ディスクロージャー研究学会



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文書No.
960109

96年を読む

    上智大学教授 岩田規久男

    96年01月09日  日本経済新聞 朝刊  

(1)昨年末に発表された住専問題処理案は、マクロ経済の安定化の点では評価できる。しかし、関係者の責任が曖昧(あいまい)である。納税者に負担を求める以上、関係者の責任を徹底的に追及し、納税者の負担をできるだけ減らすべきである。

(2)不良債権問題の処理を契機に、金融効率化に向けて金融機関の再編成を促進するように、金融の一層の自由化を進めるべきである。

(3)信用秩序維持のためには、大蔵省から独立した金融監視機構を創設するとともに、金融機関の情報開示を進めて、市場の監視機能を利用することが重要である。

 金融機関の住宅金融専門会社(住専)向け融資総額は十三兆千百億円であり、そのうち「回収不能債権」が六兆四千百億円、「ほぼ回収不能債権」が一兆二千億円、「回収可能債権」が五兆五千億円とされている。

 「回収不能債権」のうち、民間銀行が五兆五千億円を債権放棄によって負担する。それに対して、農協系金融機関は大蔵省の当初案では一兆一千億円強の負担が求められて発表された処理案では、融資総額の一割にも満たない五千三百億円を住専処理機構に贈与すればよいことになった。農協系の負担が大幅に軽減されたことに伴って、差し当たり六千八百五十億円の財政資金が住専処理のために投入されることになる。

 「ほぼ回収不能債権」と「回収可能債権」は回収機関である住専処理機構に譲渡される。回収可能債権のうち三・五兆円は正常債権であるが、残りの二兆円は回収困難債権である。したがって、「ほぼ回収不能債権」と「回収困難債権」の合計である三兆二千億円が、今後、住専処理機構において二次損失として処理される可能性が大きい。その場合には、再び財政資金の投入が求められることになるであろう。

 この政府・与党案に対しては、批判的な声も少なくないが、金融不安を取り除くことによって、マクロ経済の安定を図るうえでは評価されるべきである。

 マクロ経済が安定し景気回復が軌道に乗れば、雇用が安定し実質賃金も上昇し、やがて定期預金などの実質利子率の上昇とマクロ経済の安定とが両立し得るようになり、住専処理に当たって損失の一部を負担した納税者も最終的には利益を得る。定期預金などの利子率の低いことを批判する声は後を絶たないが、実質ゼロ成長経済と高めの実質金利は両立し得ないことを、国民も理解すべきである。

 とはいえ、今後、国会審議の際には、関係者の責任を徹底的に追及することが不可欠である。

 まず第一は、借り手の責任である。政府・与党案の成立過程で問題になったように、「借り手がロールスロイスに乗っている」ようでは、納税者に負担を求めることは不可能である。

 第二は、貸し手の責任である。貸し出しの一割にも満たない額しか損失を負担しない農協系は全く貸し手責任を果たしていない。これでは納税者の納得はとうてい得られないであろう。

 第三は、バブルを生み出し、それを急激に崩壊させた日本銀行と、情報を公開せずに住専処理を遅らせて財政負担を大きくした大蔵省の責任である。

 住専問題の処理は当面の緊急処置であるが、今後日本の金融が再生するためには一層の効率化を進める必要がある。納税者の負担で金融機関の不良債権問題を処理する以上、その処理を効率化の第一歩としなければならない。

 日本の金融市場では、有力な都銀・長信銀数行で構成されるガリバー銀行が、他の小さな銀行はガリバー銀行が設定した金利や手数料などを所与として、おのおののサービスの供給量を決めるという前提の下に、ガリバー全体の利益を最大にするように行動してきたと考えられる。ただし日本的経営においては、この利益の中に正社員である従業員の給与も含まれると考えるべきであろう。

 このようなガリバー型寡占モデルにおいては、効率面で劣る小さな銀行はようやく生存できる水準におかれ、ガリバー銀行は高めに設定された価格の下で、高い利潤(含み益を含む)と高い従業員給与とを享受することができる。

