ディスクロージャー研究学会



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文書No.
960925

ソブリン債格付けをめぐる諸問題

   

    つくば国際大学産業社会学部教授 太田八十雄(おおた はつお) QRI REPORT VOL.25 96/9/25  

(著者略歴)1959年東京教育大学文学部卒業。山一証券入社。81年山一証券経済研究所証券調査部長。87年同所取締役。89年山一投資顧問常務取締役。94年より現職。著書に「債券の運用戦略」(東洋経済新報社)ほか、著書、論文多数。ソブリン債〜ここでも投資家の自己責任がわが国経済界が住専問題に明け暮れていた本年5月央に、あまり目立たないが国際資本市場の関係者ひいては一般投資家にも影響を及ぼす(と予想される)内容を盛り込んだ報告書が発表された。「国家の流動性危機の解決策」 (THE RESOLUTION OF SOVEREIGN LIQUIDITY CRISES)と題するこの報告書は、10ヵ国蔵相・中央銀行総裁会議(G10)の作業部会が、かねてから検討を進めてきた結果をとりまとめたものであり、本年4月22日に開催されたG10会議のコミュニケで言及されたのち、5月央に報告書として公表されたものであった。

 この報告書の内容が資本市場関係者に衝撃を与えたのは、ソブリン債すなわち国際資本市場で発行された各国国債等について暗黙の合意が形成されていた「安全神話」をくつがえしかねないものだったからである。新興経済国(emerging country)の政府を含めた公的機関が対外的に負う公的債務には、およそ次の3種類がある。 )国際機関・先進国の公的機関からの借入れ )先進国の商業銀行からの借入れ )ユーロ市場等で発行する債券形態の債務

 このそれぞれについてデフォルト(債務不履行;詳細は後述)が発生した場合の対応としては、数々の経験をへて、今日では )についてはパリ・クラブの場での対策協議、 )についてはロンドン・クラブの場での対策協議といった問題解決のための枠組みが形成されている。

 これに対して、 )については具体的な処理方策が何も立てられていなかった。理由としては、(イ)従来、国際的な資金調達は、 )、 )の方法で行われることが多かった、(ロ)まれに )で行われた場合もデフォルトといった事態に追い込まれるケースがほとんどなかったことがあげられる。

 それというのも、従来、ある国が協調融資への返済が滞るような事態が発生しても、ソブリン債券に対しては元利払いが継続される例が多かったためだといわれる。

 これは、債券は広く一般投資家に保有されていることが多く、利払いを停止した場合の社会的影響等が懸念されること、また、融資については専門的知識のある銀行の貸手責任を問うことができるが、一般投資家について責任を問うことは酷だという判断によるものだとされた。こうしたことから、国際的な「国債安全神話」が形成されて行ったと思われる。このような状況下で、債券形態による国際資本調達に大きな問題をつきつけたのが、94年末から95年初めにかけて発生したメキシコの通貨危機であった。

 同国では経済開発に必要な資金をテソボノスと呼ぶ米ドルにリンクした短期国債によって調達していた。その価値が米ドルにリンクしていたことに加え高利回りということもあって、同債はアメリカの投資家に大量に保有されていた。94年秋、メキシコの経済悪化が明らかになる中、テソボノスの大量償還が発生し、政府の資金ロール・オーバーが困難となり、海外投資家の資金引き揚げから対外流動性も危機的な状況を迎えた。債券についても債務不履行の可能性が高まった。80年代の銀行貸付け焦げ付きの後始末と経済建て直しのために同国経済に深く関わっていたIMF(国際通貨基金)等は、通貨危機の拡がりを防止するためIMF融資178億ドル、BIS融資100億ドルなどを含む合計498億ドルの支援策を実施し、ひとまず危機は終息した。

 しかし、この事件は、国際金融界に大きな課題を突きつけることとなった。第一に、近年、債券形態による資金調達がメキシコに限らずグローバルに増大していること、第二に、これら多額の債券についていったん債務不履行発生といった事態が予想された時、それに対処する国際的枠組みが準備れていないこと、第三に、緊急措置のため止むを得なかったとはいえ、IMF等の対応が、結果的には高利回りを享受していたテソボノス投資家を救済する結果となったことである。

 とくに第三の点については、投資家の自己責任という大原則に反するものであるし、特定の債券の保有者だけを救済する(メキシコだけでなくアメリカ等の債券・株式市場も大きく動揺した)のは不公平であるとの批判も強かった。このような事情を背景として、今回のG10の作業部会の報告書が作成されたのであるが、その内容は、当然のことながら、投資家にとっては厳しいものとなっている。その結論の中から投資家にとくに関係の深い部分をピックアップしてみると、次のようになる(注1)。

