ディスクロージャー研究学会



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文書No.
960703a

大手銀各行、情報開示誌相次ぎ刷新

    市場リスクも詳述、海外銀と比べ不十分

    96/ 7/ 3 日経金融新聞  

 大手銀行はディスクロージャー(情報開示)誌の内容を相次いで刷新し始めた。市場リスクや不良債権問題などで従来より踏み込んだ記述が目立ち、経営の現状を把握しやすくなったとの声は多い。ただ、時価情報をごく一部しか載せていないなど海外の有力銀行のディスクロ誌に比べるとなお内容が不十分との指摘もあり、一層の改善が求められている。

 「政府の住専(住宅金融専門会社)処理策に沿い、住宅ローンサービスに対する貸出金を全額放棄し、債権者として取りうる最大限の負担を負うことにより、母体行としての責任を全うする」

 第一勧業銀行はディスクロ誌の冒頭に「住専問題について」という項目を設け、昨年来の住専処理について解説している。記述している内容に新味はないものの、経営にマイナスの情報でも開示する姿勢を示したとは言える。

 経営の国際性を強く打ち出しているのは東京三菱銀行。同行は自己資本比率をJPモルガン、バンカーストラストなど欧米の有力銀行と比較するグラフを掲載し、国際競争に耐えられる銀行を目指す経営方針を強調している。

 米銀などに比べて不十分さが指摘されていたリスク管理に関する記述も充実してきた。富士銀行はJPモガンなどを手本にし、市場リスクの評価損益、リスク計測モデルの精度、時価評価損益、リスク管理体制などについて詳細に説明している。時価評価損益を数字で示したのは邦銀では初めてのことだ。

 銀行アナリストなどの間では情報開示に前向きになってきた邦銀の姿勢を基本的には評価する声が多い。だが、海外の有力銀行と比べると開示が十分でない項目は多く、不満も根強く残っている。

 その一つが連結決算に関する情報。邦銀は単独決算では本業のもうけを示す業務純益を公表しているが、連結決算には取り入れていない。地域別の収益もほとんど開示していない。メリルリンチ証券東京支店の山田能伸シニア・アナリストは「アジア重視を強調する邦銀が多いのにアジアでの収益がわからない」と不満をもらす。

 リスク管理や不良債権の記述にも問題点がある。英国の格付け会社、IBCAの小関広洋ダイレクターは「金利リスクや株価リスクを含めたリスク量全体を示さないと不完全」と強調。前期から大手銀行が開示を始めた経営支援先債権についても「支援損が発生した経緯や支援の目的、今後の見通しがわからない」と内容の不備を指摘する。

 時価情報を求める声も強い。原則として時価主義を導入していない日本の会計制度のもとで邦銀に米銀並みの開示を求めるのは難しい面はあるが、「不良債権の回収見込み額などは時価で自主的に開示できる」とみる向きは多い。

 邦銀の情報開示誌には「哲学」が欠けていると批判するのは米国の格付け会社、スタンダード&プアーズの森田信な乃ディレクター。「経営者が、リスクを許容する範囲など経営戦略を明確にしないと、投資家への十分な説明にはならない」という。

 預金者、株主、投資家などすべてが満足する情報を幅広く提供できるかどうかもポイント。さくら銀行は通常の情報開示誌のほかに店に来る顧客を意識した小冊子を毎年作っているが、「投資家などプロが求める情報と預金者向けのわかりやすさを両立させるのは難しい」と悩む。

 大手銀行は情報開示に工夫を凝らし始めたとはいえ、横並びを崩して新たな項目を公表することには慎重だ。情報開示は「最低限の基準を満たせばよい作業」ではなく、国際競争力を強めるカギだという意識で取り組む必要があろう。(経済部 前田裕之)



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