文書No.
960926
経団連経済広報センター「経済広報」1996年9月号(インタビュー記事)
宮内義彦(みやうち・よしひこ) 1935年生。関西学院大学卒。ワシントン大学大学院修了。日綿實業を経てオリックス入社。70年取締役、80年代表取締役社長。経済同友会副代表幹事、経団達ヨーロッパ委員会廿同委員長。行政改革委員会規制緩和小委員会座長などを務める。著書『リースの知識』(日経文庫)。
企業広報賞を受賞して(特別賞・個人)
としてのお考えを伺いたい。 古い規制を捨てる役割を総務庁がしていますが、行政対行政の仕組みの中で行なうわけです。ある法律を廃棄するような大きな問題になると無理がある。そこはやはり政治ですが、規制緩和小委員会としても、既存の行政システムの中では、なかなか進まないような大きな問題を取り上げないと意味がない。経済構造の骨格を変えようというときは、法律のこの部分を変えるべきというような骨太のことをやらなくてはいけない。 しかし、小委員会が規制緩和を推進する方向でまとまって大胆な提言を行なっても、それが現状維持派から全面的な反発を受けて、結果として何も実現しなかったということになれば、ほとんど意味がない。一歩でも前進し、物事を何かなさないといけない。歩み寄れるところはどこか、そのところが非常にむずかしい。 これまでは日本IBMの椎名会長が小委員会の座長で努力されましたが、たとえば持株会社やNTTの分割問題になるとやはり政治レベルで、緩和の方向が止まってしまう。そこを越えられなかった。今年も同じような問題に取り組んでいるわけです。歩み寄れるギリギリのところはどこかということです。
規制緩和で生まれるフロンティア 規制が4割から5割すすんだ分野で新しいフロンティアができ、新しいビジネスが生まれ経済的に活性化しているところがいま一つ見えてこない。そんな印象が生活者、消費者にあるのではないか。 ■宮内■ たしかに今までは規制緩和というかけ声だけが強く、何百項目の措置と言われながら緩和されても真髄部分に近づかないものが多く、緩和のインパクトがそう大きくなかったと思う。しかし、昨年緩和がはかられたものの中では、かなりインパクトがあると思われるものがあります。 また、本年度中に検討して答を出し、来年度に法律を改正し、再来年度から実行ということになると効果が出るには時間がかかります。一つの例ですが、株式の委託手数料自由化。これを実行したら、証券市場はガラッと変わると思う。しかしこれは、今、検討しているところです。 ただ一つだけ言えるのは、フリーにしたら意外な結果が出る可能性があること。たとえば電話。需給調整ではもう日本には電話は十分だと言っていたわけですが、フリーにしたら、高校生にポケベルがあっという間に広まり、若い人は携帯電話で歩きながら電話するようになってしまった。予期しないことが起こるのがマーケットです。
■■■■ 時間がかかるということですね
沈むほうに足を引っ張る政治 ■宮内■ そうですね。黙って横を向いている業界はたくさんある。変わってはきましたが、それでも6:4の世界ですね。6割が自由競争で4割が規制の中で生きている。その4割よりは6割にかけていこうという経団連の姿勢はほんとうに勇気の要ることです。 ふつう、6:4のバランスに立ったら黙ってものは言わないわけですが、時代の方向性をはっきり示して勇敢にやっておられると思います。 ■■■■ 規制緩和反対論者の意見として、規制緩和をすすめると、日本はアメリカのようになり、日本の文化や伝統が破壊されてしまう。だからストップをかける、というものです。 一方、推進論者は、このままいけば国がつぶれてしまう。これだけ国際化した中で日本が生き残っていくためには規制緩和しなければいけないという意見です。 ■宮内■ 実は私は両方正しいと思っているんです。日本は大きな政府で広くあまねく公 平にやってきた。とても資本主義社会とは思えない社会です。世界的に見ればむしろ社会主義国家として最高に成功している国ともいえます。 ですから、現状がカンファタブルだという人がたくさんいるのは当たりまえです。実はそれがもっとも困ったことなんです。このままでいいという非常に多くの賛同者を抱えながら、実は国がじわじわ沈んでいく。 やはり沈むのはいやですね。そこで改革の方向を出すと、とたんに、「アメリカのような国にするのか」と言われる。でも日本はアメリカのようにはならない。真理は真ん中。いくら進んでも真ん中にしかいかないと思う。真ん中まで行ったら万歳です。現状から見れば方向はやはりアメリカ、ニュージーランドだと言わざるを得ない。昔のソ連だというわけにはいかない。
■■■■ そこで政治の出番が出てくる。
企業文化の大事さ ■宮内■ 日本というのは、なかなか新しいものを制度的に受け入れにくいところがある 。資金調達一つとってみても壁があります。やはり、新しいものに対する受入れ態勢がない社会は伸びないと思います。 これからは規制緩和などで新しいものが出てくると思いますから、スムーズに受け入れられるベースをつくっていくことが必要になる。 リース自体、わかりにくいビジネスかもしれませんが金利のかわりに賃貸料をいただいている一種の金融だと理解していただければと思います。皆さんにもリースの認識が広まっておりまして、激しい競争の中で伸びている状況です。 ■■■■ さて、最近、企業の不祥事が頻発しています。それぞれの会社は、立派な社是・社訓を持ち、コードもあるわけですが、実際の行動との間で、どこかで崩れている。そうしたものをモニターする機能がない場合も多い。企業における倫理の問題についていかがですか。 ■宮内■ 課題は2つあると思うんです。1つは風。社風、社内の雰囲気、コーポレート・カルチャー、流れているものです。たとえば何でもいいから儲ければいいとか、上を向いて仕事をしていればいいとか。会社に入ったとたんに普通の人でなくなって、全く別の価値体系で動かなくてはいけないようになってしまうことがある。また、社風によってはその逆もあるわけでしょう。 そしてもう1つはチェック・アンド・バランスのシステム、いわゆるコーポレート・ガバナンスの問題ですね。 日本ではきわめて一元的です。社長が全権を握り取締役会が機能しない。監査役も等閑 視されている感じが免かれないし、株主も総会が近くなると急に浮上してくるというのではいけない。偉そうなことを申し上げて、我が社はどうかと思うとゾッとしますが……。
