ディスクロージャー研究学会



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文書No.
960110

大型私募債のリスクー村本建設のケーススタディ

    乱脈極まる担保設定、受託銀行の利益相反現実化

    大型私募債はジャンク債か、信用リスク評価が基準に  村本建設の更正計画案にみる社債権者保護の行方 吉村光威 (96年1月10日)  

 戦後最大の負債を抱え九三年十一月倒産した村本建設(本社奈良県広陵町、管財人鬼追明夫氏ほか一名)はこの年末に更正計画をまとめるが、同社が倒産一年半前に発行した担保附きの「大型私募債」(総額百八十七億円、表1)の弁済処理について、社債権者から「受託銀行は善良な管理義務を怠っており損害賠償の責任を負うべきだ」など数々の問題が提起されている。社債の受託制度が改革されて最初のデフォルト(債務不履行)事件でありかつ発行規制が九六年から緩和されるなかで、今回の村本建設の更正計画の成り行きは社債管理会社不設置問題、財務上の特約の在り方などに影響を与えそうだ。


 同社の更正計画案(表2)によると社債は更正担保権に含まれる。更正担保権はもともと二千四百億円あったが担保価値の下落により債権者との話し合いでこれを三分の一の八百億円に圧縮、社債も弁済対象になるのは額面百八十七億円のうち百億円余りといわれている。売却してみないとこの金額は確定しない。「実際はもっと低くなる」と社債権者はみている。

 社債は六回発行されており抵当権の順位は回の番号と同じなので(一回債が一番抵当)担保が百億円で売れれば一回、二回債の百%と三回債の一部が弁済される。担保不足分の三回債の一部から六回債までは一般(無担保)債権並の六%の弁済率となる。

 また担保処分による弁済も他の担保附き債権と異なり、「担保の通称島之内=大阪市中央区=図1の土地が売却できた年度の期末に一括弁済する」(売却できなかったら二十年目)となっている。他の担保債権は「五年据置六年から十五目までの間五ー十五%の三段階逓増方式による弁済率で返す。

 この社債の弁済計画案にたいし関係者から提示されている問題とその対応の方向を列挙すると次の通り。


「一」旧受託銀行制度が適用され、「デフォルト債の一括買い取り」が妥当
 この社債は、商法の改正で社債の受託制度が改革され社債管理会社制度ができる九三年十月の一年半前に発行されたので改正後の現在でも商法の付則で「従前の」受託銀行制度のもとで処理される。受託銀行は戦後、五十五年あたりから倒産会社の社債を額面で買い取るようになり(表3)、「慣行」とはいうものの受託銀行の「事実上の機能」(大蔵省の改正時の資料による)であった。社債管理会社に制度が代わってこの事実上の機能は「予定しない」(同資料)こととなったが、「従前」の制度では「一括買い取り」は受託制度と一体不可分であるというもの。


「二」担保の設定が乱脈で「善管義務」に違反
 担保附き社債信託法(以下担信法)では「善良なる管理者の注意をもって信託事務を処理する」(六十九条)ことになっている。「一」の問題もさることながら今回のケースはこの「善管義務」違反だともいう。というのも社債の担保が設定されたのはバブルが崩壊した頃の九二年で、担保の評価価格が坪当たり三千百万円はあまりにも過大。

 また同物件に受託銀行の長銀、大和銀(メーンバンク)、幸福がその後計百六十五億円の追加担保を設定した。銀行取引・手形債権・小切手債権の担保だが、この行為は「会社が危なくなったので既に信用で貸し出しているものに担保をつけたもの」であるが、経済的価値はほとんどない。形式だけ整えたにすぎない。 さらに担保の土地の中に「別筆」で建物のある土地があり、長銀、大和銀、幸福(抵当権順位順)が社債発行後の九二、九三年に相次いで計百六十五億円の担保を設定している。社債の弁済計画が担保貸付のそれと異なるこもあり利益相反の疑いが濃いという。

