ディスクロージャー研究学会



(青空に物事を晒すと虫干しされ綺麗になる)

文書No.
970129

経済政策、情報開示で質高く

    経済企画庁調整課長補佐桜又正士

    97/ 1/29 日本経済新聞 朝刊 


(1)日本の経済社会の構造的閉塞(へいそく)状況を打開するため、行財政、経済構造、金融システム、社会保障制度などの諸改革が論じられている。「今後の経済政策の在り方に関する研究会」(経済企画庁調整局長の私的研究会)は九六年十月、そうした改革を論じる際の理念とも言うべき基本的考え方や具体的提言を行った。

(2)キーコンセプトは、民主主義の前進と市場経済の徹底により、経済効率の向上を図ることが、今後の政策の有効性を高める方策である、ということにある。

(3)それを担保する手段としては、情報開示と市場経済参画への機会均等、それを基礎とした国民の政府に対するチェック、政府の結果責任が大きな柱となる。

 バブル崩壊後の日本経済の停滞の下で、経済企画庁調整局長の私的研究会である「今後の経済政策の在り方に関する研究会」(座長、香西泰日本経済研究センター理事長)は、約半年間の議論を経て九六年十月、大胆な内容の報告書をとりまとめた。日本を代表する十二人の経済学者・エコノミストが自由に議論し、今後の経済政策の理念や具体的在り方について大枠で意見の一致をみた。

 また、現実の経済情勢や経済政策を踏まえると、単なる経済学的な議論だけでは限界があり、政策・制度を支えるシステムそのもの、政治力学についても議論の対象としないと、有意義な方向性は打ち出せないとの認識が共有され、政治経済学的観点も色濃く反映した形となっている。

 報告書の冒頭の「現在、改革・転換を最も必要とするものの一つが政府の政策であり、政策の前提となっている制度である。政策・制度が市場経済、民主主義との厳しい緊張に耐え、世界の批判をクリアしつつ、日本経済の効率と公正の増進に寄与するものにしていく必要がある」というキーフレーズにそれが集約されている。

 報告書は、経済政策担当者が今後の経済政策を立案・実施していく際に、法律家が「六法全書」をみるように絶えず活用できるよう意識して作られた。そこでは、当面の政策だけではなく、中長期的な経済政策の在り方を明快に打ち出している。

 まず、経済政策を有効ならしめる前提条件として、「経済効率の向上」「市場経済の徹底」「民主主義の前進」の三つの基本理念を掲げている。これらは、どれ一つが欠けても、今後の経済政策は機能不全に陥る性質のものである。

 経済効率の向上は、今後、労働力率と貯蓄率の低下が不可避な情勢の中で、高齢化に伴う各種負担増を支えるには、最小限の資源投入で最大の効果を生みながら持続的成長を図っていくことが不可欠との認識に基づく。効率向上は、民間部門のみならず政府の活動領域でも例外ではない。

 政府は本来民間部門ではなされない公共的活動を行っているが、経済社会の変化に対応して、絶えず政府業務の見直しを行い、民営化などを進めて、国民経済全体の効率向上に資する必要がある。また、市場経済の徹底は、政府介入が民間の権益獲得活動を刺激して既得権益の肥大化を招くことで市場経済の機能低下を促したとの反省から、行政改革により政府介入を抑え、自己責任原則に基づく市場経済本来の機能を回復させることである。

 さらに、市場経済の徹底と経済効率の向上を実現するには、民主主義の前進が必要不可欠の条件となる。これは、政策や制度を巡る情報の非対称性を克服し、国民が政府の政策決定や制度変更に参画し、政府の活動をチェックし、国民の了解の下で政策を遂行するようなメカニズムを経済社会の構造に組み込むことである。

 関係者による密室での政策決定、規制や行政指導といった従来型の政策手法を排し、政策・制度の国民に対する説明責任・透明性を高めることで民主主義を前進させ、これを前提として市場経済を深化させ、日本経済の効率と公正の増進に寄与していくべきである。