 金融の自由化が進んでも、大手銀行の従業員の給与が一流の製造業の給与を大幅に上回り、借り手や預金者から見て良質なサービスが供給されていないという状態が続いていることは、依然としてガリバー型寡占行動は改まっていないことを示唆しているといえよう。

 大手銀行のガリバー型寡占行動を阻止して、市場をより競争的なものにし、それによってサービスの向上とその価格の低下を図るためには、異業種からの参入を促すような金融自由化が不可欠である。例えば、銀行の振込手数料を引き下げるためには、コンビニエンスストアなどの流通業者に送金業務を認めることが必要であろう。現在のところ、この業務は出資法によって、流通業者には認められていない。

 出資法はまた、リースやクレジット会社が社債やコマーシャルペーパー(CP)の発行によって調達した資金の使途や運用に制限を課しているが、これも銀行の競争を阻害する要因になっている。

 日本の金融行政は(1)預金者、投資家、借り手といったユーザーの利益ではなく、業界の利害を調整することを目的とする業界行政(2)不透明で官僚の裁量の余地が大きい行政指導(3)自己責任を原則とする市場メカニズムの軽視、という特徴を持っている。これらの特徴は今回の住専処理案にも表れている。

 もしも今までに金融自由化をユーザーの利益を優先する立場に立って進めてきたならば、金融機関の倒産・合併・店舗の統廃合がより促進され、ユーザーの利益によりかなった金融市場が形成されたはずである。

 ユーザーの利益からみれば、銀行経営についても自己責任原則を適用し、無理な預金獲得競争や貸し出し競争に走る銀行は、経営破たんに直面して他行に合併・吸収されたり、倒産するというメカニズムを利用すべきである。この競争メカニズムによって生ず る信用秩序の不安定性に対しては、次に述べるような措置を別途用意すべきである。 金融の自由化を一層進めると、非効率な金融機関は淘汰(とうた)されるという競争メカニズムが働き始める。しかし個々の銀行が倒産しても、システムとしての金融が崩壊するわけではない。今後は金融機関がたとえ倒産しても金融システムの安定化が図れるように、制度を改革する必要がある。

 そのためにはまず第一に、金融機関を監視する機構を大蔵省から独立に創設し、その監視機能を強める必要がある。預金保護の観点からみて、危険すぎる行動に走る銀行に対しては早期是正措置を強制することができるような権限を持たせるべきである。これまでのように、業界の育成・業界間の利害調整をつかさどる大蔵省が、同時に業界を監視するという制度では、厳正な監視は不可能である。

 第二に、危ない銀行ほど預金保険料が高くなるような可変的預金保険料制度を導入すべきである。これにより、早期是正措置を勧告された銀行が自己資本を積み増して銀行経営の安定化を図れば、預金保険料を引き下げるといったことが可能になるから、銀行に対して自己資本を積み増す動機を与えることができる。

 第三に、今後は金融機関の破たん処理にあたってペイオフ(破たん処理に際して、預金保険によって元本を保証するのは一千万円までの預金にとどめ、それを超える預金に対しては元本を保証しない)もありうることを宣言すべきである。

 第四に、銀行経営の情報開示をニューヨークの株式市場に上場されている銀行並みにすべきである。そのような情報開示が進めば、大口の預金者は、銀行が危険な行動をとれば、より安全な銀行に預金を移そうとするであろう。これによって、銀行が危険すぎる行動をとることを抑制することができる。今後は、このような市場の監視機能を大蔵省から独立した金融行政当局の監視機能と組み合わせて利用すべきである。

 以上の市場原理が導入されると、金融機関の効率化が進み、スケールメリットを生かせない金融機関はそれが生かせるような水準に調整され、少数のユニバーサル銀行を頂点に、M&A(企業の合併・買収)のような業務に特化する投資銀行やデリバティブを得意とする銀行などブティック型の金融機関、地域金融に特化する地方銀行などが立ち並ぶといった産業構造の形成が予想される。



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