ディスクロージャー研究学会



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文書No.
961202

書評 内部統制の統合的枠組み 理論篇/ツール篇

    評者 東亜大学教授・公認会計士  川北 博

    著者 鳥羽至英・八田進二・高田敏文/共著 発行所 白桃書房  

1.タイムリーな本書の訳出
 訳者あとがきにもあるように、バブル経済の崩壊とともに、企業経営の不祥事が今日に至るも後を絶たないが、その具体的な現れ方はさまざまであっても、そこに存在する共通項は、「有効な内部統制の欠如あるいは内部統制の破綻」である。

 もともと本書の原型は、後述するように米国において1985年に設立されたトレッドウエイ委員会(the Treadway Commission)と略称されている「不正な財務報告全米委員会」の勧告に端を発している。トレッドウエイ委員会報告書としての「不正な財務報告−結論と勧告−」は、1987年に発表されているが、その委員会に設置されたプロジェクト諮問委員会の指導のもとに、クーパース&ライブランドが「内部統制の統合的枠組み」と題する報告書(以下原報告書と言う)を作成し発表したのは1992年から1994年にかけてであった。したがって原報告書は、5年の歳月をかけて作成された「産」・「学」・「士」協同研究に基づく大規模な報告書であるが、本年春、本書が刊行されるまでも、協力者たちの支援を背景として、訳者たちの長時間にわたる学問的な研究と翻訳作業がつけ加えられた。

 つまり冒頭に述べたように、米国における大和銀行事件や住専問題等、我が国における最近の末期的経済事象を彩る内部統制の欠如を憂える声と平仄を合わせるように、本年春に至って本書は発刊されたのである。トレッドウエイ委員会が不正な財務報告という問題を大きなターゲットとした研究の派生的報告書であり米国の時代相を背景としてはいるが、その内容は、米国のみならず現在の我が国の経営者、公認会計士、監督機関及び会計教育・経営教育に従事する大学教員などにとっても共通の関心事であるべきであり、我が国にはそのようなこの問題についての重厚な取組みがないことからも、関係者の必読の書であると思われるのである。


2.原報告書の特徴と本書の構成
 原報告書は、第1に、内部統制に関する理論書である点、第2に、可能な限り実務への適用を重視し、それを模索した内部統制に関する実務書にそれを発展させている点、第3に、実態監査を理論的に構想するうえでの報告面での問題をさらに議論している点などに特徴が見られる旨、訳者によって要領よく適切な解説が行われている。

 そのような特徴をもった原報告書は、「内部統制の統合的枠組み」(Internal Control-Integrated Framework)という全体の題名のもとに、第1分冊・要約(Executive Summary)、第2分冊・枠組み(Framework)、第3分冊・外部の関係者に対する報告と追補(Reporting to External Parties and Addendum to them)、第4分冊・内部統制の評価ツール(Evalu-ation Tools)の4分冊にまとめられている。
 本書は、それらの分冊のうち、第1分冊から第3分冊までを「理論編」とし、第4分冊を「ツール篇」として取りまとめ2分冊とした。訳者も言うように、「理論篇」が本報告書の「核」であり、まず最初に理論編を精読されたのち、「理論の応用」として「ツール篇」を理解されることをお勧めしたい。


3.原報告書の基本思考
 原報告書は、次のような基本思考によって全体が貫かれている。まず、内部統制は、■業務の有効性と効率性、■財務報告の信頼性、■関係法規の遵守、という「3つの範疇に分けられる目的の達成に関して、合理的な保証を提供することを意図した、事業体の取締役会、経営者及びその他の構成員によって遂行される1つのプロセスである」としている。 この定義には、次のような基礎概念が反映されているとし、■内部統制は目的達成のための1つのプロセスであって、それ自体が目的でない、■内部統制は人間によって遂行される、■内部統制が提供すると期待されるものは、合理的な保証であって、絶対的な保証ではない、■内部統制は、相互に重複している範疇における統制目的の達成に適うものである、旨を述べている。

 そして上掲3つの範疇に分けられる目的をもつ内部統制は、次の相互に関連のある5要素から構成されている、とする。それは、統制環境、リスクの評価、統制活動、情報と伝達、監視活動の5つである。それらは、内部統制マトリクスの垂直の列や、行や、残りの次元で表され、「枠組み」篇は、それらの各々について詳細に解明する。

