ディスクロージャー研究学会



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文書No.
960808

わが国株式店頭市場での入札情報と初期収益率

   
              名古屋市立大学 國村道雄
              名古屋市立大学 小林 繁
                      1996.8

              コメント歓迎、引用は事前に了解の場合のみ


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わが国株式店頭市場での入札情報と初期収益率

要旨:
 本稿では、わが国店頭市場を対象に公開価格決定時の入札情報と公開日の株価との関係を分析した。平均入札価格、平均落札価格などわが国の固有入札情報が公開日の初期収益率と強い関係があることを明らかにした。


キー・ワード:
  株式公開、株式店頭市場、初期収益率、アンダープライシング


1.  問題の所在

(1) 入札制度とディスカウントの導入

 日本の株式公開市場では、平成元年3月まで、公開価格は類似企業の配当金、純利益、純資産及び株価を基準にした類似会社比準方式で決定されていた。その当時、公開初日の初値 と公開価格の差である初期収益率(((初値 - 公開価格)/公開価格)×100)は非常に高く、公開前に公開株を入手すれば必ずもうかるといわれていた。

 確かに表1のとおり、昭和59年から平成元年までの6年間をみると、131件の公開株の平均初期収益率は33.61%と著しく高く、しかもその最小値が5.56%とプラスである。このことは、これら131の公開株については、公開前に公開株を入手すれば例外なくもうかったことを意味する。


表1

表1 初期収益率の推移(店頭市場)
サンプル数(件) 平均 標準偏差 歪度 尖度 最大 最小
入札制度前
昭和59年 10 85.21 68.04 1.04 -0.32 213.73 27.71
昭和60年 15 31.79 15.47 0.84 0.00 65.56 10.78
昭和61年 22 53.12 49.89 2.32 5.78 222.58 11.89
昭和62年 19 47.09 70.23 3.38 12.55 313.22 10.19
昭和63年 53 16.70 15.03 3.91 18.46 98.68 5.05
平成元年 12 10.43 6.13 2.16 5.51 27.41 5.56
昭59〜平成元年 131 33.61 44.58 3.62 15.86 313.22 5.05
入札制度後・ディスカウント採用前
平成元年 58 8.51 10.77 2.34 5.29 50.68 0.06
平成2年 85 17.15 31.08 2.78 7.66 148.74 -1.10
平成3年 94 26.14 49.18 2.32 5.80 233.33 -34.48
平成4年 14 15.35 20.89 1.12 0.72 63.49 -7.76
平成元〜3年 237 18.60 37.06 3.07 11.07 233.33 -34.48
平成元〜4年 251 18.42 36.32 3.10 11.45 233.33 -34.48
入札制度後・ディスカウント採用後
平成5年 54 11.90 14.44 1.49 1.77 54.62 -9.46
平成6年 106 10.84 12.73 1.99 5.77 70.27 -14.00
平成7年 137 12.57 15.39 2.29 8.67 103.39 -14.29
平成8年4月 23 22.63 23.57 1.92 4.11 98.54 0.00
平成5〜8年4月 320 12.61 15.35 2.22 7.47 103.39 -14.29
平成元〜8年 571 15.16 26.81 3.84 20.36 233.33 -34.48
初期収益率={(初値−公開価格)/公開価格}×100
   
 福田・芹田(1995)は、「1989年(平成元年)までの日本の株式公開市場の特長は、アメリカに比べて初期収益率が非常に高く、またマイナスになることがまったくなかったという点である。…この現象は、類似会社比準方式という規制に起因すると推測することができる。」と述べ、類似会社比準方式という非市場型の公開価格の設定に問題があったと指摘している。 

 リクルート事件の発覚などを契機に株式公開制度の透明性を求める声が高まり、昭和63年12月には、証券取引審議会報告「株式公開制度の在り方について」が答申され、平成元年4月、公開価格決定に複数価格決定方式(コンベンショナル方式)の入札制度が導入された。この方式では、もっとも高い値段の入札申込分から順次入札株式数に達するまで割当て、最低落札価格に割当以上の申込があった場合は抽選により割り当てる方式をいう。 この制度のもとで、公開株式の一部を入札に付し公開価格を決め、この公開価格で売り出された。

