ディスクロージャー研究学会



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文書No.
960305

情報公開法制定が急務

    一橋大学教授 堀部政男氏

    96年03月05日  日本経済新聞 朝刊  

(1)住宅金融専門会社(住専)問題や行政改革、地方公共団体の食糧費・官官接待との関連で「情報公開」という言葉が頻繁に使われている。

(2)しかし、情報公開という言葉は、必ずしも同じ意味で使われているわけではない。言葉の意味を整理すると、情報提供施策、公表義務制度、情報の任意的開示、情報の義務的開示に類型化することができる。

(3)特に、義務的開示を中心に制度化される情報公開法の制定は現代日本にとって焦眉(しょうび)の課題であることを認識する必要がある。

 最近、住専問題の解決のために公的資金を投入することが是か非かを論じる前提として、貸出先の公開や不良債権の融資先ごとの金額の公開などが強く求められ、論議を呼んでいる。このため、「情報公開」とか「情報開示」などという言葉が頻繁に使われている。

 一方、同じ言葉が、行革との関連や、地方公共団体の食糧費・官官接待との関連でも盛んに用いられている。行政改革委員会・行政情報公開部会が四月に情報公開法に関する中間報告、秋には最終報告書をまとめ、行革委自身が十二月中旬までに総理大臣に意見具申することになるだろう。だから、情報公開という言葉を耳にする機会はますます多くなる。

 しかし、情報公開という言葉は、必ずしも同じ意味で使われているわけではない。情報公開という言葉は、さまざまな意味で使われているが、使われる文脈で意味するところは異なっている。情報公開という言葉が意味するところを整理してみると、次のようになる。

 第一に、「公的部門(パブリックセクター)の情報公開」と「民間部門(プライベートセクター)の情報公開」とに大別することができる。前者は、国や地方公共団体の機関の情報公開であり、後者は、民間企業などの情報公開である。これに関連して、公的部門に準じた特殊法人などの公的色彩の強い部門の情報公開をどのように扱うかが問題となる。公的部門が保有している民間部門の情報の公開は、主に前者の問題となる。住専問題では大蔵省が持っている住専関連の情報公開が議論の的となった。

 第二に、それぞれの部門の情報公開は、(1)情報の保有者が請求によらずに公開する場合(2)請求に応じて公開する場合――とに分けることができる。別の角度からは、(A)任意的に行う場合(B)義務的に行う場合――とに分けられる。これらを組みいくつかの情報公開の類型ができる(表参照)。公的部門のうち、地方公共団体については、自治体が実際に命名しているもので呼ぶならば、次のようになる。 民間部門についても、これに類した言葉で整理することができる場合が多いだろう。 第一が、情報提供施策で、(1)―(A)の組み合わせである。これには、広報紙誌の発行、行政資料の刊行・配布、報道機関への情報提供などがある。民間部門でも、同様な情報提供を行っている。広報部門は、主としてこのような情報提供をその職務としている。

 第二が、公表義務制度で、(1)―(B)の組み合わせである。これには、法令の公布、財政状況の公表、給与実態の公表などがある。民間部門については、会社の公告は官報または時事に関する事項を掲載する日刊新聞紙に掲げてこれを行わなければならないという義務づけ(商法一六六条四項)はここに分類することができる。

 第三が、情報の任意的開示で、(2)―(A)の組み合わせである。これには、資料室・図書室などにおける閲覧、行政刊行物の頒布、相談案内窓口などでの資料配布などがある。新たな制度を設けて、請求に応じて任意的に情報を開示するものもこれに入る。しかし、次の「情報の義務的開示」と異なり、法的には義務を負わない。民間部門でも、同様に任意的開示は行われている。広報部門は、このような任意的開示の最前線に立っている。

 第四が、情報の義務的開示で、(2)―(B)の組み合わせである。これは、自治体が保有する情報を請求に応じて開示することを義務づける制度である(一定の適用除外はある)。現在でも、個別の法令で法的義務を伴う閲覧・縦覧などの制度が設けられている。例えば、民間部門については、株主および会社の債権者が株主名簿、端株原簿、社債原簿の閲覧または謄写の請求権を有する(商法二六三条二項)というのはここに分類することができる。

 また、有価証券の発行会社が事業年度ごとに蔵相に提出する有価証券報告書(証券取引法二四条一項)を、大蔵省、発行者の本店、主要な支店、上場取引所、証券業協会で公衆の縦覧に供する(同法二五条、企業内容等の開示に関する省令二一条から二三条まで)ことになっているのも、このカテゴリーに入る。

 自治体が制定している情報公開条例は、この義務的開示を中心に制度を構築している。また、前述の行革委・行政情報公開部会で主として審議の対象になっているのは、公的部門の、しかも行政機関の義務的開示である。

 以上のように、「情報公開」という概念を整理してみると、それぞれの場で使われる情報公開という言葉がなにを意味しているかが明らかになるであろう。

 今回の住専問題で大蔵省の情報公開の姿勢が問われているが、このようなことは、今に始まったわけではない。国民やマスメディアが情報公開を求めても、前掲の「情報提供施策」の類型で公開することができる情報を「情報の任意的開示」で公開するにとどまっていたといってよいであろう。

 しばしば議論になったのは、両議院の国政調査権との関係で情報を公開するかしないかであった。これについて憲法は、「両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる」(六二条)と規定している。この国政調査権は、国会法や議院証言法に基づいて行使される。前掲の「情報公開」の類型からすると、請求に応じて、義務的に情報を開示する第四のカテゴリーに入るとみることができる。

 しかし、どういう場合に開示を拒むことができるかについて明文の規定がないことから、公務員の守秘義務やプライバシー保護という名目で開示されない。国政調査権との関係でもどういう場合に開示をしないことが可能かについて法律を整備する必要がある。

 実際には、国会法や議院証言法によって情報公開を請求するというよりは、任意で公開を求めている場合が多い。

 一月二十二日の通常国会の開会前に大蔵省は同月十九日に巨額の不良債権を抱えた住専七社の大口貸出先のリストや経営内容などをまとめた三百八十五ページの資料を国会に提出した。しかし、守秘義務やプライバシーを盾に融資先企業名や不良債権の融資先ごとの金額などは公開しなかった。

 その後、与野党の話し合いなどを経て公開の範囲は広がったが、国レベルにおいても情報公開法を早急に制定することが現代日本にとって焦眉の課題であるとの認識が広まったに違いない。

 情報公開法の議論は、前述のように、行革委・行政情報公開部会で審議されている。筆者も部会の委員であるが、今年の一月十二日に公表した「情報公開法についての検討方針」では、対象機関は行政機関となっている。

 民間部門については、一般的な情報公開義務を課することは現段階ではあまり意識されていないが、今後の課題として検討に値する。現にオーストラリアでは、民間部門対象の情報開示義務の問題が議論になっていることに注目する必要がある。





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