人事制度に新しい流れを ■宮内■ たとえば一挙に年俸制に移行するなどアメリカ的にしてしまうところまでは思い切れません。年功を全く忘れたところまで飛躍しません。 一方、極端なのは守旧派の考えで、企業は男性四大卒のプロパーで定年まで肩を組んでやるのだというものですがこれもおかしい。 やはり真ん中ですね。日本の人事制度のいいところを残しながらアメリカのように人件費を変動費に変えていくにはどうしたらいいか。日本は人件費が固定費になっているが、このままではだめだと思う。また、女性でも経営陣に入ったらいいと思う。中途入社でも差別する必要は全然ない。そう思ってだんだんエスカレートしてきまして、今年から留学生を一般採用するようにしました。 ■■■■ トップの方針は新しい流れを汲んでいても、ミドルマネジメントが対応しきれないというケースはどこにも見られますが。 ■宮内■ ミドルというのは、一番保守的になる層ですね。かつてはもっとも会社人間だった。会社に忠誠を誓い、部下を叱咤して、日本の会社はここまできたんでしょうね。 当社にもその名残りはありました。女子社員など使えない、中途採用は気に入らなくな り、留学生を入れるとお客さん扱いする。それぞれ抵抗するんです。しかし、私も言い出したらやりますので、抵抗してもだめだという雰囲気が大分出てきました。まあ、わが社の規制緩和に努力しているということですか。(笑い)
■神戸から離れるな■ ■宮内■ 震災が起こったとき、目の前で惨状を見ていますから、選手たちの間で何か自分たちでやりたいという気分が高まったわけです。 私が言ったことは、自分の本業を一生懸命することが一番の貢献だ。「とにかく、お客が来なくても神戸から離れるな。だれも来なくてもここでやるんだ」ということです。 ■■■■ たしか、仰木監督は、社員から見て上司にしたい人のベスト3に入っていましたね。 ■宮内■ 彼のいいところは、個人の自由を全く縛らないんですね。練習はしたい者がやればいいと思っていますが、「したい者がやれ」とも言わない。放っておく。自由勝手。そのかわりゲームで答を出しなさいということです。 このほうが選手にとってはずっと怖いんですよ。だから真夜中でも練習する選手もいる。まだボールの音がするなと思って行くとイチローがやっているんですね。門限はあるらしいんですけれども、あまり守られていないらしい。ですから、福岡に行った試合に負けるのは、二日酔いのせいとか。
新しいチェックシステムを ■宮内■ 中谷巌さんが『日本経済の歴史的転換』の中で、日本は、コーポレート・ガバナンスがなかったが、メーンバンクがそういう機能を果たしていたと指摘しています。 メーンバンクは企業をチェックできる矜持というか広い視野を持っていた。それが金融の自由化で変わってしまった。優良企業は資本市場へ行き、バブルがはじけて、メーンバンクのチェック機能がさらに低下し、企業にとっては怖い人がいなくなってしまった。 そこで、やはり資金調達がこれからのチェック機能を果たすのではないか。資金調達を完全に資本市場でやるとすれば、業績を反映したものになる。ディスクロージャーなしではレーティングがとれない。業績が上がらないと低利の資金調達ができない。業績が下がれば資金調達ができなくなる世界です。資金調達にマーケットの裁定が入るということで、相当なチェックが入ることになる。 また、コーポレート・ガバナンスにかかわりますが、日本企業の統治機構は社長、会長に権力が集中していますから、これを何とかしなくてはいけない。社外役員とか監査役制度をきちんとしないと、経営トップの背中が重くなりすぎた。その結果、イノベーションがなくなり、守りに入っているわけです。
ディスクロージャーはタイムリーに そして企業のトップは、常にイノベイティブでないといけないし、社会に対しては慈父のごとく、社員にとっては厳父のようでないといけない。しかし、そんな立派な人を私は見てみたい。あり得ないですよ。しかも、そういうイメージであるべきだとジャーナリズムがいつの間にかつくって虚像に輪をかける。 あるべき社長像と会社像。トップ本人は、とてもじゃないがそんなに立派になれないと思っても、広報担当者がその虚像を、うそでもいいからうちの社長は仕事をさせたらすごい、人格は神様のようだ、と発信してしまう。 もう一つは金持ちではいけないわけです。清貧というイメージを増幅する。もう、ジャーナリズムの注文にのったトップの虚像づくりはやめにしようということです。 これは半分ジョークとしても、やはり何かむやみに隠したがるのはよくないし、逆にむやみに何でもかんでも言ってしまうのもおかしいと思う。中庸を得た広報というのがあると思う■。しかし、絶対にうそをついてはいけない。これは大原則です。 そして、最近の世相から言うと、やはりタイムリーなディスクロージャーを行なう。これに心しなくてはいけないと思います。
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