 入札制度導入後、初期収益率は大幅に低下した。表1のとおり、平成元年から4年までの初期収益率は18.42%と、入札制度導入前の半分近くにまで減少している。とはいえ、初期収益率はなお高水準であるとみることもできる。先に福田・芹田(1995)が指摘した類似会社比準方式という制度要因以外に、初期収益率のこの高水準の要因を解明しなければならないという課題が残ったといえる。

 Parker (1995)は、入札制度導入後の日本の店頭市場で、ベンチャーキャピタル が情報の非対称性コストを引き下げるとするお墨付き仮説を検証した。日本の銀行が公開会社の大株主になることで情報の非対称性の問題を軽減し、企業の公開コスト引き下げる。その結果、初期収益率が低下する、と主張した。 Parkerは、平成元年から3年の日本の店頭公開で、銀行系ベンチャーキャピタルのダミー変数が初期収益率に対して負値をとるという注目される事実を検証している。しかし、官尊民卑の風土が依然として残る日本では、お墨付き仮説がまず当てはまるべきなのは、伝統のある政府系ベンチャーキャピタルのはずである。Parkerの分析では、政府系は正値と逆の結果がでており、彼のお墨付き仮説では説明できない。さらに証券系ベンチャーキャピタルも正値と逆であり、お墨付き仮説で説明できない。

 平成元年から入札制度が導入されたが、平成3年12月から翌年3月まで株式公開市場は閉鎖に追い込まれた。最高入札価格(類似会社比準価格の130%)で入札する多数の公開株マニアが存在し、入札時に過熱現象が生じ、平成3年11月、公開の27社中13社が公開時にマイナスの初期収益率を記録したという事実がその背後にある。表1のとおり、平成3年は、初期収益率の最大値が233.33%をつけ、最小値がマイナス34.48%つけた。この大きなばらつきを反映して、標準偏差は49.18%にまで高まった。残株買い取りや株価安定操縦の可能性が高まり、アンダーライターの引受リスクが急増したのである。

 この標準偏差の増大は、入札で決定された公開価格が、その後の公開市場での価格を事前に的確に予測していなかったことを示している。この事実を背景に、主体性に乏しい投資家が入札価格として無批判に使っていた入札上限価格(かっての最高入札価格)が、平成4年4月から廃止された。さらに入札下限価格が類似会社比準価格そのものというやや硬直的な基準からその85%に引き下げられ、弾力的に入札する余地が拡大した。

 これらの制度改革に加え、平成5年1月から、入札の実施状況、入札後の需給動向の変化などを総合的に勘案し、落札加重平均価格そのものを公開価格とせず、加重平均価格を調整して公開価格を決定することが認められた。平成8年4月までの実績をみると、この調整で公開価格を落札加重平均価格以上にした例は1件しかない。つまり、実質的には加重平均価格からのディスカウントを認めるということであり、ディスカウント制度の導入である。

 一例をみよう。平成6年7月12日、ソフトバンク株式会社は、入札後の公募価格を1株11~100円に決定した。これは最低落札価格そのものであり、公開価格の一応の基準である落札加重平均価格(12~083円)より983円のディスカウント、8.14%のディスカウント率である。このようにディスカウントした理由として、同社は、総入札株式数は3~994千株であり、総落札株式数950千株の4.2倍、公募株式数1~850千株の2.2倍と最近の平均水準からみてやや低かったこと、 落札加重平均価格に対し、最低落札価格(11~100円)との乖離率が8.1%~入札加重平均価格(9~430円)との乖離率が22.0%と最近の平均水準と比較して大きいことを挙げている。

 ソフトバンクの例のように、当初、最低落札価格を公開価格にするのが大半であった。しかし、年々、公開価格を最低落札価格以下に設定する場合が増えている。

 表1のとおり、ディスカウント制度の導入後の平成5年から8年4月までの初期収益率は12.61%と制度の導入前より低下している。問題は調整の効果を示す標準偏差であるが、これは導入前の37.06%から15.35%へと、ほぼ半減している。初期収益率の最大値が103.39%~最小値がマイナス14.29%と極端な値が少なくなっている。このようにディスカウント制度の導入の効果は歴然としている。

 ただ、それでもなお、初期収益率は10%を越える高水準である。これはなぜかという株式公開のパズルは依然として残っている。

 この大きなプラスの初期収益率の原因を分析のため、本稿では、従来取り上げられている諸要因に加え、ソフトバンク株式会社の例でもでてきた、入札加重平均価格や落札加重平均価格といった日本固有の入札情報に着目する。