(イ)債権者、債務者共に大規模な公的資金投入によって救済されることを期待してはならない。
(ロ)これまで積み重ねられた国際的破産手続きその他のルールは、流動性危機に対する実効的対処法とはなり得ない。
(ハ)債務問題解決のための関係者間の協議と協力を促進する条項をソブリン債券の契約条項に盛り込んで行く。
(ニ)ソブリン債務者がデフォルトを起こした場合に、例外的状況下ではIMFが貸出を行う。 なお、(ハ)に関連して、債権者と債務者との交渉を円滑に進めるために契約に次の条項を盛り込むように同報告書は勧告している。
a)危機発生時に債券保有者の債券回収に当たる代表者を設ける。
b)債務契約の満期や条件の変更に債権者の多数決を以て行えるようにする。
c)債務者から受け取った資産の債権者間での分配を求める条項を盛り込む。

 以上を通じて読み取れる同報告書の趣旨は、第一にソブリン・デフォルトという危機に際して、かつてのメキシコ危機時のように、まずIMF等が乗り出して救済する図式は期待してはならない、第二に債務者は債権者との契約条項の中にデフォルトに陥りそうになった場合の処理規程を盛り込むことで、債権者すなわち投資家にリスクの存在を知らしめると同時に問題解決の手順を明確化しておく、第三に投資家はあくまで自己責任原則を十分にわきまえたうえでリターンとリスクを秤にかけて投資するべきである、というものであった。

 ただ、そうはいっても、国際機関がまったく手を出さないというわけではなく、通貨危機の深刻化から世界経済の混乱が予想される場合には、IMF等が乗り出さざるを得ない場合もあり得るとしているのである。いわば漸進主義的・実務的立場がとられている。

 さて国債安全神話が崩壊し、一方、国際機関からは公的救済に甘えてはいけない、投資家の自己責任をわきまえろと注意される。投資家とりわけ情報に乏しい一般投資家はどうすればよいか。ここにソブリン債格付けが求められる根拠がある。ソブリン・リスク対応策としての格付けソブリン(sovereign)とは、直訳すれば「主権者」「独立国」ということになるが、金融の世界では一国の中央政府を指す。したがって、各国の国債が典型的なソブリン債ということになる。次にデフォルト(default)とは、ふつう債務不履行と訳される。定義的にいえば、債務不履行とは「ある機関が契約書のある面(aspect)を履行することを拒否し、契約の一方の当事者のひとりが、彼をデフォルトした(be in default)と宣言する状態」(注2)である。 この両者を組み合わせたソブリン・デフォルトとは、結局、国が借金の元利払いの義務を放棄したため、債権者側が、この国は債務不履行に陥ったぞ!と宣言することである。

 国の借金(債券を含む)に債務不履行が生ずるといった事態は、わが国の一般投資家には信じられないかもしれないが、昔から例は多い。

 原因としては、債務国の政治的、経済的、社会的な事情の変化、具体的には戦争、革命、内乱、長期不況・超インフレ・国際収支や財政収支の不均衡といった経済運営の失敗、さらにはオイル・ショックのような外部的突発事などがあげられる。

(1)ソブリン・デフォルトの概況ここで、スタンダード・アンド・プアーズ(Standard&Poor's、以下S&P)社の資料にもとづいて1975年以降のソブリン・デフォルト(銀行貸付けを含む)の動向を見ておくこととしよう。表1は、同社資料(注3)から引用した1975年以降のソブリン・デフォルトの発生件数である。現地通貨建て、外国通貨建て合わせて、件数では83年に74件のピークをつけたあと80年代後半から90年代初めにかけて40件台を推移している。近年では92年の51件をピークとして年と共に発生件数は減少している。表1 ソブリン・デフォルトの発生件数(出所) S&P社 CREDIT WEEK ,June 12, 1996(注) 対象は格付け公募債、無格付け公募債、私募債、無格付け長期銀行貸付け負債額については86年以降の統計しかないが、90年の3,210億ドルをピークに、やはり年と共に減少し、95年には820億ドルと大台割れを見ている。負債額を件数で除した1件当り負債額でも90年の63億ドルをピークとして95年には23億ドルと小口化している。S&P社は、こうしたソブリン・デフォルトの減少傾向について、(イ)減少の理由は、ひとつにはかつて発行された債券の信用品質が高かったこと、もうひとつは新興経済諸国の経済高成長をはじめグローバルな経済環境が好調を持続したことがあげられる、(ロ)こうした減少傾向は96年も持続する、としている。投資家にとっては、好ましい事態が長期にわたって続いたことになる。ただ、同社は90年代の後半にはデフォルトの波が高まると予測している。つまり、90年代に入ってから新興経済諸国を中心として発行された債券の量と質からデフォルト多発は必至としているのである。例えば表2は91年から95年にかけて発行された新発ソブリン債の格付け別分布であるが、見られるように、投資不適格すなわち投機的等級とされるBB格、B格の債券だけで40%を占めている。これらの債券がすべてデフォルトに陥るわけではないが、新発債の低質化が進んでいることは、投資家としても十分に心しておく必要があろう。