 異常に高い担保評価は銀行の「無審査」を意味し、銀行の機能放棄を物語っていると同時に担保金融の「自壊」を目の当たりに見せつけ、銀行の巨額の不良債権発生の実態を物語っていると厳しく批判する向きもある。


「三」利益相反を露呈、フィスカル・エージェントでも十分
 かねてメーンバンクが社債の受託を行うのはいざというときに貸付債権との「利益相反」が起きると問題視されてきたが、今回改めてこれが認識された。社債管理会社下ではそれなりに手当されたというがルールだけでは利益相反が起きない保証はどこにもないことを今回実証した。

 社債管理手数料が高い(ソフトバンク債はFAの二十倍)こともあって、最近わが国でも動きだしたユーロ債のようなフィスカル・エージェント制(財務代理人、FA)でもよいのではないかという声も発行体から出始めている。また「社債契約に基づき発行者と相対で交渉してもよい。ただし手間の係る分レートを上乗せして貰いたい」という機関投資家もいる。


「四」大型私募債はジャンク債 やはり格付けが必要
 村本建設の社債は大型私募債のルールが現行のもの(表4)になった直後(大蔵省通達の翌日)に発行された。適債基準に合格していたかどうか疑問があるが、同社の財務データ(帝国データバンクによる、表5)だけからみても、このような発行体の支払能力は常に最悪のケースを想定して判断する格付け機関ならは格付けはCC(ダブルC

 将来の債務履行に強い懸念がある=日本公社債研究所の定義)クラスの文字どおりジャンク債であった。

 九六年から適債基準が撤廃されジャンクボンドが発行されるが、九十年代にはいって盛んに発行された私募債(表6)はすでに村本債並のジャンク債が数多く存在するとみてよい。効率的な市場ならCC債を発行すると仮定すると発行レートは債権回収率に限りなく近似するはずである。

 大型私募債は市場原理が働かない「別世界」のため発行レートは通常のものとそう変わらない。表4の大型私募債ルールでは「私募の取扱い業者」は十%(業者計でも五十%)しか買い取らないので多くは機関投資家に買い取られるが、デフォルト・リスクの情報は全くない。私募債も格付けによって投資のリスクを公表すべきであろう。

 私募債は貸付の変形ではなく公募債の変形と位置づけられねばならない。金融業の不良債権の実態からみて「プロ私募」、「少数私募の転売規制」のルールが無効でデフォルトリスクの開示は必須であるといわねばならない。プロでない機関投資家が転売する暇もなく倒産したのであるから。


 以上の更正計画案とその問題点から指摘できることは、まず担保附き社債でも最悪の場合、弁済が全うされない、無担並にしか弁済されないことがある。担保附きの公募社債でも資産デフレでもあり、このような過大な担保評価があれば洗い直す必要がある。不動産担保に限らず工場財団担保も「生産の空洞化」で担保価値を著しく下げているかも知れない。

 また来年から行われる発行規制の緩和に際して財務上の特約記載欄で大蔵省が示したヒナ型は担保に関する部分は事実上「空文化」の恐れがでてきた。特に社債の名称に関する担保の部分は不要かも知れない。

 いずれにしても不動産の権利書だけで金融が行われるのは破綻した。社債も融資も担保が前提でなく企業の信用リスクを基準にするしかない。リスク見合いで金利が決まる「市場型金融」に移行する。企業もこれに対応するしかない。信用リスクを減らし資金調達コストを下げる息の長い戦略が必要になる。

表5  村本建設の財務データ
91/6 92/6 93/6
 自己資本 11749 12346 8450 利益    2541 1696 -1903


自己資本比率
3.24  2.87 1.95 インタレスト・カバレッジ
1.63  1.37 1.09 経常収支比率
91.0  98.2 81.35


お問い合わせ ik8m-ysmr@asahi-net.or.jp


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