(2) 分析視点

 株式公開時の初期収益率の分析では、分析対象時は公開時であり、分析視点は公開時の効率的価格形成の有無である。本稿でもこれらに変化はないが、特に公開価格決定のための入札時の入札情報に焦点を当てる。日本では、50%以上が公開価格決定のために入札され、ここから初値のきわめて有力な手がえられる。またこの入札時の過熱発行(hot issue)の調整としてのディスカウントもとりあげる。過熱発行の調整等のため公開価格の基準値である落札加重平均価格からディスカウントして公開価格を決めるからである。

 本稿の主たる目的は、公開価格決定のための入札時の入札情報のもつ意味を分析することである。初値と公開価格の差である正の初期収益率( underpricing )が考察の主たる対象となる。

 初期収益率の視点からの 株式公開の研究は数多い( Ibbotson and Ritter 1994)。ただ、日本固有の入札制度やディスカウントを組み込んで分析した研究は、Parker(1995)、木村(1995)など数少ない。ただ、広く海外に目を移すと入札に関連して参照すべきいくつかの論文がある。超過予約申込(oversubscription)に着目したKoh=Walter(1989) 、登録公開価格(filing price)と 最終公開価格(final offer price)の差に着目したBenveniste=Spindt(1989)、その検証をしたHanley(1993)などである。

 本稿では、これらの研究を踏まえつつ、まず第2章で、わが国独自の入札制度、ディスカウント等を前提に、いくつかの仮説を定立する。これを受けて、第3章で、初期収益率決定モデルを定立し、わが国の株式店頭公開データを収集し、わが国店頭公開市場における公開価格決定の入札での情報等のもつ意味を分析する。 



2. 入札情報と初期収益率の諸仮説

(1) 入札情報の意味

(a) 超過予約申込(oversubscription)仮説

 入札に関連するいくつかの論文が、わが国固有の公開価格決定のための入札時の情報のもつ意味を解明する手がかりを与えてくれる。

 Rock(1986)は、投資家グループ間に存在する情報の非対称性が存在するとき、情報不足の投資家(less-informed investors)を入札に参加させるため、発行者は正の初期収益率( underpricing )を使う合理的理由があることを明らかにした。 Rock(1986)の情報の非対称性の視点に立ち、Koh =Walter(1989)は株式公開の超過予約申込(oversubscription)に着目し、正の初期収益率を検証している。 超過予約申込が多いということは情報不足の投資家が数多く入札に参加していることを意味する。従って、 Rockモデルによれば正の初期収益率の誘因となる。 これが、Koh=Walterの着眼点である。超過予約申込のゆがみないデータを入手できるシンガポールの株式公開市場で計測すると、確かに、予約申込倍率と正の初期収益率の間に0.951という強い相関があった。ここに、不確実性の代理変数を用いるといった従来の間接的検証とは異なり、Rockモデルが直接検証されたと主張している。

 Koh=Walterのいう 超過予約申込仮説をわが国の株式公開市場に当てはめるとき、代理変数としていくつかの入札情報が考えられる。わが国では特に、入札倍率が代理変数としてすぐれている。というのは、投資家ひとりあたりの入札限度が5~000株に制限され、しかも現実にはより厳しく適用されているからである。厳しい入札株数の制限のもとで入札倍率が高まることは、情報不足の投資家(less-informed investors)が入札に多く参加していることを意味するからである。この意味で、わが国の株式公開市場は、シンガポールの市場に劣らず、この仮説の検証に適しているといえる。もしKoh=Walterの仮説が適切であるなら、初期収益率と入札倍率の間には、つぎのように正の関係があることになる。

・入札倍率(+)

 (b) 投資家のIPOへの関心度( indications of interest)仮説


 先にみた Parker(1995)は「入札倍率は価格面で入札から締め出された入札者の総数を示す。これは、入札後の公開株価の期待値と正の相関があると考えられる」という。このように、入札倍率( Auction bid ratio)を初値の期待値の代理変数ととらえ、初期収益率と正の関係があるとしており注目される。ただ、直感的には納得できるが、理論的な裏付けに乏しい。

 他方、Rockモデルは、株式公開の初日前の段階で発行者やアンダーライターが、豊かな情報を持つ投資家(well-informed investors)から入手する情報を十分には利用していないという問題がある。現実をみると、米国では、初日の前に投資家向けの説明、つまり「ロードショウ」(road show)が何回も実施され、ここで活発に予約申込みが積み上げられるブック・ビルディング方式(book-building)が採用されている。この方式により、初値の手がかりがえられ、最終公開価格が決められる。わが国には公開価格決定のために入札が行なわれている。