表2
 新規ソブリン格付け(1991〜1995年)
  格付け  構成比
  AAA   7    %
  AA   13
  A    7
  BBB  33
  BB   30
  B   10
(出所)表1に同じ
 
(2)リスク対応策としての格付け

 以上、国家の債務としてのソブリン債が、一般投資家が考えるほど安全なものではないこと、また1970年代以降、近年までは歴史的に見てもソブリン債のデフォルトが低水準であったこと、しかし、今90年代の後半にはソブリン債のデフォルト多発が専門機関によって予想されていることなどを見てきた。では、こうしたデフォルト・リスクについて投資家はどのように対処すればよいのか。

 ひとつの手だてはソブリン債の格付けを利用することであろう。すなわち対象ソブリン債について、その格付けの高低とその推移(最近、格下げがなかったかどうかなど)、さらには格付け機関が格付けと同時に発表する付属コメント等を見て、対象ソブリン債の信用品質を把握したうえで、期待されるリターンの大小とのバランスを評価し、当該債券へ投資するか否かを決定するのである。

 格付けとは「確定利付証券の元金の償還や利息の支払いなど契約所定の債務が履行不能に陥ったり〜中略〜する危険(default risk)を評価して、その大きさの小さい順に、たとえばA、B、C、・・・といった等級記号を、それらの証券に与えること」 (注4)と定義される。

 つまり債券発行体の財務内容の良し悪しや収益力の高低、ソブリン債であれば国際収支や財政収支の良否、国民の担税力などの他、政治的、経済的、社会的諸要因から将来の債務支払い能力の強弱を判定し、その程度をAAとかBBBといった簡単な記号で表示するのである。アメリカのS&P社、ムーディーズ社をはじめとする有力格付け機関が国際資本市場で活躍している。

 投資家は、(わが国々内で募集される場合は有価証券目論見書といった)募集書類に記載されている財務資料やリスクに関する情報などと共に格付けを使って応募するか否かの投資判断を下すことになる。

 とはいえ、実際上は、投資家が自力でさまざまな分析や予側を行い、リスク情報を勘案して、その債券の元利払い能力の確実性を判断するのは、きわめて難しい。

 さまざまな情報を専門家がそしゃくしたうえで予測を行い、最終的に見易い記号に集約した格付けが重用されるのは明らかである。

 投資家の格付け利用法として最も広く使われているのは、格付けの等級に応じて債券をグループ分けし、各グループの中で同満期の銘柄は同利回り水準に買われてよいとして、時価の割高割安を判断するものである。図1に見るように、格付け別・満期別に利回り水準が与えられた場合、この平均水準を妥当値とすれば同格付け・同満期銘柄で、この水準以上の利回りを持つ銘柄は割安ということになる。図1 米格付けクラス別利回りスプレッド(対TB)(出所)吉村光威「格付けの機能と課題」証券アナリストジャーナル95年6月号

 もうひとつ、格付けを使ってポジション管理をする利用法もある。債券相場の先行き上昇が見込まれる場合は、低格付け債の方が(他の条件にして等しければ)値上がり率が大きいために低格付け債のポジションを増やし、逆に下落が予想される場合には「質への逃避(fly to quality)」から値下がり率の小さい高格付け債のポジションを増やすというのである。

