文書No.
960515
山一証券経済研究所 森山弘和
(1)外国人投資家の台頭などにより、資本効率向上の重要性が認識され、わが国でもROE重視を標榜(ひょうぼう)する企業が増大しつつある。(2)しかし、現状は資本コストに対する正しい認識がなされておらず、本来の目的である企業価値増大にはつながらないなどの問題点を抱えている。(3)一方、財務管理の最先端をいく米国では企業価値増大を目指すEVA管理へ発展しつつある。企業価値の反映される株価・格付け両面の評価向上のカギはROA重視、EVA導入である。 二十一世紀まで余すところ五年。新時代に向けた構造改革があらゆる方面において急ピッチで進展中である。とりわけ、企業経営を取り巻く環境では、資本市場の国際化、ボーダーレス化が大きな変化をもたらしている。これに伴い、企業財務の舵(かじ)取りも大きな転換を迫られている。 これまでの企業金融は、金融機関借り入れなどデット調達資金に依存する間接金融が主体であった。しかし、資本市場の発展に伴い、転換社債や新株引受権付社債などエクイティファイナンス主体の直接金融へシフトするなど、資金調達の選択肢が多様化する一方、その裁量権が金融機関から企業サイドへと移行した。 こうした変化は、企業に対する資金の出し手が、金融機関から一般投資家へと変化したことを意味している。これに伴い、企業財務管理の目標もこれまでの「経常利益重視」から、「ROE(株主資本利益率)重視」へと転換を余儀なくされつつある。 なぜなら、間接金融優位時代には、債権者のリターンである金融費用を支払った後の利益である「経常利益」が、資金提供者の期待にどれだけこたえたかを表す尺度、すなわち資本コストに対する充足度を測るうえで有意義なものであった。 しかし、その調達資金がマーケットメカニズムを優先する直接金融へとシフトするなか、今後は資金の出し手である投資家の期待収益率(インカムゲイン+キャピタルゲイン)、すなわち「ROE」により、資本コストを測定していくことが求められている。 ROEは株主資本が毎年何%で運用されているかを示すものである。預金や社債でいえば「金利」、つまり稼がなければならない「コスト」に相当する。 間接金融時代は十分な経常利益を稼がなければ融資をしないという、直接的な意思表示を資金供給者である金融機関が行ってきた。一方、直接金融時代の資金の供給者である投資家は、十分なROE、すなわち期待収益率が見込めなければ、保有株式を売却したり、新規保有を見送るといった間接的な意思表示を行うにすぎない。 この点、企業財務の管理手法は、これまでの金融機関が直接コントロールするという受け身的な行動から、投資家の期待収益率にこたえているか、資本コストを充足する事業への投資であるか否かを自らチェックしコントロールする、能動的な行動へと転換していくことが求められているといえよう。 こうした認識のもと、ようやくわが国でも、上場企業各社において「ROE重視経営」を標榜するところが増大しつつある。しかし、財務管理の最先端をいく米国においては、これまでのROE経営から、企業価値創造を目指したEVA( なぜ、このEVAが米国において注目され始めているのであろうか。それは、縮小均衡によりROE向上を図るという弊害が問題視され始めたこと、および負債の利用という本来的意義を持つLBOの再評価の高まりが背景にあるようだ。 すなわち、レイオフなどによるいきすぎたリストラは雇用、個人所得の減少を招き、ひいては国内需要の低迷から企業業績の悪化、税収などを通じて国力の低下を招く。また、目先重視のあまり将来の果実確保のため必要な種蒔(ま)きとしてのR&Dの削減、健全な赤字部門の育成を怠れば企業の存続が危ぶまれるなどの問題点を抱えることになる。このため、利益の質だけを追求しても会社関係者全体にとってハッピーなことではなく、量の拡大も不可欠との認識がなされ始めてきたわけである。 さらに、EVA管理でキーになっている資本コストを社内で意識させ、かつ低下させるためにはLBOの利用が有用であることも、EVAが開発された背景になっている。 以上のように、日米ともに企業価値増大を目指して、新たな財務管理手法を導入し始 めているが、果たしてその市場評価としての株価・格付けは向上するのであろうか。 まず、株価・格付けの評価の視点を比較してみると、ROEの向上は必ずしも企業価値の増大を意味しないようである。 EVAで測定する株価尺度は、PBR(株価純資産倍率)である。わが国では、株価が企業の解散価値を下回って割安に評価されているか否かを判断する尺度として一般に用いられている。これに対しEVAでは、株主から預かった元本を企業がどれだけ付加価値を高めたかを測る尺度とされている。すなわち、PBRが一倍未満ということは、解散価値を下回っているから割安ではなく、株主から預かった元本をそれだけ損なったためだと判断されてしまう。 では、株主資本の時価簿価比率であるPBRを高めるにはどうすればよいのであろうか。その構成要素に着目すれば、PER(株価収益率)、もしくはROEを高めればよいことになる。このうち、企業自らコントロールできるのはROEだけであり、一方のPERは市場における評価にゆだねざるを得ない。そこで、ROEをさらにROA(投下資本利益率)とD/E(デット・エクイティレシオ)の二つに大きく分解してみると、ROEを高めるにはROAかD/E、もしくは両方を高めればよいことになる。 他方、格付けは負債の元利払いの安全性の度合いを記号で表したもので、一定の事業規模と債務保護指標などによってその水準が左右される。特に国際資本市場で大きな影響力を持つ米国のS&P社では、債務保護指標のうちキャピタリゼーション比率(長短債務/長短債務+株主資本)とキャッシュフロー比率(キャッシュフロー/長短債務)についてガイドラインを設けるなど、両指標を最重要視している。 そこで、この株価と格付けのキーレシオの関係に注目してみると、長期資本構成の安定性を表すD/Eが両者に含まれていることがわかる。すなわち、D/Eを高めることはROEの向上につながるが、格付け評価では負債の割合が増大するため、マイナスに作用することになる。つまり、株価・格付け両方の評価を高めるにはROAの向上を図ることが肝要となるわけである。 なお、EVAではROAに代えて、金融資産を除外した営業投下資本利益率(ROIC)を用い、純粋に企業自ら生み出した価値を追求している。 以上の点を考慮すれば、本来高いコストが要求される株主資本を安易に低利回りの金融資産に投下する経常利益重視型経営やROE重視という、いわば財務管理の発展途上の段階から脱却し、次のステージであるROA重視あるいはEVA管理という、あるべき姿に転換することが不可欠ではないかと思われる。
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