 ところが、「ロードショウ」が何回も実施されるにもかかわらず、なお、正の初期収益率が発生する。それはなぜか。なぜ、部分的調整( partial adjustment)しかなされないのか。Benveniste=Spindt(1989)は、この疑問に答える。彼らは、米国の「ロードショウ」で一定のレンジで提示される登録公開価格(filing price)と「ロードショウ」の結果を受けて決められる最終公開価格(final offer price)の差に着目し、登録公開価格の平均値と最終公開価格の差で計られる関心度( indications of interest)が高いと、アンダーライターは正直に情報を出す投資家に少し割り引いた(slightly-underpriced)株を大量に割り当てるよりも大きく割り引いた(highly-underpriced)株を少量割り当てることを好むとの命題を証明している。これが正の初期収益率の論拠である。

 Hanley(1993)は、 このBenveniste=Spindtの命題を米国の株式公開市場で分析し、登録公開価格の高いところで最終公開価格が設定されたとき、正の初期収益率が大きいという事実を確かめ、Benveniste=Spindtの命題の主要部分を検証したという。

 米国の「ロードショウ」によるブック・ビルディング方式は日本にはない。しかし、公開価格決定のための入札制度は、より直截的な初値検索システムである。この入札から得られる情報は数多く、このことがBenveniste=Spindtモデルの直截的な検証を可能にしてくれる。

 たとえば、入札から得られる情報として、先に見た入札倍率以外に、入札加重平均と入札下限価格の乖離率、落札加重平均と入札下限価格の乖離率、落札加重平均と入札加重平均の乖離率などを挙げることができる。これらの値が大きいということは、 Benveniste=Spindtのいう関心度が高いことを意味すると考えることができる。これらの値が大きいほど、正の初期収益率が大きい。つまり、これら変数と初期収益率との関係は正の相関を示す(ここでは、入札下限価格を発行者の期待入札価格であると仮定することになる)。

 このように落札加重平均や入札加重平均といった日本固有の入札情報を Benveniste=Spindtの関心度に結びつけたところに、本稿の着眼点がある。

関心度 の代理変数と符号条件はつぎのとおりである。
・入札加重平均と入札下限価格の乖離率( + )
・落札加重平均と入札下限価格の乖離率( + )
・落札加重平均と入札加重平均の乖離率( + )


(2) ディスカウントの機能:引受リスク調整仮説

 ディスカウントの主たる機能は引受リスクの調整である。公開価格の決定に落札加重平均価格からディスカウントする公開価格の調整制度を導入したのは、公開株マニアなどにより生じた入札時の過剰入札の歪みが公開価格に直接反映されることを回避するためである。

 極端な値が予想される期待初期収益率は、ディスカウント率で調整されるから、事後的には、初期収益率の分散は小さくなるだろう。この事実は、すでに表1で確認した。つまり、ディスカウント率は、入札時の過剰入札を調整している。ただ、表1の証拠はディスカウント率の水準が適切であったと主張しているわけでない。

 公開価格決定の入札時の過剰入札をアンダーライターは適切に調整しているか。その吟味のためには、ディスカウント率を初期収益率の他の要因と同時に、初期収益率の決定要因として分析しなければならない。

 ディスカウントの機能は公開価格の調整である。公開価格の決定にアンダーライターによる調整を認めたのは、入札時の過剰入札の歪みが公開の引受リスクを高め、アンダーライターが引受手数料以上のコストを負うことを回避するためである。売れ残り株の引受や公開直後の価格維持のためにアンダーライターは有形、無形のコストを支払う。これが、適正利潤を含む引受手数料をオーバーすることのないよう公開価格を調整する。このようにディスカウントの機能は引受リスクの調整である。

 ディスカウント率による調整が適切に行われると、ディスカウント率とリスク調整後の期待初期収益率とは一定の関係を持たず、無相関となる。この調整が過大に行われると、ディスカウント率が大きいとその揺り戻しが大きな正の初期収益率となって現れる。つまり、ディスカウント率と初期収益率との関係は正の相関を示す。この場合、正の相関は、アンダーライターの過剰防衛を表す。逆に、この調整が過小に行われると、ディスカウント率とリスク調整後の期待初期収益率との関係は負の相関を示す。