 機関投資家については、格付け変更に伴う価格変化を自家調査によって先取りし、高い投資収益をあげるということも行われる。ソブリン格付けの問題点

 ソブリン・リスクを回避するための方策のひとつとして債券格付けがあることを見た。引き続き検討されるべきは、(イ)ソブリン債格付けは、どのような機関で、どのようにして作られるのか、(ロ)それはどのようにして一般投資家の手に届けられるか、(ハ)格付けのパフォーマンスはどうだったか、すなわち格付けが債務不履行の不確実性を的確に反映していたか、(ニ)格付け機関は新たな情報を創出しているか否か、(ホ)格付けの高低と債券投資価値との関係はどうか、などであろう。限られた紙幅で、これらのテーマについて検討することは難しいため、詳細は別稿(注5)にゆずることとして、ここではソブリン格付けに関連して、最近、国際資本市場において議論の対象となっているいくつかのトピックを取り上げることにしたい。どれも、投資家にとって重要な問題であると考えるからだ。項目としては、(イ)格付けの分断、 (ロ)格付けの改訂の頻度とタイミング、(ハ)格付けと市場利回りの乖離の3つがある。(1)格付けの分断同一の格付け対象について格付け機関間の格付けが食い違うことを「格付け分断(rating split)」という。

 格付け分断は、どのような対象についても起こり得るが、とりわけ新興国のソブリン債格付けについての食い違いが大きいといわれる。近年話題となったものだけでも、メキシコ、コロンビア、アルゼンチン、ポーランド、南ア、中国など数多い。この点についてニューヨーク連銀では、興味深い分析を試みている(注6)。表3の第1欄は48ヵ国の外貨建てソブリン債のS&P社及びムーディーズ社の格付け分布を、また第2欄は1,168銘柄のアメリカ社債の両社の格付け分布をそれぞれ示したものである。この分布を見ると、両社共にソブリン債の方が高格付けとなっていることがわかる。次に第3欄は、ソブリン債について各クラスに格付けられた銘柄数を100として、S&P社とムーディーズ社が共に同格と判定した銘柄数の割合を表3 ソブリン外貨建て債の格付けと米社債格付けとの比較(出所)”Sovereign Credit Ratings”, by R.Cantor & F.Packer, June 1995,FRBNYよ り引用(原注) 1995年6月9日現在、S&P、ムーディーズ両社が共に格付けしている48ソブリン及び1993年末現在、同上1,168社債をサンプルとした。示している。第4欄は、社債について同じ処理をした結果を示している。2つの欄を比較してみると、(イ)高格付けソブリン・セクター(日本を始め欧米先進国)では両社共に格付けが殆ど一致している、(ロ)社債はそれほどでもない、(ハ)投資適格以下のソブリン・セクター(新興経済諸国が多い)ではわずか29%しか一致するものがない、(ニ)社債はそれほどでもない、といったことがわかる。

 結局、新興経済諸国については、国内政治体制の安定性、経済発展の将来性、社会的・宗教的な緊張・摩擦の帰すう、さらには世界経済システムとの関り方などさまざまな要因について不確実性が高く、その評価をめぐって機関間で意見が分かれることが格付け分断の主因なのであろう。では格付け分断は、投資家にとってどのような意味を持つのだろうか。

 第一に、債券の価格付け(評価)の際に困る。債券の価格付けは、ふつう安全利子率にその債券固有の特性を織り込んだスプレッド(利回り格差)を上乗せすることで行われる。

 このスプレッドを形成するものは、主としてリスク・プレミアムであり、このリスク・プレミアムのかなりの部分を占めるのが、デフォルト・リスクに対するプレミアムである。

 デフォルト・リスクの大小を記号で表現したものが格付けであるから、デフォルト・リスク・プレミアムの大小は格付けの高低によって決まるということができる。

 このように大事な格付けが「分断」していたのでは、投資家としてははなはだ不都合なのである。

 しかも、先の利回り決定のベースとしてあげた安全利子率は、実務界においては当該国の国債利回りが使われることが多い。 

 一国の債券利回り、ひいては金利体系を決める基準値としての国債利回りの妥当水準が格付け分断によって決まらないということでは、これは見過ごすことのできない大きな問題だとい える。(2)改訂の頻度とタイミング

 格付けの変更が適正な水準へ、かつ的確なタイミングで行われていないのではないかという問題提起がある。

 つまり格付け機関は市場に先回りするのではなく、その後追いをしている。したがって格付けにあまり依存するのは考えものだというのである。近年の例としては、1994年のメキシコ通貨危機の際に有力格付け機関が、市場が同国に対して懸念を抱き始めていたにも関らず、長期ペソ債の格上げを実施して、市場にショックを与えた事件があった。同機関は、その後12月に同債をAA−からA+へ格下げしたが、その2週間後に、メキシコの通貨危機が始まったのであった。ソブリン債格付けを利用する一般投資家の信頼を大きくそこなう事例であった。

