ディスクロージャー研究学会



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文書No.
961224

「複雑系」が21世紀の経営理論

    週刊メディア情報「インテリジェンスウイーク 」
NO.428 96/12/22 編集・発行人 金澤敬吾


■経済■「複雑系」が21世紀の経営理論

 ダイエーをギャフンと言わせた「週刊ダイヤモンド」が、若いビジネスマン、ビジネスウーマンに結構受けている。「ビジネスマン競争力の条件」や「20代、30代の起業家」といった特集が真剣に読まれているという。同誌編集長の松室哲生さんに会うと、「一方で、アカデミックな特集もやっているんですよ」と言って、「複雑系」の話を教えてくれた。先の見えない経済状況を積極的に切り拓いてゆく、まったく新しい概念だという。11月2日号の特集から引用すると、<経済学・経営学を含めて科学は、研究対象、つまり物質・経済・企業などを要素に分解し、その振舞いを分析し、それらを集めることによって全体の原理を解いてきた。

 一例をあげれば、「景気分析」がある。経済企画庁の景気動向指数が代表的なものだ。30種類余りの統計という要素を集め、全体の総和とプラスマイナスの差、それに方向性で景気を判断しているのである。(中略)

 そして、ここにはさらに大きな前提がある。景気というシステムの波は、いつか必ず均衡に戻ろうとする、という前提だ。不況の底にいたれば必ず反転する。(中略) 企業の収益構造もそうだ。ある物を生産している場合、労働時間をどんどん投入していくと、いずれ労働一単位当たりの収益増加分(限界収益)は逓減していく。これを収穫逓減の法則という。大学の経済学部一年生が学ぶミクロ経済学の原則である> だが、実態経済は、経済学的理論の通りには動かないことがわかっている。そして遂に、昨年度のノーベル経済学賞は、「経済政策を否定した」ロバート・ルーカス氏に与えられた。以下は本紙369号。<今年のノーベル賞の経済学部門を獲得したシカゴ大学のロバート・ルーカス氏の論文の概要を、NYタイムズで読んで驚いた。大蔵省、日銀の政策は機能しないと、頭から否定する内容だったからだ。「1970年代以降のマクロ経済分析にもっとも大きな影響を与えた」という理由でノーベル賞を与えられた経済思想とは何か? わかり易くいえば、国家が経済政策によって実態経済に関与しなければ経済はうまくゆくという分析である。「彼の独創的な仕事は歴史的に見ればもっともよく理解できる。経済学は、もともと、領域のはっきりしないところから、1920年代、1930年代になって、市場の研究やマクロ経済学、そして総合的な経済分析という形で出現してきた。1960年代後半になると、マクロ経済学理論は、あからさまな仮説を立てて、それを実際の世界経済に付随的にあてはめてゆくなかで確立されるに至った」

 マクロ経済は大恐慌時代に試練に遭った。だが、それがうまく機能したかのごとく思われたので、その後は、大学生にもわかる単純明解な理論として世界中で教えられてきた。

 ところが、実際には、われわれひとりひとりがマクロ経済の原則に同意し、それに忠実に従って行動するようには、実態経済は動かない。卑近な例では、大蔵省と日本の銀行、証券、生保のトップが交わす内話(ないわ)。大蔵官僚とこれに癒着した業者の間の情報交換から、個々の企業や業者は、自分たちの利益を最大限にするべく経済活動を展開しているのだ。つまり、世界中のだれひとりとして、マクロ経済の原則の通りの経済活動を行なっていない。「ルーカス氏は原則に立ち帰って、政府の政策変更に対して、ひとりひとりの個人が自分たちの利益を最大限にすべくどう動くかを調査した。そして凝視すればするほど、個人は近代経済学のルール通りに動いていないことがわかってきた」

 最近の日本の経済政策と株価の関連性にも、はっきりこの傾向が現われている。業者行政でがんじがらめになった日本の市場ですら、政府の思う通りに反応しなくなっているのだ。

