文書No.
960731
96/ 7/31-8/8 日本経済新聞 朝刊
きしむ日本的会計(1) 「隠れた債務」にさい疑心――株価にも影響ジワリ。 96/ 7/31 日本経済新聞 朝刊
米大手投資顧問のスカダー・スティーブンス&クラークは九〇年から日本の銀行株への投資をストップしている。ニューヨーク証券取引所に上場している旧三菱銀行が米国基準で開示している財務諸表と、日本基準の財務諸表の違いにがくぜんとしたからだ。 九六年三月期の旧三菱銀行の不良債権額は六千二百三十六億円。米国基準(連結)ではこれが九千五百六億円と一・五倍に膨らむ。 日本信託銀行の不良債権が上乗せされるのが主因だが、延滞債権と認定する基準が日本では半年の利払い停止なのに対して、米国は九十日と厳しいことも理由だ。「日本基準の財務諸表を頼りに銀行株に投資するのでは顧客に対する責任が果たせないと考えた」と日本法人の佐々木雅彦社長は振り返る。 日本の会計制度で実態がみえないのは不良債権だけではない。象徴的なのは年金だ。米国では財務会計基準審議会が決めた年金会計(FAS87)によって、年金の資産を時価評価する一方、負債を現在価値に引き直すことが義務付けられている。資産が負債を下回っていれば積み立て不足となり、不足額が大きいとバランスシートに負債として計上しなければならず、株価や格付けにも響く。 一時、百四十億ドル強の積み立て不足が発生したゼネラル・モーターズ(GM)が、格付けを回復するために二百億ドルを超える資金を年金に投入したことはよく知られている。 米国基準の財務諸表を公表している東芝の場合、九六年三月末で年金の積み立て不足額が五千二百七十六億円に達している。同社の九六年度の予想連結純利益の六・六倍だ。 東芝のように米国会計基準を採用している二十四社(金融を除く)の年金資産積み立て不足の合計額は九五年度で約二兆七千五百億円に上る。二十四社以外の日本企業も大半が多額の不足金を抱えているとみられるが、年金の積み立て状況を開示する枠組みがない日本の会計制度では、その債務の実態を知るのは極めて難しい。 ソニー十八億ドル、日立製作所十六億ドル、キヤノン十三億ドル……。米テクニメトリックス社が調べた九五年末時点で米国の機関投資家が保有する日本株のランキングだ。トップのソニーをはじめいずれも日本を代表するビッグビジネスだが、ベストテンのうち八社を米国基準の財務諸表を作成している企業が占めたのは、決して偶然ではない。 「日本企業は年金の負債が把握できないので投資評価がやりにくい」と米最大の投信会社、フィデリティ・インベストメンツのマネージング・ディレクターであるロバート・ポーズン氏はいう。米国の機関投資家が米国会計基準を採用している日本企業への投資に傾斜するのは、日本の会計制度に対する不信感の裏返しでもある。 投資家のさい疑心は株価にも反映している。九〇年を一〇〇とした場合の米国会計基準を採用している二十四社の時価総額と東証株価指数(TOPIX)の動きをみると、九四年以降、二十四社の時価総額がTOPIXを大幅に上回っている。大和総研の高野真主任研究員は「バランスシートがクリアになっている企業を評価する動きが株価に表れている」とみる。 日立は九六年三月期決算で九五、九六両年度に生じる約二百九十億円の年金の積み立て不足を一括して補てんした。今年度は三十一社が不足金を埋め合わる決算処理をするとみられ、「隠れた債務」は顕在化し始めている。 日本では九七年度から厚生年金基金の資産の時価評価が始まるが、負債に対する時価会計の導入については企業会計審議会(蔵相の諮問機関)でようやく議論が始まったばかり。「日本版FAS87」を模索する動きは、企業の実像をみせない日本の会計制度が限界に近付いていることを示している。