・ディスカウント率( 不定 )


(3) 不確実性の対価仮説

 Rockモデルを発展させ、Beatty=Ritter(1986)は公開株の不確実性が大きいほど初期収益率が大きいとの命題を導き、この命題を検証している。 わが国でこの命題を検証する場合、不確実性の代理変数として事業歴年数、公募での市場調達額などが考えられる。これらが大きいと不確実性は小さく、初期収益率は小さいと考える。本稿では、後者を取り上げる。

・市場調達額(-)

(4) 公開時の一時的人気(fads)仮説

 Ritter(1991)は 公開時の過熱が公開後の長期的株価下落を起こす事実を検証している。 ここに、公開時の一時的人気は、初期収益率を大きくする。その代理変数として初日出来高などが考えられる。初日出来高が大きいと、 が大きい。

・初日出来高(+)

(5) 公開価格決定時と公開時の環境変化の調整 

 入札後の公開価格決定時と公開時の間にタイムラグがあり、この間に環境が変化し、このことが初値に影響を与える。たとえば、申請期の公開企業の予想当期利益に変化が生じたり (木村1995)、店頭市場の平均株価などの市場動向に変化が生じる(Parker1995、なお福田・芹田1995はこれをfadsと位置づけている)。

・予想当期利益伸び率(+)
・店頭平均株式収益率(+)


3. 初期収益率の決定要因

(1) 初期収益率の決定要因:検証モデル

 以上の仮説等をまとめ、初期収益率の決定要因を検証するモデルを示せば、次のとおりである。


 初期収益率 = α + β1・入札情報 + β2・ディスカウント率 + β3・市場調達額     

 + β4・公開日出来高 + β5・予想当期利益伸び率 + β6・日経店頭平均株式収益率  (1)


 ここに、入札情報とは、入札倍率、入札加重平均と入札下限価格の乖離率、落札加重平均と入札下限価格の乖離率、または落札加重平均と入札加重平均の乖離率をいう。なお、各変数の算定方法は表1から表3の注を参照されたい。

 分析期間は、平成5年1月から平成8年4月までである。データは「証券業法」(各月号)から採取した。サンプルは320件である。これを2つのサブ・サンプル、つまり大幅なディスカウント・グループである「公開価格≦最低落札価格」271件と小幅なディスカウント・グループである「公開価格>最低落札価格」49件に分け分析することとした。


(2) 入札情報とディスカウント:基本統計

この期間の公開価格関連情報の基本統計は表2のとおりである。
 全サンプルの平均値をみると、初期収益率は12.61%、ディスカウント率はその約半分の6.06%である。つまりディスカウントしなければ初期収益率は6%台に半減していたことになる。この事実は、初期収益率の中でディスカウントが大きな位置を占めていることを意味している。公開株式数は1~315千株、公開日出来高は728千株である。入札情報をみると、公開価格決定の基礎になる入札倍率は、5.03倍、入札加重平均と入札下限価格の乖離率は28.55%、落札加重平均と入札加重平均の乖離率は15.85%である。

 次にサブ・サンプルについてみよう。「公開価格≦最低落札価格」グループのディスカウント率は6.06%と大幅ディスカウント・グループであり、「公開価格>最低落札価格」グループのディスカウント率は4.17%と小幅ディスカウント・グループである。両グループの公開株式数の差は小さいにもかかわらず、市場調達額は小幅ディスカウント・グループが大きい。このことは、大幅ディスカウント・グループの公開価格が小幅ディスカウント・グループの公開価格より小さいことを意味する。入札情報をみると、大幅ディスカウント・グループの入札倍率と3つの乖離率は小幅ディスカウント・グループのそれらよりかなり大きい。このことから、入札情報がディスカウント率の決定に影響したと推察される。しかし初期収益率は両グループで差はない。つまり、大幅な(小幅な)ディスカウント率が、大きな(小さな)初期収益率に単純に対応していなかったのである。


