、公的資金を投入するしかない。公的資金としては、まず日銀法二五条による特別融資がある。この場合は、日銀からの国庫納付金が減少するというかたちで国民の負担が発生する。もし、日銀特別融資で負担しきれなければ、財政資金(財投資金を含む)を投入せぜるを得ない。 大蔵省は、六月八日に不良債権処理の基本方針を発表した。そこでは、経営破たん時の処理について、次の見解が示されている。(1)基本的には、「資金援助方式」の可能性を追求する。 (2)「ペイオフ」は、国民に情報が十分提供されていないなどの理由から当面行わず、今後五年以内に環境整備を行う。 (3)資金援助方式がとれないほど破たんがひどいときは、東京共同銀行のような受け皿銀行を設立して事業譲渡を行う。 破たん銀行のなかには、資金援助方式で救済し得るケースもあろう。しかし、資金援助方式には処理を引き受ける金融機関の存在が不可欠である。どの金融機関も経営が厳しくなるなかで、今後も“奉加帳”スタイルで資金を集めることは難しい。したがって、資金援助方式を処理の基本にすえることは、あまりに楽観的か、もしくは問題の先送りと言わざるを得ない。 また、ペイオフのための環境整備に、なぜ最長五年の猶予期間を置くのかも意味不明である。ペイオフを回避するかどうかの本格的な議論がない限りは、(3)の受け皿銀行(整理銀行)方式も採用できないはずである。東京共同銀行への批判の一因は、ペイオフすべきか否かを十分に議論しないまま、設立が行われたことにある。 事態を直視すれば、資金援助方式は一応当てにせず、公的資金の導入を前提として、破たん処理の議論にはいるべきである。念のために述べておくが、公的資金導入を検討 するのは破たん処理のためだけである。金融機関救済のために導入する必要はない。 すでに述べたように、破たん処理の手段には、資金援助方式を除けば、ペイオフと「整理銀行」設立の二つしかない。基本的な対応は、ペイオフである。経営が破たんしたら預金は一千万円までしか保護しない、ということがあらかじめ定められたルールである。しかし、ペイオフは信用システムをゆるがす危険性があるので、常に実行できるわけではない。 したがって、ペイオフにかわる手段として整理銀行を設立する必要がある。本稿は、整理銀行による破たん処理に本格的に着手すべきこと、そのために徹底的な情報開示から議論をスタートさせることを主張するものである。 まず、整理銀行のイメージを示しておこう。整理銀行は、破たん銀行の資産負債の処理を行うための特別銀行である。資本金は政府、日銀、民間金融機関の共同出資とする。破たん銀行の事業譲渡を受けた後、数年かかって預金の払い出しや、店舗を含めたすべての資産の売却、債務の返済などを行う。 ペイオフとの違いは、預金者の預金が全額整理銀行に移管され、保護されることである。預金が満期を迎えるまでは利子まで含めて保護されるので(満期後の再契約は金利ゼロとなる)、払い出しは徐々に行われよう。 整理銀行の必要資金は、預金保険機構からの資金援助と日銀からの借り入れ、不足分は民間銀行からの借り入れ(政府保証付き)でまかなう。そして、処理が終わった段階で、公的資金を投入して借入金を返済する。留意すべきは、預金が完全に保護される分、公的資金の投入も巨額になるということである。したがって、ペイオフという手段を回避する場合は、政府はその理由を明確に示す必要がある。 また、破たん銀行の処理だけを目的に設立される銀行だから、保護するものは預金だけである。破たん銀行は、完全に消滅する。ここで消滅とは、(1)経営者は破たん処理の開始時点で全員退陣(2)株主・出資者への払い戻しはなし(3)従業員は事後処理の完了時点で解雇、を意味する。従業員の解雇を含むことは、あまりに厳しい措置に みえるかもしれない。しかし、公的資金を投入する以上、やむを得ない措置である。 東京共同銀行も、実は、ここで述べている整理銀行と同じ機能を意図してつくられたものであり、スキームは正しかったと思う。