文書No.
970109
ビッグバン不可避 改革の副作用、議論必要に
規制緩和への社会抵抗強く 他の産業同様、規制緩和や官僚バッシングは金融業についても日本経済の現在の低迷を打開する特効薬として、マスコミに毎日のように登場する「合言葉」になってしまった。 それでは、現存の規制を大幅に緩和し、既に低下しつつあるように見える官僚の権力を一層低下させれば、数年のうちに日本経済には何人ものビル・ゲイツ氏(マイクロソフト会長)が登場し、世界のトップ企業や資金を調達しようとしている新興企業が、日本の金融機関の門を叩(たた)くようになるのだろうか。 多分、ことはそれほど簡単ではない。実効性のある規制緩和には、表面的な現在のマスコミ論調とは逆に、大きな社会的抵抗が発生すると予想される。以下では、金融業について、こうした問題を論じてみたい(紙面の量的誓約があるので、大蔵省・日銀改革、公的金融問題については別の機会に譲りたい)。 金融のみならず日本の様々な分野で規制緩和が叫ばれている理由は、情報・通信分野を中心に世界的な規模で最先端技術の性格が大きく変化しつつある中で、現存の日本の社会・経済制度が技術進歩阻害要因として作用していると見られることである。 金融業における付加価値生産は、いくつかの要素に分解できる。資金の借り手のリスク・リターン特性に関する情報生産(融資の際の審査、融資先のモニタリングなど)、様々な金融技術によるリスク・リターン構造の変換、こうして作り出された金融商品の販売や流通市場での売買仲介、さらに決済サービスの提供などである。 最近の金融の技術進歩は、リスク・リターンの変換技術や決済サービスの分野で目覚ましい。これらはいずれも情報・通信技術の発達に起因している。 特に、前者について少し詳しく見てみよう。伝統的な銀行業を例にとると、借り入れ主体についての情報は銀行によって生産され(審査)、銀行によって利用され(様々な貸し付けを分散し、リスクを低下させる)、預金者にはリスクの無い商品、すなわち、生産された情報が直接には体化されていない預金を販売してきた。 以上のような情報の利用方法に、根本的な変化が見られる。貸付債権のセキュリタイゼーション(証券化)は、生産したリスク・リターンに関する情報を(預金に変換せずに)そのまま投資家に販売する行為だ。資産担保証券も同様の性格を持つ。デリバティブ(金融派生商品)も金融商品のリスク・リターン構造の市場における変換を容易にするとともに、自分の生産した金融情報を他の主体が生産した情報と市場で交換することを可能にする。 例えば、ある国債売買の専門家が、市場の平均よりも若干高いリターン(利回り)を実現できるとしよう。この人が株式のインデックス(指数)と、債券市場の平均パフォーマンス(利回り)を交換するスワップを組むとする。 すると、この債券売買専門家は株式の平均リターンに若干のプレミアムを乗せることが可能になり、たちどころに立派な株式投資専門家になるのである。同様の理由で、貸し付けに関する審査の専門家が適宜スワップを組めば、高いリターンの投資信託を提供できるようになるかもしれない。 こうして金融業における情報(その他のサービスを含む)が、様々な形で分解(アンバンドリング)されて取り引きされる市場が形成されつつある。また、これらが需要に応じて適宜組み合わ(再構築)されて、販売される。
別の例としては、長期金融と短期金融の垣根を崩しつつある金利スワップがある。逆に、業務分野規制は業態横断的な新商品開発を妨げるため、技術進歩抑圧要因となる。 第二に、デリバティブに代表されるように、専門技能の重要性の増大である。多くの産業で、生産・サービス提供の技術は、(日本が強い)多くの従業員の協力体制に依存するものから、(日本が弱い)一部の専門家の高いパフォーマンス(能力や行動実績)に依存するものへと、変化しつつある。コンピューターソフト産業がその典型だが、金融商品にも類似の性格を持つものが多い。 日本の金融業・金融機関の進むべき方向は、以上のような専門的知識を持った人材の採用・育成、そして彼らに業態横断的な仕事を自由にさせつつ、競争を展開することだろう。このためには、旧態の業務分野規制は大幅に緩和されねばならない。細分化した商品の市場が十分に発達するには、新商品の導入を妨げないような方向に法律体系を変更しなければならない。 また、市場の発達には、金融サービスの価格、すなわち各種手数料の自由化が不可欠である。専門化が進むなかでは、ディスクロージャー(情報開示)の充実が重要だし、そのためには時価主義を取り入れた会計制度の整備が不可欠だ。様々な金融商品で、内外の取り扱いが大きく異なっている税制の見直しも重要である。というわけで、先ごろ発表された日本版金融ビッグバンの方向感はおおむね正しい。
このような変革の是非はきわめて難しい問題である。しかし、外為取引も本格的に自由化されつつある中で、規制緩和の遅れは日本の金融業の衰退につながるだけだろう。日本の労働市場全体の流動性の高まりを待たずに、規制緩和に素早く対応し、国際競争力を持った勢力を作り出すには、例えば投資銀行業務を中心とする別会社をつくり、そこでは給与体系・人事政策・企業戦略などを全く新しい考え方で進めるといった方法が考えられる。 実際には高度の専門性を要する分野が、金融業全体に存在するわけではない。専門分野の別会社戦略を支援するのが、金融持ち株会社制度だろう。現在の業態別子会社方式による規制緩和は経営資源の有効活用、各子会社の独立性、様々な業態からの戦略的で自由な参入に関して問題がある。持ち株会社制度のような装置で補完して、ようやくビッグバンも実効性が出てくるように思われる。 金融業の難しさは、自由競争の基盤を整備するだけでは不十分なことにある。いわゆる、信用秩序維持政策の必要性である。ビッグバンの下で考えられる信用秩序維持政策は、次のようなものであろうか。 現状でも都市銀行から信用組合まで金融機関全体で数十、場合によっては百を越える金融機関が、水面下(債務超過の状態)にあると推察される。これらの金融機関を抱えたままで、優勝劣敗のはっきりする競争状態に突入することは危険である。彼らの倒産が信用秩序を揺るがすかもしれないし、倒産を避けようとするギャンブル的な行動が、債務超過額を膨らませてしまう危険性がある。 こうした金融機関の速やかな整理が、ビッグバンの前提である。整理には、(預金者を保護するための)公的資金の導入か、預金者負担という選択しかない。健全な金融機関へのこれ以上の課税を財源とする解決は、ビッグバンとは相いれない。住宅金融専門会社(住専)問題以来、だれも表立って口にしなくなってしまったが、もう一度この問題に直面する覚悟が必要である。
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