 もともと格付け変更のタイミングは、きわめて微妙なものである。格下げの発表が早過ぎると、その報道自体が信用不安の引き金になりかねないし、といって慎重にかまえて後手に回ったのでは発表の意味がないからだ。したがって格付け機関だけを一方的に批判するのは酷ともいえようが、投資家にとってほとんど唯一の投資基準ということであれば要求が厳しくなるのもやむを得まい。 では、こうした格付け変更の的確性とタイミングについての不十分性は、投資家にとってどのような意味を持つのだろうか。

 他に有力な情報源を持たず、格付けを唯一のより所にしている投資家にとっては、これはきわめて不都合なことである。こうした非難に応えるべく、S&P社は81年11月に、週刊誌「クレジット・ウォッチ・リスト」を発刊し、格付け変更の可能性のある銘柄名を予告することで市場に警報を発することとした。

 同時期にムーディーズ社も、格付け変更を検討中であることを警告するリストを随時刊行するサービスを開始した。

 一般投資家としては、このようなサービスを利用して事前に警戒する他に途はなさそうである。一方、能力を持つ大手機関投資家などは、自家調査にもとづいて格付け変更を予想し、変更発表に先回りして売買し、利益をあげるという行動をとる所も多いといわれる。例えば、かってトルコがGDPの15%もの財政赤字を計上した時、トルコ国債の格付けは依然として投資適格のままであった。チェース投資銀行は、これを格付け機関の誤りにもとづくミス・プライスと判断して同債を空売りし、その後の値下がりで大きな利益をあげたとされている。(3)市場利回りとの乖離3番目の問題として、ソブリン債利回りの市場利回りとの乖離がある。つまり、ソブリン債の利回りが同格付けの社債利回りと比べて異常ともいえる高水準にはりついているというのである。図2は、メキシコの通貨危機をはさんだ2つの時期における社債利回りとソブリン債利回りとの格付け別分布状況を見たものである。どちらの時期を見ても最上級AAA/Aaaから投資適格の下限であるBBB/Baaまでは、同格付けのソブリン債と社債の利回りはほぼ同一水準にある。

 これが非投資適格の領域に入ると様子が変わる。メキシコ通貨危機以前にも多少その傾向はうかがえたが、危機を経験して投資家の信用リスク感覚が鋭敏化した95年3月時点ではソブリン債利回りが社債利回りを大きく上回り、しかも格付けが低くなるほど乖離が大きくなっている。図2 ソブリン債利回りの乖離( 出所) 表3に同じまた、ソブリン債の方が総じて高利回りであることも目立つ。図中の数字からもわかるように、乖離の大きさはメキシコ危機前で平均63ベーシス・ポイント(0.63%)、危機後では232ベーシス・ポイント(2.32%)に達している。

 こうしてみると、市場では格付け機関の格付けをはるかに上回って新興経済諸国の国債を中心とする低格付け債の信用リスクを大きく見積もっている。逆にいえば、ソブリン債格付けの妥当性について不信感をつのらせているのである。

 投資家としては、こうした事態にどう対処すべきであるか。当り前のことだが、ここでは市場に従うしかない。つまり格付け機関の格付けよりも市場のコンセンサスに従うのである。もちろん情報豊富な有力投資機関などは独自の行動に出て利益をあげることもあり得るが、一般投資家としては、格付け機関が誤ることもあり得るという可能性に賭ける他ないのである。結びにかえて以上、ソブリン債のデフォルト・リスクの高まりに対する国際的な動きを紹介し、次い で今後ソブリン債のデフォルトが多発する恐れのあること、そして投資家としてはソブリン債格付けに頼らざるを得ないことを見た。そして最後にソブリン債格付けの抱えるいくつかの問題点について概観してみた。

 こうした動きは、いわば格付け先進国であるアメリカを中心として生じたものであるが、そこで提起された諸問題は、格付け利用本格化時代を迎えつつあるわが国においても、今後、自らの課題として取り組むべきものであろう。
 
<注>
1."THE RESOLUTION OF SOVEREIGN LIQUIDITY CRISES",by GROUP OF TEN, May 1996
2."THE NEW PALGRAVE DICTIONARY OF MONEY & FINANCCE ",ed.by P.NEWMAN他,1992
3."Sovereign Defaults Decline Again In 1995",STANDARD & POOR's CREDIT WEEK, JUNE12,1996
4.「基本証券分析用語辞典」日本証券アナリスト協会編,1996年
5.「債券格付けの諸問題 、 、 」財経詳報、1996年3月12、19、26日号
6."Sovereign Credit Ratings"by R.Cantor & F.PackerFRBNYCURRENT ISSUES INECONOMICS AND FINANCE, June 1995



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