しかし、東京共同銀行においては、必ずしも消滅のルールが明らかではなく、実際には銀行としての維持存続(さらには再生)が図られた可能性もある。 破たん処理の原則は、経営に失敗した銀行は消滅するということである。受け皿銀行に名前を変えて存続するのではなく、文字どおり消滅し、銀行の数が減る。このルールが貫かれる限り、金融機関のモラルハザード(救済をあてにした安易かつ危険な経営)は発生しない。 また、東京共同銀行は、十分な情報開示さえなく設立された点で問題があった。整理銀行はペイオフ以上に多額の公的資金を必要とするため、国民の合意が不可欠である。東京の二信組問題は、このような議論を展開する絶好の機会だったのだが、まことに惜しいことをした。不良債権の現状や今後の破たん処理のスケジュールを明らかにせず、消滅のルールも明らかでなく、資金援助だけが決められれば、国民が公的資金導入に拒否感を示すのは当然である。 せめて今からでも、整理銀行のプランを国民に示し、議論を起こすべきである。まず、全金融機関の徹底したディスクロージャーを行う。いますぐ破たん処理にはいるべき銀行と、今後、整理銀行へ移管する可能性が高い銀行とを判断したうえで、最終的に必要となりそうな公的資金について、おおまかな試算を示す。預金保険機構の積立金で足りない場合、日銀特別融資で対応し得るのか、財政資金を投入せざるを得ないのかの可能性を提示する。あわせて、すべてペイオフによる場合に必要となる公的資金についても予想額を示し、国民に選択肢として提示する。 公的資金の規模は今後の土地市場や株式市場の動向によって異なるので、予測値をいくつかのケースで示すしかないが、試算がなければ議論は前へは進まない。そして、試算を行うには、現状のディスクロージャーが不可欠である。現状が完全に明らかにされて、初めて新しいルールづくりが行われる。ペイオフ回避の判断基準は何か、整理銀行において保護すべき預金に制限を設けるべきか否か、などについて踏み込んだ議論が可能になる。 基本方針では、「今後五年以内のできるだけ早期に、預金者の自己責任原則を確立するために必要なディスクロージャーが実現するよう努める」としているが、あまりに悠長ではないか。実態が明らかになることで、行政当局の監督責任がより厳しく追及されることにもなろうが、これを避けるわけにはいくまい。重要なのは、行政当局のだれがどのような責任のとり方をするかというようなことではなく、すでに発生した事態に対て事実を明らかにし、責任をもって処理するということである。 金融機関の経営実態が完全に明らかになれば、混乱も避けられないだろう。これはリスクである。しかし、いささか乱暴ではあるが、ここで混乱を覚悟してでも、一挙に事実を明らかにし、断固とした姿勢で破たん処理のルールをつくるべきではないだろうか。ルールをはっきりさせることこそ、金融秩序の維持につながる。事態を先送りすることもまた、大きなリスクなのである。 破たん処理のルールについては、近々、金融制度調査会で本格的な議論が行われる予定という。徹底的に開示された情報をスタートにして、具体的議論がなされることを望みたい。 なお、本稿で整理銀行の対象とする金融機関には、農林系統金融機関は含まれていない。系統金融機関の性格からいって、一般の銀行と同じ枠組みを適用することはできないからである。 農林系統金融機関は多額の住専向け不良債権をかかえ、事態は、むしろ一般の金融機関以上に深刻と思われる。この場合も公的資金の導入は避けられまいが、小口貯金の比重が高いこと、信用システムへの波及が弱いことから、ペイオフという手段をとり得る余地は、一般の金融機関より大きいと考えられる。 農林系統金融機関について、破たん処理のルールづくりや、今後の公的資金導入のあり方を議論するにあたっては、農協の社会的な必要性を再検討することも不可欠である。これについては、別途議論の場が必要であろう。
|