表2

表2 公開価格関連情報:基本統計
平成5年−平成8年4月
項目 平均 標準偏差 歪度 尖度 最大 最小
初期収益率(%) ケース1 12.61 15.35 2.22 7.47 103.39 -14.29
ケース2 12.50 15.96 2.29 7.53 103.39 -14.29
ケース3 12.96 11.47 1.04 -0.07 40.46 -1.74
ディスカウント率(%) ケース1 6.06 3.21 0.72 0.19 15.22 -0.46
ケース2 6.40 3.24 0.67 0.00 15.22 0.27
ケース3 4.17 2.24 0.41 0.12 9.74 -0.46
公開日出来高(千株) ケース1 728.42 527.49 3.25 20.23 5,323.00 89.00
ケース2 719.21 530.03 3.51 23.23 5,323.00 89.00
ケース3 751.53 482.07 1.91 4.58 2,605.00 172.00
日経店頭平均株式収益率 ケース1 -0.14 4.90 0.45 1.98 23.40 -14.44
(入札下限決定日〜公開日)(%) ケース2 -0.45 5.01 0.55 2.13 23.40 -14.44
ケース3 1.52 3.84 0.35 1.74 12.95 -7.86
公開株式数(千株) ケース1 1,315.05 817.11 5.13 42.96 10,000.00 550.00
ケース2 1,299.32 813.88 5.67 50.71 10,000.00 650.00
ケース3 1,395.92 836.02 2.54 7.38 5,000.00 550.00
市場調達額(百万円) ケース1 3,780.95 5,531.02 5.25 32.68 49,273.60 439.65
ケース2 3,621.95 4,881.38 5.12 32.46 43,360.80 439.65
ケース3 4,579.18 8,268.56 4.51 21.32 49,273.60 818.50
入札倍率(倍) ケース1 5.03 2.98 1.71 4.32 20.76 0.77
ケース2 5.27 3.07 1.65 4.00 20.76 0.77
ケース3 3.75 1.98 1.40 1.44 9.33 1.50
入札加重平均価格と ケース1 28.55 28.92 2.05 5.98 180.18 0.27
入札下限価格の乖離率(%) ケース2 29.76 29.27 1.97 5.66 180.18 0.27
ケース3 21.66 26.09 2.89 11.01 148.41 1.62
落札加重平均価格と ケース1 51.33 47.83 1.85 4.80 277.03 0.27
入札下限価格の乖離率(%) ケース2 53.59 48.56 1.78 4.51 277.03 0.27
ケース3 38.50 41.73 2.62 9.33 234.15 3.15
落札加重平均価格と ケース1 15.85 10.39 0.80 1.03 63.91 -0.25
入札加重平均価格の乖離率(%) ケース2 16.47 10.54 0.76 1.06 63.91 -0.25
ケース3 12.37 8.81 1.01 0.55 37.26 1.37
予想当期利益伸び率(%) ケース1 11.24 35.66 7.04 73.90 439.60 -44.99
ケース2 11.70 37.71 6.96 69.47 439.60 -44.99
ケース3 8.68 21.13 1.93 4.75 93.29 -16.34
ケース1:全サンプル 320社,ケース2:公開価格≦最低落札価格 271社,ケース3:公開価格>最低落札価格 49社
初期収益率={(初値−公開価格)/公開価格}×100
ディスカウント率={(落札加重平均価格−公開価格)/落札加重平均価格}×100
日経店頭平均株式収益率={(公開日日経店頭平均株価−入札下限価格決定日日経店頭平均株価)/入札下限価格決定日日経店頭平均株価}×100
市場調達額=落札加重平均価格×落札株数+公開価格×入札後の公募・売出株数
入札倍率=応札株数/落札株数
入札加重平均価格と入札下限価格との乖離率={(入札加重平均価格−入札下限価格)/入札下限価格}×100
落札加重平均価格と入札下限価格との乖離率={(落札加重平均価格−入札下限価格)/入札下限価格}×100
落札加重平均価格と入札加重平均価格との乖離率={(落札加重平均価格−入札加重平均価格)/入札加重平均価格}×100
予想当期利益伸び率={(申請決算期予想当期利益−直前決算期当期利益)/直前決算期当期利益}×100
   
(3) 実証結果

初期収益率の決定要因の実証結果は表3のとおりである。
 全サンプルの結果をみると、ディスカウント率を除くすべての説明変数の符号条件が仮説と一致している。また、ディスカウント率のケース4を除きすべての変数のt値が高く、「係数に説明力はない」という帰無仮説が、5%の有意水準で棄却されている。すべての変数は初期収益率との間に想定された方向の関係が認められ、また説明力が高い。モデル全体のあてはまりを示す決定係数も0.45前後と高い。