六〇年代に相次いだ子会社絡みの粉飾決算への反省、日本企業の資本調達の国際化などに対応するため、大蔵省主導で七七年度から上場企業に公表を義務付けたのが、日本の連結財務諸表の始まりだ。ところが最近では企業内部から連結会計に対するニーズが高まっている。 NECは九四年度から、経営・経理の基礎データとなる部門別の月次管理会計を連結ベースにした。同時に、本社従業員の賞与に連結ベースの部門業績を反映するようにした。 松本滋夫常務は「実際にモノを作っているのは全部子会社。単独の業績だけでは生産性や品質管理など、メーカーの最も大事な部分の判断ができない」と、連結をベースにした経営の必然性を強調する。 連結会計の本家、米国では親会社だけを取り出した「単独会計」は対外的に存在しない。株主にとっては投資先の本社もその子会社も出資金が運用される場に変わりない、という資本の論理が貫徹している。 米連結会計ではグループを一つの企業組織にみたてており、子会社は“部課”のひとつに過ぎない。日立やNECなどが事業部門別の連結会計を活用し始めたのは、米国的連結会計への接近ともいえる。 実際、日本の企業会計の根幹となっている商法には、個別の「会社の計算(会計)」という概念はあっても、「企業集団の会計」という概念はない。日本の連結会計は、本社の単独会計に関係会社の会計を個別に接ぎ木したものなのだ。 そのせいか日本の現在の基準では、連結対象企業の選択、部門別収益を開示するための事業の分け方などで企業の裁量余地が大きい。これがしばしば決算操作的な行動を許している。 再建途上の飛島建設は、自身の出資比率が二〇%未満の関係会社に少しずつ出資させて作った飛島都市開発グループに、含み損を抱えた土地を簿価に近い価格で譲渡し、自身の資産・負債を縮小した。その土地取得資金は支援銀行の富士銀行などからの融資で賄い、融資に対しては飛島建が債務保証を付けた。保証額は三月末で五千五百七十七億円に上っている。 これは実質的に飛島建自身の債務といえるが、飛島建の有価証券報告書には「注記事項」の「保証債務額」と記してあるだけ。資本関係から都市開発グループは連結対象にならないためで、三月末の飛島建の連結有利子負債は二千億円強でしかない。だが、この受け皿会社を含めると負債は八千億円程度に膨らむ。土地の含み損を考えると、株主資本が三百億円程度しかない飛島建グループは実質債務超過との見方もある。 九九年度にも大蔵省は、出資比率が低くてもその会社の経営を支配していれば連結対象とする、いわゆる「実質支配力基準」を連結決算のルールとして導入する見通しだ。実現すれば飛島建などのゼネコン、金融機関などが多用する「連結外し」は難しくなる。 大企業は今、米仏などで普及している連結納税制度の導入を要望している。「新規事業に子会社を設立しても、初期赤字を本社の課税所得から差し引けないのは欧米に比べ不利」(古賀憲介・日新製鋼会長)との主張だ。 確かに国際化とグループ経営の浸透で、「単独決算中心」の商法に根差した会計・税務の仕組みはそろそろ限界に近付いている。しかし、企業が税務を含めて完全に連結に基礎を置く経営を望むなら、連結と単独の使い分け、連結外しの裁量権、商法会計から派生した各種引当金制度による税の優遇などの“既得権”を、自ら放棄する覚悟が必要になる。
97 国・地域別、事業別に売上高、営業損益、資産、減価償却費、資本的支出額を開示するセグメント情報開示の完全実施
99〜2000 連結対象決定に実質支配力基準の導入
この部会は二年程度かけ、有価証券など金融資産の時価会計の在り方を議論する。その障害になるのが債権者保護の立場から基本的に資産の取得価格を重視する商法との関係だ。部会は商法の取得原価主義を規定した部分などの改正を働きかけ、時価会計導入のネックを解消する必要があることを確認した。 連結決算の問題を検討している企業会計審議会・第一部会でも似た動きがある。第一部会は連結会計に欧米で定着している「税効果会計」を、全面適用する方向を打ち出しつつあり、単独の決算への適用開始も視野に入れている。 例えば金融機関がある決算期に有税で貸倒引当金などを積むと、税金の負担が増えるので、税引き前利益に対する実効税率が高くなる。その後、実際に貸倒損失が発生し、この引当金を取り崩す時には過去に払った税金が戻るため、今度は税引き前利益に対する実効税率が下がる。実効税率の変化で税引き利益が増減しないように、複数の決算期にわたって税金の影響をならすのが税効果会計だ。 しかし日本では税効果会計で必要になる貸借対照表での税金の繰延処理は、商法上問題があるとの指摘もあり、単独決算への税効果会計の適用問題を放置してきた。 