文書No.
951116
日興リサーチセンター 植木博士
(1)大和銀行ニューヨーク支店を舞台にした債券取引の巨額損失事件は、米連邦準備理事会(FRB)とニューヨーク連銀の威信を大きく傷付けた。米国内の銀行業務停止処分は、第二、第三の大和銀行事件を未然に防ぐ意味からも必要であった。 (2)今回の事件は、海外に、日本の金融システムが抱える構造的な異質性を再認識させた。つまり、不十分なディスクロージャーや不透明な監督行政など構造的な問題が露呈した。 (3)日本の金融システムに対する海外の不信感を払しょくするためには、住宅金融専門会社問題をはじめとする不良債権問題に本腰を入れると同時に、金融機関のディスクロージャーと透明な行政が欠かせない。 大和銀行ニューヨーク支店を舞台とした千百億円にのぼる債券取引の巨額損失事件に関して、十一月二日、米金融当局は大和銀に対して九十日以内に米国内の全銀行業務を停止するよう求める処分を発表した。金融機関の処分、とりわけ銀行免許取り消しのような厳しい処分については十分な証拠を集めた上で慎重に判断するといわれる米当局が、これほど早く、しかも事実上の米国撤退命令という厳罰を下したことは極めて異例の措置といわざるを得ない。 さらに、関係者によれば、今回の処分はFRB、及びニューヨーク州はじめ各州銀行局の総意に基づいており、当局間で意見の相違は見られなかったという。 今回の厳しい処分にあたって中心的な役割を果たしたのは、FRB高官の中でも最も日本の金融行政に精通しているマクドナー・ニューヨーク連銀総裁であったといわれている。リーチ下院銀行委員長が「FRBは顔にトマトを投げつけられた」と揶揄(やゆ)しているように、大和銀行事件は一流の監督当局と見られているFRB、特に大和銀ニューヨーク支店を監督する立場にあるニューヨーク連銀の威信を大きく傷付ける事件となった。 さらに、十月中旬にはニューヨーク連銀が既に九二年ごろから大和銀ニューヨーク支店の活動に懸念を持ち始めていたにもかかわらず、事態を察知できなかったという事実が明らかになり、議会ではFRBの監督の甘さを厳しく非難するムードが高まっていた。FRBとしてはそうした議会の批判をかわし、「第二、第三の大和銀事件」発生を未然に防ぐ意味からも、断固たる処罰を早期に打ち出す必要があったのだろう。 今回の厳しい処分を契機に米国における大和銀問題は急速に収束に向かうと見られる 事件を契機に一段と膨らんでいたユーロ市場におけるジャパン・プレミアム(邦銀向け上乗せ金利)もある程度縮小するだろう。しかし、大和銀事件をこれまで同様の「金融不祥事」の一つとして割り切ることはできない。今回の事件は、海外に日本の金融システムが抱える構造的な異質性を再認識させる結果をもたらしたのである。 つまり、リーチ下院銀行委員長が「大和銀事件にはディーラーが銀行内部の事務管理者も兼ねていた内部管理上の問題に加えて、米当局に問題を報告しなかった銀行幹部の責任、日本の当局が米当局と情報を共有しなかった問題がある」と指摘しているように、今回の事件を通じて日本の金融システムにおける不十分なディスクロージャーや不透明な監督行政といった構造的問題が露呈したのである。 欧米では、以前から日本の金融界が情報の「隠蔽(いんぺい)」を行っているとの不信感が根強かったが、今回の事件はそうした不信感をまさに裏付ける結果を招いた。こうした中で、米当局の厳しい処分は、単に当事者に対する処罰というだけではなく、日本の金融システムとそれを構成するすべての金融機関、当局者に対して「米国のルール に従わない金融機関は国外追放する」という辛辣(しんらつ)な警告を含んでいる。 今年に入って米国の金融当局、議会関係者は日本の金融システム問題に重大な関心を払ってきた。六―七月には財務省、FRB関係者が相次いで訪日し、日本の不良債権問題の現状を調査した。その後も、米金融当局者の訪日が相次いでいる。米当局者が日本の不良債権問題の行方に関心を持つのは、この問題が米国にとっても単に対岸の火事として割り切れない面があるからだ。 財務省は八月に発表した「日本の資本市場と国際金融情勢に関する報告書」の中で、在米邦銀は米国内で銀行部門全体の九・四%の資産を有し、商工業ローンの一七%を提供する大きな融資主体である(九四年末時点)ことに加え、日本の投資家(含む日銀)は米財務省証券の四%を保有している(九五年四月時点)と指摘、米国金融における邦銀の役割の重要性を訴えている。 邦銀経営が悪化し、米国から資金を引き揚げるような事態になれば、米国にも金利上昇という形で火の粉が及びかねないのである。九六年に大統領選挙を控えるクリントン政権にとって、日本発の金融不安が長期金利上昇、株価下落という形で米国に波及するリスクは何としてでも避けなければならない。