 また外部報告篇では、株主宛の年次報告書の中に掲載される「内部統制に関する経営者報告書」について、上述の基本思考との関連において詳述している。その実例を含めた創造されゆく慣行には、ただただ感銘を受けるのみである。「ツール篇」の「書き込み式内部統制評価ツール」や、「参考マニュアル」、あるいは記載例のごときは、いずれも有益な実践的指針である。


4.本書に対するアプローチの姿勢
 本書は、前述のように理論編から精読されるのがよいが、その要約篇・枠組み篇と順を追って理解を進める正攻法とは別に、早いうちに付録に目を通すのも、特に日本人の読者にとって有意義であろうと思われる。

 枠組み編と外部報告編の間にある付録は、次の5章に分かれる。A・本研究に至るまでの背景と歩み、B・方法論、C・内部統制についてのさまざまな視点とその利用、D・寄せられた意見の検討、E・用語の解説、がそれぞれの付録の表題である。特に付録Aの「本研究に至るまでの背景と歩み」は、アメリカ社会の内部統制問題に対する関心が、数多くの政府機関、民間機関及び専門職業団体による、さまざまな勧告や提言として積み重ねられてきたことを述べている。かいつまんでそれらを紹介しよう。

 その第1は、ウォーターゲート事件である。ニクソン大統領失脚を招いたこの事件の調査は、1973年から1976年にかけて行われ、米国にセンセーショナルな問題提起が行われ、1977年の海外不正支払防止法の成立を見るに至る。それは、とくに公開会社の内部統制のチェックにも関連するのは当然のことであった。

 次に、コーエン委員会と略称されている「監査人の責任委員会」は、アメリカ公認会計士協会(AICPA)によって1974年に設置された。内部統制システムの状況を説明した経営者報告書を最初に提案したのは、この委員会であった。

 さらに1979年に、証券取引委員会(SEC)は、コーエン委員会報告を評価し、上掲経営者報告書を義務づける規則を提案するとともに、独立監査人による報告までを提案するに至った。種々の理由によりそれらは直ちに実を結ばなかったが、それは、1979年に設置されたミナハン委員会の指針や、1980年に公表される財務担当経営者研究財団の調査研究につながり、さらには「不正な財務報告全米委員会」通称トレッドウエイ委員会の活動やそれに派生する本書のプロジェクト諮問委員会に結実するのである。

 そのような米国社会のたゆみなき社会的公正追求への活動が、AICPAや、アメリカ会計学会・内部監査人協会・管理会計士協会・財務担当経営者協会などの幅広い協力によって展開され、一方においてSECや議会など行政や政治がそれを支持してきたことに、我々は着目すべきである。


5.本書をお勧めする真意
 前述コーエン委員会に、私の畏友レロイ・レートン元AICPA会長がいて、私に逐次その情報を提供して下さった。我が国の研究者や実務家にぜひ紹介する必要があると思っていたところ、鳥羽教授が報告書の翻訳作業に着手されておられることを知った。私は、尊敬の念とともにそのような作業に声援を送るようになり、その研究グループの輪は逐次広がった。1989年のAICPA百年祭の折にも、資料を求め米国のCPAや研究者の生の声を聴く鳥羽教授や八田教授の姿を目にした。その成果は、コーエン委員会報告書に始まり、ミナハン委員会・サボイエ委員会・ニアリー委員会の各報告書、会計プロフェッションの職業基準、トレッドウエイ委員会報告書(不正な財務報告−結論と勧告−)を経て、この原報告書の一連の訳出作業として結実した。

 まさにそれらの息の長い研究は、個々の単なる翻訳作業を超えて、米国の企業経営ひいてはその資本主義の構造的側面を、監査論によって培った鋭い眼によって解析しているように思えるのである。残念ながら、我が国には会計や監査に関連する重要な問題点について、そのような産・学・士協同の、あるいは政府さえも連動した研究を進めた経験がない。しかし、本書や、本書に至る一連の訳書によって、「他山の石」を学ぶことは、ぜひ必要である。そして、いろいろな提言や指針は、それ自体の文脈的な構造もさることながら、それを創出するに至る前掲委員会等の長年月の議論の積み重ねのようなプロセスにこそ重要性があるのではないか、と感ずるのである。


(東亜大学教授・公認会計士  川北 博)


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