企業会計審議会が日本の会計基準を抜本的に見直す方向で重い腰を上げた背景には会計基準の国際的な標準化の流れがある。国際会計基準委員会(IASC)は国際会計基準(IAS)の骨格作りを九八年三月を目標に完了し、国際的な資本調達をする場合の財務諸表の作成基準にする方向で走り出している。 各国の合意を待たずに、欧州ではすでにIASを利用しはじめている。フランスなどがIASを国内の会計基準として受け入れており、欧州では約二百社がIASで決算を作っていると言われる。もともと会計インフラが十分でないアジアの新興工業経済群の会計基準も、IASがベースになっている国が多い。 自国の会計基準よりも時価評価などに対する姿勢が甘いとして、当初はIAS導入に消極的だった米国の態度も急変している。米証券取引委員会(SEC)が元IASCの議長らを専門官として迎え入れたり、会計基準の設定団体である米財務会計基準審議会(FASB)が米国基準とIASとの差異に関する調査をするなど、海外企業が米国に上場する際などの会計基準にする方向で動いている。 IASC理事会メンバーの公認会計士、西川郁生氏は「IASは完成すると米国基準との違いはほとんどなくなる」という。実は金融資産の時価会計などを特徴とする米国基準が、IASと名前を変えて事実上の世界標準になるのと同じなのだ。 世界最大の資本市場を抱える米国の支持が明確になったことで、この流れは加速しており、日本基準のようなローカルな会計ルールの存在余地は小さくなっている。論議が始まったばかりの企業会計審議会の作業も、日本の会計基準を、IASに沿って作り替えるためのものといえる。 「IASが世界的にどういう取り扱いになるのかわからない」(経団連)として、まだIASへの関心が低い日本企業も多い。だが企業の関心とは裏腹に、日本の会計自体が世界標準の大波に押され変化し始めている。 (証券部 深田武志)国際会計基準(IAS)を巡る最近の動き〈95年7月〉・証券監督者国際機構(IOSCO)が国際会計基準委員会(IASC)と「IASのコア・スタンダードが完成すれば、承認の用意がある」ことで合意〈96年3月〉・IASCが欧州の企業などからの要請を受け「コア・スタンダード」の完成目標を98年3月と、従来より1年3カ月前倒しすることを決定・米証券取引委員会(SEC)が前倒しに歓迎表明〈4月〉・ルービン米財務長官がG7の議長総括で、国際金融市場の危機の未然防止のため、IASC、IOSCOによるIAS作りに期待を表明・韓国がIASをベースにした会計基準に転換〈7月〉・米SEC、財務会計基準審議会(FASB)が、IASと米国基準との相違点洗い出しなどの作業を開始
「米証券取引委員会(SEC)基準の財務諸表で、実際の経営ができることが分かった」。米国基準を採用している独ダイムラー・ベンツの経理担当者は二年前の経済協力開発機構(OECD)のディスクロージャー(情報開示)問題に関する会合でこう発言した。 日本と同じ取得原価主義に基づく商法決算のドイツでは、財務諸表に表れる企業の資産・負債が実勢価値からかい離してしまう。しかも将来予想される損失を平準化するための幅広い引当金計上が認められており、経営者ですら公表財務諸表では会社の実態が把握できなくなっていた。 このためダイムラーは内部管理用に別の会計を作っていたほどだ。だが時価会計を原則とした米国基準ならば、内部会計を作らなくともよくなったというのだ。 代表的なドイツ企業が時価主義的なIASや米国基準の採用に動くのは、投資家向けの情報開示の充実だけが目的ではない。企業側に「国内基準では十分な経営ができない」という認識が広がりつつある。 企業会計が経営実態とかい離している点でドイツとほぼ同じ問題を抱える日本企業はどうか。 米国基準の連結決算を作成している三菱商事は「経営リスクを測るモノサシ」(上村哲夫副社長)として連結ベースの管理会計を併用する。バブル期の投融資の失敗などを教訓に九三年に導入したものだ。 仕組みはこうだ。現時点で商取引や事業投資(商社事業以外への投資)などが抱える含み損と、統計的に計算した将来発生し得る損失の合計を「リスクの総量」と見なす。