いわば、日本が米国にとって第二の「メキシコ」となることを恐れたのだ。 ルービン財務長官をはじめとする米当局者の不安がひところに比べれば和らいでいることは確かだ。七月以降の日米共同の円高是正行動により、円・ドル相場は一ドル=一〇〇円台に回復し、深刻なデフレスパイラルに陥っていた日本経済もやや一息ついた感が出ている。こうした中で株価の方も七月以降回復基調に転じ、一万八千円前後まで戻している。 こうしたことから、財務省、FRBを含めた米当局者の間では、日本の不良債権問題及び一部中小金融機関の破たんが金融システム全体を巻き込んだ組織的リスクに発展するリスクは現時点でかなり後退したという見方が、コンセンサスを得ている。 しかし、彼らの目から見れば不良債権問題解決のめどが立ったとは到底言い難い状況にあるようだ。米議会調査局は十月に「日本の銀行危機・その原因と影響」と題するリポートをまとめ、議会に提出した。 そこでは、「日本の銀行システムは少なくとも国内総生産(GDP)の九%に匹敵する四千億ドルの不良債権を抱えている。米国の会計基準に基づけば、その額は五千億―八千億ドルに膨れ上がると、民間アナリストは見ている」「不良債権問題の影響は極めて大きく、その解決にはかなり本格的な調整と機関投資家の大きな損失を伴うことになろう」「ジャパン・プレミアムによって(邦銀の)インターバンク(銀行間)借り入れが困難になり、米国での活動を縮小する事態に至った場合には、米国の金利水準に影響を及ぼす可能性がある」といった悲観的な見通しが示されている。 こうした海外の厳しい見方が邦銀経営を一段と圧迫する要因になっている。最近、日本で相次いだ金融機関破たん、ムーディーズなど海外格付け機関による邦銀の格下げ、及び大和銀事件を受け、海外市場における邦銀の資金調達コストは大きく上昇しており、ユーロ市場では現在約〇・五%程度のジャパン・プレミアムを支払うことを余儀なくされている。 日興リサーチセンターの試算によれば、都銀の業務純益は仮に〇・五%のジャパン・プレミアムが国際業務の調達勘定にすべて上乗せされる状況が三カ月続いた場合は五%前後、半年続けば一割程度圧迫されることになり、収益の行方に深刻な影響を及ぼす。 こうしたジャパン・プレミアムは日本の金融機関のディスクロージャー、行政のトランスパレンシー(透明性)に対する不信感が背景になっているだけに、短期間で解消することはかなり難しい問題といえる。ジャパン・プレミアムが恒常化すれば、邦銀の海外における投融資ビジネスは大きな見直しを迫られることは必至であり、不採算資産の処分や業務縮小の動きが出てくることも考えられる。 日本の金融システムに対する海外の不信感を払しょくするためには、住専問題をはじめとする不良債権問題解決に本腰を入れて取り組むと同時に、金融機関のディスクロージャー充実と行政のトランスパレンシー向上に努める必要がある。 まず、不良債権対策については、十二月中旬に予定されている金融制度調査会の最終答申に向けて、政治問題化している住専問題の処理策を早急に固めることが切望される。そこでは公的資金の利用が必要不可欠と見られるため、国民のコンセンサス作りも必要になろう。 また、ディスクロージャーについて大手二十一行が九五年九月中間期から、これまで公表していなかった金利減免債権額の開示を決めた点は評価される。地銀、第二地銀をはじめ、その他金融機関も九六年三月期に不良債権のより詳細な開示を行う見通しだが、その後も一層のディスクロージャー充実に向けた努力を継続する必要がある。 加えて、大蔵省による監督行政の在り方も再検討すべきであろう。これまでの許認可主義、護送船団方式がもたらした弊害を反省し、市場原理に基づいた活力ある金融システム作りを模索すべきである。 大和銀事件を受けて、米議会では外銀監督行政の在り方を再検討する動きが出ている。下院銀行・金融サービス委員会金融機関小委員会は十二月五日に大和銀問題を受けて外銀規制・監督問題に関する公聴会を開催する予定であり、上院銀行委員会も十二月上旬前後に外銀問題に関する公聴会を行うことを検討している。 今のところ、米議会が法改正を含む本格的な外銀規制強化を検討する可能性は低いと見られている。しかし、米当局が邦銀に対する検査を今後、一段と強化してくることは免れないだろう。 いずれにせよ、日本の金融機関のディスクロージャーと行政のトランスパレンシーを求める海外の声は強まりこそすれ、弱まることはなさそうである。日本としてはこれを機に金融システムの大胆なリストラクチャリングを断行する必要がある。
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