ディスクロージャー研究学会



(青空に物事を晒すと虫干しされ綺麗になる)

文書No.
961206

規制制度改革が消費者 技術革新、経済活動に与える影響」

    規制制度改革 東京シンポジウム セッション

    日本の金融規制緩和:現状とその他の諸問題 東京大学経済学部堀内教授 96年12月2日  


 日本の金融制度は、80年代初頭から相当に自由化されてきました。市場のメカニズムはゆっくりと、しかし確実に金融制度の様々な部分に浸透しています。しかし、こうした規制緩和の外見上の進行にもかかわらず、多くの人々は金融制度の現状に不満を感じています。ある者は「日本の金融市場はその効率の悪さによって”空洞化”現象を招いている」と主張し、またある者は「銀行の長びく不良債権問題は、日本の金融緩和の特定プロセスと緊密に連携している」と指摘しています。日本の金融緩和にはいったいどんな問題があるのでしょう。本書では、この問題について簡単に触れてみたいと思います。


1.既得権グループ:急速な規制緩和を妨げる障害
 70年代までの戦後期、日本の金融制度は各種の規制でがんじがらめにされました。金融業は専門制・分業制によって区分され、ある分野の金融機関や仲介業者は別の分野の業務に従事することを禁止されました。たとえば銀行業、証券業、保険業は分断され、政府は各分野における全面的な競争を抑制すべく市場のメカニズムを管理しました。預貯金金利は47年に制定された臨時金利調整法によって管理され、株の仲買手数料は大蔵省が認定する証券会社の協定によって管理されました。また、外国為替管理法は居住者と非居住者間の自由な金融取引を妨げ、国内金融市場を外国市場から分離しました。

 こうした規制は、既存の金融機関や仲介業者に潤沢なレント(供給の制限や特権などで得られる余剰利益)を与えました。このレントは、日本の金融制度の安定化に貢献する一方で、非効率的な金融機関を温存する効果を発揮してきました。既存の金融機関は、少なからぬレントをもたらす金融制度の現状維持を望みました。戦後の金融規制が産みだした強力な既得権グループは、規制緩和や金融改革によってこれまで精通してきた業務形態を放棄させられることに抵抗したのです。金融当局は、金融緩和に抵抗する既得権グループへの対処を余儀なくされました。同時に当局は、急激な規制緩和が日本の金融制度に動揺をきたすと考えました。こうして、既得権グループの存在が日本の金融緩和のプロセスに多大な影響を及ぼしてきたのです。これに対し政府は、段階的な規制緩和策(漸進主義)を採用しました。また国内における既得権益の強い抵抗がゆえに、外国からの圧力が日本国内の規制緩和の促進に重要な役割を果たすことにもなったのです。


2.大蔵省が採用した「漸進主義」
 日本の金融緩和は、きわめて慎重で、場合によっては金融市場の自由化に弱腰とさえ映る「漸進主義」によって特徴づけられます。当局が一番気を遣ったのは、既存の金融機関からの横槍をかわすことでした。したがって、規制緩和は毎度のごとく煮えきらない内容に終始しました。たとえば預貯金金利の自由化は、79年に譲渡可能定期預金証書を導入することでスタートしました。しかし、94年に定期預金の金利が完全に自由化限定された形でされるまで、実に15年もの歳月を要したのです。

 92年に制定された金融制度改革法は、金融機関が新設した子会社を通じて、それぞれの業務分野外の事業活動に従事することを可能にし、従来の専門・分業制に風穴を開けました。たとえば、銀行は証券関連の子会社を通じて証券業に参入することが認可され、証券会社は銀行業の子会社を通じて銀行業務に従事することが可能になりました。この自由化の目的は金融業務の各分野の競争力を高めることでしたが、大蔵省は新設子会社が各分野の最重要業務へ参入することを禁じたため、これも明らかに不充分な内容でした。こうした業務は、以前からその分野に従事してきた金融機関の指定席だからです。たとえば、銀行が設立した証券関連の子会社は、既存の証券会社にとって貴重な収入源である株式売買の仲介に従事することが許されていません。金融当局によるこのような行政の手法がまさに「漸進主義」であり、「金融市場の急変緩和政策」と呼ばれることもあります。


3.外圧の重要性
 外国からの圧力は、日本の金融緩和にとって重要な促進剤の役割を果たしました。1983年にレーガン政権の圧力によって設立された円/ドル委員会は、ユーロ円市場の自由化構想と国内市場の金利自由化の具体的な日程案を作成しました。80年の外為法の修正に伴うユーロ円市場の発達は、国内市場とユーロ市場間の柔軟な裁定取引を通じて、国内通貨市場に強力な圧力を及ぼしました。日本の大手企業は、その閉鎖性で悪名高い国内の社債市場よりも安価な資金調達法を獲得したのです。日本企業の多くが80年代はじめにユーロ市場で社債の発行を開始したため、日本の証券会社や銀行は国内社債市場の自由化が必要であることを認識しました。