表3

表3 初期収益率の決定要因
平成5年−平成8年4月
切片 入札倍率 入札加重平均価格と入札下限価格の乖離率 落札加重平均価格と入札下限価格の乖離率 落札加重平均価格と入札加重平均価格の乖離率 ディスカウント率 市場調達額 公開日出来高 予想当期利益伸び率 日経店頭平均株式収益率 決定係数
(a)全サンプル:320社
ケース1 4.24 0.52 0.74 -5.55 12.92 0.06 0.52 0.44
(0.32) (2.17) (3.23) (-6.22) (11.44) (3.05) (3.81)
ケース2 28.14 0.11 0.56 -7.28 13.31 0.03 0.50 0.45
(2.02) (3.59) (2.42) (-7.51) (11.88) (1.75) (3.77)
ケース3 25.05 0.07 0.46 -7.08 13.34 0.04 0.50 0.45
(1.86) (3.97) (1.92) (-7.60) (11.96) (1.84) (3.75)
ケース4 12.82 0.33 0.27 -6.20 13.12 0.05 0.48 0.46
(1.00) (4.16) (1.03) (-7.08) (11.83) (2.53) (3.61)
(b)公開価格≦最低落札価格、271社
ケース5 -36.17 0.52 0.77 -5.27 12.84 0.05 0.53 0.43
(-3.66) (1.97) (2.95) (-5.21) (10.10) (2.59) (3.52)
ケース6 -23.26 0.12 0.52 -7.18 13.34 0.03 0.53 0.45
(-2.35) (3.53) (1.95) (-6.55) (10.58) (1.29) (3.54)
ケース7 -25.19 0.07 0.41 -6.94 13.37 0.03 0.52 0.45
(-2.60) (3.85) (1.48) (-6.59) (10.65) (1.42) (3.54)
ケース8 -31.98 0.36 0.21 -5.94 13.08 0.04 0.50 0.46
(-3.37) (3.95) (0.70) (-6.01) (10.49) (2.18) (3.41)
(c)公開価格>最低落札価格、49社
ケース9 -2.88 0.08 1.37 -8.34 11.37 0.24 0.20 0.57
(-0.15) (0.12) (2.59) (-4.77) (4.51) (3.08) (0.65)
ケース10 -1.61 0.01 1.37 -8.47 11.36 0.24 0.20 0.57
(-0.10) (0.11) (2.59) (-4.54) (4.53) (3.21) (0.64)
ケース11 -1.87 0.01 1.36 -8.49 11.42 0.23 0.20 0.57
(-0.11) (0.19) (2.56) (-4.72) (4.52) (3.08) (0.62)
ケース12 -1.63 0.00 1.38 -8.38 11.27 0.24 0.21 0.57
(-0.09) (-0.02) (2.41) (-4.90) (4.32) (2.92) (0.65)
被説明変数:初期収益率
市場調達額については単位を千円として自然対数の底をとっております。
公開日出来高については単位を千株として自然対数の底をとっております。
   
 次に、各説明変数についてみる。入札倍率が大きいことは、情報不足の投資家が入札に多く参加していることを意味する。超過予約申込仮説か正しいと仮定すると、情報不足の投資家を株式公開市場に参加させる誘因として初期収益率がプラスになる。確かに、入札倍率の係数は0.52とプラスで、そのt値は2.17と高い。 Rock(1986)の情報の非対称性の視点に立ち検証したKoh=Walter(1989)はIPOの超過予約申込仮説が、厳しい入札上限のある日本の市場でも確認されたことになる。

 次に関心度仮説をみよう。入札加重平均と入札下限価格の乖離率の係数は0.11とプラスでありt値は3.59と高い。落札加重平均と入札下限価格の乖離率の係数は0.07とプラスでありt値は3.97と高い。落札加重平均と入札加重平均の乖離率の係数は0.33とプラスでありt値は4.16とさらに高い。投資家の株式公開への関心度が、これら3つの乖離率のいずれかで表現できるとすると、Benveniste=Spindt(1989)の命題が日本の独自の説明変数で検証されたことになる。しかも、t値から判断する限り関心度仮説の代理変数は超過予約申込仮説のそれより強い説明力を持つ。

 市場調達額の係数は予想どおり負でt値をみるとマイナス7.00前後と非常に大きい。市場調達額が大きいほど、公開前の不確実性が小さいとすれば、公開前の不確実性が大きいほど初期収益率が大きいとのBeatty=Ritter(1986)の命題が検証されたことになる。