一方で、売却可能な保有株式や不動産、本社、関連会社の剰余金などの合計をリスクに耐える「体力」に見立てる。 ともに現在価値に引き直すため、「リスク総量」と「体力」をつき合わすことで時価ベースの「リスク余力」が判断可能になる。 欧米企業も収益状況などを把握するために独自の尺度で管理会計を作成している。ただ日本では上場企業だけで八十兆円を超える株式含み益があり、さらに膨大な土地の含み益が加わる。未実現利益が膨らんでおり、日本企業はリスク負担能力の的確な把握が極めて困難になっている。 住友商事は浜中泰男・元非鉄金属部長によるとされる銅の不正取引で巨額損失を被った。 同社の内部監査部門は大手商社の中でもトップクラスの陣容を誇るが、けん制機能は働かなかった。「不正行為の簿外取引だったとすれば、会計面からのチェックには限界がある」とも言われる。 だが、住友商事が大手商社五社中、唯一米国基準を採用していない純国内基準の会社であり、旧住友財閥から継承した厚い資産を持つ会社であることが事件の認識の遅れの一因になったのではないか、とある大手商社の幹部は指摘する。 会計は決して万能ではない。しかし、日本基準のように外部に公表する財務内容と、含み損益などを加味した企業の実態とのかい離が大きければ、経営者の判断すら狂わせかねない。 公表されない利益の蓄積が厚ければ内部管理のタガも緩み、不測の事態への対応も遅れる。含み損益の実態を隠してしまっては、社内の緊張感も薄れるだろう。まるで「二重帳簿」のような日本企業の財務内容は投資家の目をかく乱するだけでなく、日本企業の経営そのものをゆがめている。
日住金の最後の決算となった九六年三月期、回収不能債権の見込みを示す貸倒引当金は九千九百七十六億円になった。ところがAさんが株を買う直前に発表された九四年三月期の貸倒引当金はその十六分の一の六百二十五億円。代理人の吉川法生弁護士は「引当金を少なく計上した当時の決算を会計士が適正とし、実態を知らされないまま株を買わされた」と主張する。 朝日監査法人の松本伝専務理事は「担当の会計士はきちんとやったと思うが、裁判のことなのでコメントは控えたい」という。粉飾かどうかの事実関係は今後法廷で争われることだが、他の住専の関係者は「企業側から大蔵省の基準に基づいた額だと言われると、会計士は抵抗しにくかったのだろう」と指摘する。 住専は金融機関ではないため、当時の引当金の計上額について大蔵省が直接口出ししたわけではない。しかし「母体行を通じた“あうんの呼吸”で、結局は金融不安を恐れる大蔵省が認める範囲内に着地した」(住専関係者)。 世界六大会計事務所の一つ、デロイト・トウシュ・トーマツの富田岩芳最高顧問は「今回、一番責任があるのは大蔵省。金融秩序維持のために会計の適正さを犠牲にする国など世界中どこにもない」としつつも、「会計士に一番大切なのは独立性。企業や大蔵省がどう言おうと、自らの責任においてはっきり指摘すべきだ」という。 会計監査の不備、それを補う制度の改善は何度も繰り返されてきた。例えば山陽特殊製鋼など粉飾決算続発の反省から、六六年の公認会計士法改正で導入されたのが監査法人制度だ。個人の仕事だった監査を組織的にすることで、企業とのなれ合いを防ぎ独立性を担保する狙いだった。 しかし顧客である企業を獲得するため激しい競争をしているのが会計士業界の実態だ。会計士個人も監査報酬をどれだけ稼いでいるかで内部の評価が左右される。このため「厳しいことを言いづらい場面もある」(大手監査法人)。 多くの監査法人や公認会計士協会などに天下りを送り込み続けている監督官庁の大蔵省とのもたれ合いもある。 だが投資家による会計士提訴は、こうした状況を突き崩すだろう。裁判で問われるのは、きちんと監査し、適正な意見を表明したかどうかの一点だ。大蔵省の“指導”だからなどというのは、責任追及から逃れる理由にならない。 ある弁護士は「経営破たんした太平洋銀行でも会計士を訴えたいという依頼が来た」と打ち明ける。会計士の中にも「ある程度の訴訟はぬるま湯的なムードを変えるために必要」との声も出ている。 そうした中で大蔵省は九八年三月期から、デリバティブ(金融派生商品)の大半を占める非上場の取引も一般企業に時価や損益の開示を義務付け、監査対象にしようとしている。さらに米国が実施している「向こう一年間、企業が存続するかどうかを会計士が評価し、重大な疑問がある場合は財務諸表に開示させる」という制度を、日本に導入しようとの動きもある。 会計士は今後、訴訟リスクの高まりとともに、監査対象の広がりで責任は一段と重くなる。「本当に監査報酬を出しているのは、企業の持ち主である株主」(伊藤邦雄・一橋大学教授)という自覚が、改めて求められている。
