文書No.
960701a
日本総合研究所翁百合
厚生年金基金の破たんを巡る問題は、現在、わが国で起こっている預金金融機関の危機と随所に共通点を見いだすことができる。これは、低成長経済への移行という時代の転換の中で、従来型の硬直的なシステムに「制度疲労」が起こり、新たな時代への対応を迫られているという共通の背景があるからである。そこで、預金金融機関が直面している課題と対比しつつ、年金基金の破たんをめぐる事後的対応(セーフティーネット)と破たん回避のための事前的対策の諸課題を整理してみよう。 預金金融機関の破たんに対する事後的対応としては、預金保険制度が小口預金者の保護というセーフティーネットの役割を負うが、資金的に対応しきれないことが明確になったため、昨年来その充実が図られている。また、破たん処理にあたっての客観基準の整備も課題となっている。他方、預金金融機関の経営悪化に対する事前的対策としては、(1)情報開示の拡充による市場規律の発揮と、(2)監督当局ないし行政の明確化、すなわち、行政は最低限のルールを整備し、客観的基準に基づき経営が悪化した場合のみ介入するという補完的役割に後退する、といった仕組みが構築されようとしている。 年金基金についても同様の視点が必要とされる。まず、事後的措置としてのセーフティーネットをいかに構築していくか、という点である。年金基金の破たんに際して加入員の受給権保護のためには、現在、厚生年金基金連合会に任意加入の共済制度として支払い保証制度が存在しているが、これについては様々な点からの見直しが急務である。 短期的には、支払い保証に必要な資金残高の早急な拡大が迫られている。しかし、その際、支払い保証というセーフティーネットのモラルハザード性を排除するためのリスクに応じた保険料の導入や、基金の解散ルールの明確化、支払い保証額算定基準の明確化といった「客観性のあるルールづくり」も不可欠である。 第二に、より重要な点であるが、基金破たん回避のための事前的対応をいかに図るかという問題がある。現在までのところ、企業、年金基金、運用機関それぞれの責任概念はあいまいであった。 こうした責任を明らかにし、受給権の保全を明確にするためには、企業年金に関するアメリカのエリサ法(従業員退職所得保障法)のような法的整備が急務である。しかし、法的な整備にも増して重要と考えられるのは、関係主体が「情報開示を拡充し、アカウンタビリティー(わかりやすく自らの行動を説明し、評価を受けることによって責任を果たすこと)を向上させていく」という考え方を定着させていくことである。 これまで、年金基金の受給者に対する情報開示は非常に限られたものであった。また企業についても年金基金の負債がオフバランス化されており、その年金負債を時価でとらえ、ディスクローズするという作業がなされていなかったため、企業の株主(ステークホルダー)や投資家のチェックが届かない形となっていた。 こうした年金負債の時価や厳密な意味での年金コストが正確に認識されていなかった背景には、これを巡る会計基準が未整備であったことや、企業経営における年金負債の位置づけがあいまいにしかとらえられていなかったことなどの要因があると思われる。今後、「企業にとって年金負債をどのように時価としてとらえるべきか、負債の割引率として何を採用すべきか」について、年金財政、年金会計の両者の観点から早急に検討されなければならない。 個々の企業経営のレベルでも、年金負債を時価で把握しようとすれば、自身の企業の年金基金の特性やリスクの所在を把握するという作業が不可欠になるし、予定利率または年金負債の割引率の選択を開示していくことは、当該企業の経営スタンスを市場に対して示していくことにもつながるといえよう。 こうした作業によって初めて、様々な算定基準の基礎となっている一律五・五%という現行の予定利率の持っている様々な意味や、これに起因する矛盾も明らかとなり、制度改革の方向性も明らかになっていくものと思われる。 現在の年金基金の破たん問題に求められているものは、現行の制度を様々な角度から総点検し、見直していくと同時に、自己責任原則のもと、基金、企業、運用機関などがその実態を正確かつわかりやすく受給者や株主、関係者に開示し、これによって基金、及び企業そして受託運用機関の自己規律が高まるような環境を早急に整備することであ
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