 初日出来高の係数は予想どおり正でt値は11.5前後と著しく高い。 初日出来高で表される公開時の一時的人気が初期収益率を高めている。

 予想当期利益伸び率と店頭平均収益率の係数は予想どおり正でt値は1.75から3.81の間にあり、いずれも、入札後の公開価格決定時と公開時の間の環境変化を、適切に調整している。

 ディスカウント率が過熱入札の調整なら、ディスカウント率は期待初期収益率と無相関になる。正の相関は過剰防衛を示す。表2ではすでにみたように、大幅な(小幅な)ディスカウント率が、大きな(小さな)初期収益率に単純に対応していなかった。その意味でディスカウントに偏りはなかった。しかし、回帰分析の結果である表3では、ディスカウント率の係数はプラスであり、そのt値も1.03から3.23と比較的高い。これはアンダーライターが引受リスクに対し過剰に防衛したことを表している。ただ、ここでは、初期収益率との関係のみをみた。最近のデータが明らかにしているように、公開株は初値以降、長期低落傾向にある。信用や評判が重視される株式公開市場で、この負のパフォーマンスに対しアンダーライターは全く責任を負わないわけではないとすると、初期収益率での分析のみで過剰防衛というのは結論を急ぎすぎであるといえる。

 次にサブ・サンプルについてみよう。2つのグループに分けても、ディスカウント率、市場調達額、初日出来高、予想当期利益伸び率の符号条件もt値も、全サンプルの結果とかわりなく、安定している。つまり、多くの説明変数の論理とその説明力に変化がない。このように、モデルの相当部分が頑強である点が、まず確認される。これに対し、小幅ディスカウント・グループの分析では、4つの入札情報と店頭平均収益率はt値が小さく感応度が低い。つまり説明力がほとんどなくなる。これは、このグループ内では初期収益率との関係が弱いということであり、説明変数としての弱点といえる。



結び

 本稿では、わが国店頭市場を対象に、主として、ディスカウント制度導入後の公開価格決定における入札情報を分析した。本稿では、主として公開価格決定のための入札時の情報に焦点を当てた。本稿では、プラスの初期収益率の原因を分析のため、従来取り上げられている諸要因に加え、入札加重平均価格や落札加重平均価格といった日本固有の入札情報に着目した。また入札の調整としてのディスカウント情報もとりあげた。 

 日本では、公開株式の50%以上が公開価格決定のために入札され、初値のきわめて有力な手がかりをうる。さらに、公開価格の基準値である落札加重平均価格からディスカウントして公開価格を決める。その後の初値と公開価格の差である初期収益率が考察の対象である。

 初期収益率の説明変数として入札倍率の係数は正値でその説明力が大きかった。入札倍率が超過予約申込仮説適切な代理変数であるとすると、このことは、情報不足の投資家を株式公開市場に参加させる誘因として初期収益率がプラスとなったことを意味する。 Rock(1986)の視点に立ち検証したKoh=Walter(1989)の仮説が、5000株という厳しい入札上限のある日本の市場でも確認されたといえる。

 入札加重平均と入札下限価格の乖離率、落札加重平均と入札下限価格の乖離率、落札加重平均と入札加重平均の乖離率の3つの乖離率の係数は正値であり、入札倍率よりも高い説明力を持つ。 Benveniste=Spindt(1989)のいう投資家の関心度が、3つの乖離率で表せるとすると、関心度が高まると、初期収益率が大きくなるというかれらの命題が、乖離率という日本独自の入札情報で検証されたことになる。

 ただ、小幅ディスカウント・グループの分析では、上記の4つの入札情報の説明力がほとんどなくなる。これは、このグループ内では初期収益率との関係が弱いということであり、説明変数としての弱点といえる。

 市場調達額の説明力も非常に大きい。市場調達額が、公開前の不確実性を表すとすれば、公開前の不確実性が大きいほど初期収益率が大きいというBeatty=Ritter(1986)の命題が検証されたことになる。

 初日出来高の説明力も著しく高い。 初日出来高で表される公開時の一時的人気(fads) 初期収益率を高めているといえる。

 ディスカウント率の係数はプラスであり説明力もある。このことは、アンダーライターが引受リスクに対し過剰防衛したことを示している。ただ、公開後の負のパフォーマンスを考えると、過剰防衛と決めつ

けるのは言い過ぎとなろう。






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