 ユーロ円市場の発達と社債市場の規制緩和の関係は、日本の金融緩和促進に関る外圧の重要性を示す顕著な一例に過ぎません。ここで特筆すべきことは、金融緩和の重要な側面の幾つかは政府が率先して決めたというより、既得権グループの激しい抵抗の前で外圧に押されて、そのように決定せざるを得なかったということです。


4.日本の経験から何を学ぶべきか
 日本の金融システムにおいては、規制緩和が進んできたにも拘わらず、大多数の人々は現状に不満を感じています。彼らは、金融改革の導入に関して日本が外国市場に圧倒されていることを知りました。また、居住者間の金融取引のかなりの部分が国内ではなく外国市場で仲介されているという意味で、日本の金融市場に「空洞化」が進行しつつあることも気づいています。同時に、80年代後半以降のいわゆる「バブル」と、その後の不良債権問題によって、日本の金融制度の脆弱性が露呈されています。金融制度に関るこうした不満、不都合は、日本政府にとって重大な難問となっています。次に、日本が経験してきた金融緩和から学ぶべき教訓について、簡単に触れてみることにします。


(1)「漸進主義」は最善の政策か?
 日本のこれまで金融緩和から学ぶべき教訓は、「漸進主義」は必ずしも最善の策ではないということです。大蔵省は、金融市場のグローバル化によって金融制度自体が空洞化しないように、規制緩和を通じて金融制度の効率を高めなければならないことを知っていました。しかし、大蔵省は戦後の「漸進主義」が生みだした既得権の均衡を保つために、規制緩和プロセスの管理に終始しました。大蔵省は「漸進主義」によって、”金融制度の効率化”と”従来の(非効率的な)金融機関を温存しつつ金融システムの安定性を維持する”という2つの目標を達成しようとしたのです。しかしながら、大蔵省の努力は一兎も得ずに終わったようです。

 「漸進主義」は、構造的変化に対応していくための活力と柔軟性を、日本の金融制度から奪い去ったかに見えます。海外の金融市場が金融改革の積極導入によって急速な発展を遂げていた頃、日本の「漸進主義」は国内金融制度の効率化をむしろ阻害してきました。たとえば、日本の大企業は資金の外部調達とりわけ銀行からの借入を縮小し、内部調達に対する依存度を高めています。その一方で、証券市場の旧態依然とした規制が中小企業金融の仲介メカニズムの効率化を阻害しているために、ベンチャー企業のほとんどが資金不足に喘いでいると伝えられています。また非効率的な銀行・金融機関の存続が、金融システムの安定性をおびやかしつつあることは明らかです。これらは、日本の「漸進主義」の失敗を示すほんの一例に過ぎません。


(2)規制緩和プロセスを通じて金融の安定を維持するには
 日本が経験したもうひとつの教訓は、競争を制限する規制の自由化には、”健全経営規制”と”金融制度の安定化に効果的な市場規律”とのバランスが大切であるということです。ここまで、日本の規制緩和が漸進プロセスを採ったことを強調してきました。ところが、金融サービスに対する需要が国内金融市場から海外へ、あるいは外部調達から内部(自給)調達へとシフトしたために、規制緩和は従来の金融業の収益性を衰弱させました。

 この収益性の低下が引金となって、金融機関が大蔵省の財政再建政策を柱とする安全網制度の下で、本来の行動節度を越えた行為(モラルハザード)に及んだことは周知の通りです。したがって、今後は自己資本規制などの健全経営規制によって、金融機関が過剰なリスクを負うことを防止しなければなりません。しかし、健全経営規制の実効性を担保するには、金融機関の日常業務を入念にチェックする膨大な数の監視員が必要となるため、多額の費用がかかります。この費用を抑制するために、金融機関が過剰なリスクを負担せぬよう監視し、秩序を維持していく責任の大部分を市場のメカニズムに負わせるべきでしょう。市場メカニズムが効率的に機能するためには、個々の金融機関の経営内容について情報を開示する効率的なシステムが必要となります。市場の統制を強化する情報開示システムの重要性を十分に重視しなかった責任は、大蔵省にあります。


(3)公的金融制度:その他の諸問題
 規制緩和のプロセスで公的金融機関制度をどう処理すべきかという厄介な問題がひとつ残っています。日本の金融制度における公的金融機関のプレゼンスは、規制緩和の要求が高まっているにも関わらず、むしろ増大しつつあります。これは、大蔵省が主導した「漸進主義」のために、日本の民間金融機関が多角化する社会のニーズに効率よく応えていないことを反映しています。しかし公的の金融機関は、金融制度における市場メカニズムの発達と整合する存在とは考えられません。公的金融機関が日本の金融制度内でその存在をどのように変化させていくべきかが、近い将来に差し迫った政策課題となるでしょう。




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