 これとともに、これまでのマクロ経済安定化政策の反省を行い、(1)財政赤字拡大による政策コスト負担の先送り(2)需要創出効果の偏重による構造改革の阻害(3)対外不均衡是正や為替安定を目的とした金融政策のインフレやバブルの誘発――といった問題点を指摘している。

 しかし、こうした点を勘案しつつも、デフレスパイラルなどの大幅な景気変動防止には総需要管理といったマクロ経済政策による対応は、依然必要であろう。ただ、そうした場合でも、財政政策の運営は、先の三つの基本原則に基づき、長期的な資源配分の観点を重視して展開すべきである。今後の経済政策に求められる具体的提言をみていきたい。

 注目されるのは、情報開示に最大のプライオリティーを置いている点である。情報開示とは、政府が政策運営の根拠及び関連する情報を国民に説明し、その結果に対し責任をとることである。これによって、政府の政策運営が国民からの質の高い批判にさらされ、国民全体にとって望ましい政策運営が確保される。

 昨今の行政にからむ不祥事も、情報開示が進んでいれば回避し得たかもしれず、残念でならない。これからの政策運営においては、明確なルールの設定と情報開示、それに基づく結果責任が基本となる。

 財政政策に関しては、まず公共事業について、省庁間などの配分の硬直性、社会的便益性の乏しいプロジェクトの横行、現状の内容では乗数効果の低下も不可避なことなど、現行制度の問題点に一致した批判があり、徹底した改革を求めることがコンセンサスとなった。必要性と費用に見合う社会的便益性の乏しい公共事業は資源の浪費であり、実施主体が各事業の社会的便益などに関する挙証責任を負うシステムを確立すべきである。

 また、負担と受益を極力一体化して公共事業の効率化を図る観点から、財源面の移管と合わせて、公共事業を可能な限り地方自治体の権限とすべき旨も指摘している。

 財政投融資については、時代の要請に応じた抜本的な改革を求め、その第一段階として財投機関債の発行を提案している。財政を通じた世代間の公平の確保に関しては、現行の社会保障制度に切り込み、成長持続努力と適正な社会保障給付の確保を前提に、報酬比例年金部分の民営化などの制度改革、効率化、歳出削減に努めるべきとしている。 さらに、現状では維持不可能な水準にある財政赤字の削減目標として、まず手始めにプライマリーバランス(歳入と利払い費を除く歳出との差)を均衡させ、財政赤字を発散させないことを求めている。

 金融政策については情報公開やアカウンタビリティー(説明責任)を前提に、中央銀行の意思決定に政治や政府からの独立性を持たせるべきと指摘している。

 構造政策では、規制制度改革で市場機能を高めるには参入規制の撤廃が基本となる。これにより非効率的な活動が淘汰(とうた)され、資源配分の効率化が実現される。対象分野として、生産性が低い分野や制度改革による経済効果の大きい情報通信をはじめとする八つの分野を掲げている。

 この様に、今後、構造改革を推進し、資源配分効率を高め、財政赤字の削減を進めていくことが重要である。

 ただ、景気が失速して深刻な景気後退に直面すれば、財政赤字の一層の拡大を余儀なくされる危険があり、具体的な赤字削減の手順やテンポを決定する際には、景気情勢への注視を怠ってはならない。

 このため、当面のマクロ経済運営において財政赤字削減と安定成長の持続を両立させていく上では、財政の現状と物価の安定状況からみて金融政策の役割が景気安定に重要になる。

 また、財政の効率化と財政赤字の削減を重点として取り組んでいく必要はあるが、加えて、将来の望ましい税制に沿って長期的に減税すべき種目の税を先行的に減税する形で短期的な政策と長期的な政策との両立を図るなどの工夫が必要である。

 なお、規制緩和などの構造改革が副次的に成長を促進する効果も期待されるが、構造改革は景気動向いかんにかかわらず着実に進めるべき課題である。

 提言された具体的な政策に沿って、幾つかの政策・制度変更がなされようとしている。明るい二十一世紀を展望するためには、今後ともこうした流れが一段と加速され、経済合理性に則した透明な政策・制度決定や変更がなされる必要がある。



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