河野一英・センチュリー監査法人名誉会長は、銀行中心の間接金融と取得原価主義のドイツ、証券中心の直接金融と時価主義の米国をこう対比する。室温は企業金融の時価の利用度、着衣の厚さは企業会計の保守性度合いを示す。 日本の商法はドイツの会社法が原典で、証券取引法は米法の輸入品だ。証取法の企業会計を商法で縛り、間接金融に直接金融を接ぎ木して時価利用を進めたのが日本。 六五年前後の商法、法人税法改正で確立した確定決算主義と取得原価主義(一部低価法)の現行会計制度は、七〇年代以降の時価発行時代にも骨格を変えなかった。「厚着をさせ部屋も暖める」米独折衷の日本システムの誕生だ。 企業会計の目的は企業の投資価値の測定に必要な収益の認識にある。具体的には株価収益率と配当利回りの計算の基礎となる一株利益のトレンドを把握するために、真実性、明りょう性、継続性の企業会計原則がうたわれている。 経済環境の変化とともに変ぼうする米国の銀行会計の歴史は、企業会計とは何かを考える教材になる。米銀の会計基準が銀行監督当局の手を離れ、証券取引委員会(SEC)の管轄下で一般企業と同じ扱いになったのは七四年。伝統的な預貸業務から運用・調 達両面で銀行業務の市場化が進み、経営破たんが表面化したことに対応したものだ。 預金者保護から投資家保護への転換だが、米国は会計基準の審議を民間団体の財務会計基準審議会(FASB)にゆだねている。自己責任の前提となる会計(ディスクロージャー)ルールは民間が決めるという哲学の表れなのだろう。銀行会計は時価主義への傾斜を強め、今では財務諸表本体に預金や貸出金を含む資産・負債全般の現在価値の表示を義務付けている。 日本では九七年度から、金融機関の短期保有有価証券の時価会計が始まるが、その根拠は銀行法などの“業法”で、監督当局の指導によるものだ。銀行を特別扱いする点で、日本の企業会計は米国に比べて二十年は遅れている。 一方、政府税制調査会は「同種の取引への課税は同等に扱うのが原則」と言い、短期保有有価証券への評価損益課税を事業会社にも適用する方針だ。税制当局は有価証券全般に時価主義課税を検討する意向である。経済環境の変化への即応を求められる企業会計の対応の遅れは明らかだ。 日本の企業会計が時価ベースでみた企業の実態から遊離した状況を放置し続けたのは、投資家(株主)の性格と無縁ではあるまい。官製組織の企業会計審議会に純粋な投資家代表の席がないのはその証拠だ。上場企業の株主の六割以上が政策投資を目的とする法人株主で占められる、いわゆる持ち合い問題である。 持ち合いの法人株主は発行体として時価発行を利用しながら、投資家としては取得原価主義会計の墨守が利益と考える株主だ。時価会計を義務付けられれば、経営のバッファーである含み益を失い、評価損益で期間損益が大きく振れて株式保有を続けられなくなる。日本の企業経営と株式市場をゆがめた元凶は、時価と取得原価を使い分けるダブルスタンダードだった。 短期保有有価証券を突破口に、時価会計は避けられない情勢となった。税務当局の攻勢を内圧とすれば、国際的な会計基準統一の流れは外圧になる。SECが損益計算書での上場株式の時価処理を求めていないのは、米国では発行体の株式保有の実態がないためで、「SECが日本企業に株式の評価損益計上を要求するのは時間の問題」(白鳥栄一・中央大学教授)という。 企業会計のひずみを正す会計のリストラは、企業経営と株式市場を変革するインパクトを秘めている。時価主義会計への移行は、持ち合い解消の駄目押しとなって含み経営を追放し、日本の株が支配証券から金利裁定の働く利潤証券としての価格形成に変わる条件を整えるからである。
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