 ルーカス氏は、おもしろいことに、従来のノーベル賞学者ならば、自説を吹聴し、巨額のアドバンスをとって本を書き、挙げ句は政府の政策に影響力を及ぼそうとするところだが、彼だけはそんな動きを見せていない。そしてクリントン政権下の経済を、「非常にうまく行っていますよ」と語った。

 ルーカス理論では、政府は経済に関与せず(関与すれば市場を損なう結果となる)、個々人、個々の企業が経済活動を行なう上で、情報開示、情報アクセスなどをはじ めとした経済活動における公平原則を忠実に守らせることだけでいいことになる>◎新経済学、「複雑系」の出現

 旧経済学の理論で国家が市場に関与すればするだけ市場を損なうという、経済における「努力逆転の法則」を解明したのが昨年度のノーベル経済学賞。では、新経済学はどうあるべきか? それが「複雑系」なのである。「週刊ダイヤモンド」編集部がテキストにしている「複雑系」(M・ミッチェル・ワールドロップ、新潮社刊)から要点を紹介したい。《前提》「好もうと好むまいと、市場は安定していない。<現実の世界>は安定してはいないのだ。進化、変動、驚きに充ち満ちている」

 だから、われわれが現実に見ている市場を、分析し、予測するにはどうすればいいか。そこに現れたのが、新しい統合科学としての「複雑系」である。

 こう言うと、難解な話に思えてくるが、そうではない。逆に、われわれにとって馴染みやすい感覚や感性を、この統合科学は扱おうとしている。《分析、研究対象》「それは物理学と同じくらい『堅固で』同じくらい完全に自然法則に根ざした厳密な科学である、そうアーサーは確信していた。といっても、それは究極の粒子を探求する科学ではなく、流れ、変化、そしてパターンの形成と消滅についての科学だった」

 アーサーこそが、「複雑系」のインスピレーションを抱いた科学者だった。本書の著者は、アーサーの思考の流れを記述するなかで、この新しい統合科学にアプローチしようと試みている。「複雑系」の経済学は、人間の感性や感覚が市場を動かす原動力になっていることを、さまざまな例を挙げて説き明かす。そして、新しい理論をキーワードで提唱する。「収穫逓増の法則である」。この法則は、本紙がマネー市場をレポートするとき、過去何度か言及してきた、「持てるものはますます富み、持たざるものはますます貧しく」という旧約聖書の言葉と同じ働きをする法則。具体例を挙げよう。

 いまや誰もが馴染んでいるパソコン、ワープロのキーボードがこれだ。「QWERTY」と左手の一番上に配列されたキー群は、「クォーティ配列」と呼ばれているが、そもそもこれは、タイプライターが発明された当初、ある理由から、ある技術者がそうしたものだった。当時、タイピストは現在同様、慣れるとキーを叩く操作が非常に速くなった。それが、メカが故障する最大の原因だったので、この技術者が、「打ち難い」キーの配列を考えた。それが「クォーティ配列」! ところが、レミントン社は新型タイプライターを売りだすに当たって、この配列を採用。後発メーカーもそれにならい、結局、これが世界標準規格になってしまったのだ。まさに「収穫逓増」である。マイクロソフトの「ウィンドウズ95」。ビデオのVHS、フロッピーディスクの3.5インチ。あるいは、仙台の女子高校生の間で流行したワンポイントマーク入りソックスのブームが「ルーズソックス」の発端となったケースもこれだ(ワンポイントマーク入りソックスは男性用に種類が多く、これをはいたところルーズな着こなしになり、それが格好いいと全国的に流行した)。「流れ」、「変化」、「パターンの形成と消滅」といった、感覚的な表現様式をもった統合科学、「複雑系」を理解しないと、これからの企業経営は成り立たないかもしれない。事実、「複雑系」の産物であった「週刊少年ジャンプ」の凋落は、流れや変化やパターンの形成と消滅といった要素を理解できない経営によってもたらされたと言えるかもしれない。


------- インテリジェンスウイーク 金澤敬吾 -------
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