文書No.
970130
「取引システムの多様化とベスト・エクゼキューションの実現」
日本の株式市場制度は、いま、二つの要因によって変革を迫られている。二つの要因とは、機関化と電子化である。 機関投資家の台頭は、株式市場の売買高の7割強が機関投資家によって占められていることからも明らかだ。これは米国の8割に匹敵する規模である。年金資産の運用における機関投資家の役割はさらに高まる方向にあるし、個人投資家の資産運用の手段として、投信に対する期待も大きい。株式市場における機関投資家の地位は拡大することはあっても、弱まることはないだろう。こうした中で、現在の取引所を中心とした取引システムは、個人投資家中心時代のサービスから脱皮し、多様化を進める必要がある。 米国での機関化の進展を取引システムの多様性という視点で整理してみると、まず、ブロック市場と呼ばれる大口取引市場が拡大した。ブロック取引はすでにニューヨーク証券取引所の出来高の半分を超えている。ここでは取引所のマッチング機能に代わって、証券会社が大きな役割を果す。これは取引所取引では避けがたいマーケット・インパクトを回避する効果がある。 さらに、最近10年間の変化としては、電子化された様々な取引システムの登場がある。機関投資家間の注文を直接クロスする仕組みのポジットやクロッシング・ネットワークなどが日本でも知られるようになったが、取引コストの低減に対する要求がこうした動きを促進した。運用業界全体の厳しいパフォーマンス競争が、投資家の市場に対する期待を本質的に変化させたともいえる。通常の取引所取引では、注文を即時執行することに高い評価が与えられてきたが、電子化されたシステムでは、多少時間はかかっても絶対的なコストをボトム・ライン(例えば、1株1セントの手数料)まで下げられることが魅力となっている。こうしたシステムが提供するもうひとつのメリットは取引の「匿名性」であり、大口注文を市場にさらしたくないという投資家ニーズに応えることにより存在感を高めている。 日本は取引所取引一本で来た結果、代替的な執行手段が限られており、機関投資家の多くは寄り付きの注文執行に依存する傾向がみられる。寄り付きの注文集中度は高流動性銘柄でも30%を超えており、米国の高流動性銘柄の約5%と大きな違いが生じている。米国では、ブロック取引、クロッシング・ネットワーク、アフターアワー取引と執行サービスの多様化が十分に進んでおり、投資家は目的にあった取引システムを選択できる。日本でも、現行の取引所集中義務を見直し、取引所取引にない魅力ある仕組みを自由に工夫させる政策に転換すべきである。それにより、現存の取引所取引を活性化させる効果も期待できる。 一方、政策的には、取引所本位な現在の取引システムを、投資家本位の立場に改めるためのイニシアティブが求められる。 まず、市場参加者間の情報アクセスの平等化という課題がある。証券市場は、高度な情報システムであり、取引の性格から真のリアル性が要求される。また、オーダーフローに関する情報のアクセスは、取引参加者の損益に直接結びつく重要な情報であり、アクセスに「差」を設けるためには明確な理由がなければならない。95年11月から、売り買い気配が投資家端末にも表示できるようになったことは、この面での不平等を減少させる大きな進歩であった。しかし、気配価格に対応する注文量と板情報は会員のみに公開されている。これらの情報は、世界の株式取引システムをみても、公開しているケースと特定者にのみ公開されているケースがある。こうした欧米でのあり方を見ると、特別な権利を与えられている参加者は、マーケットメークの義務を負うといった制約を受けており、通常の投資行動を行うものと区別されている。日本の会員証券会社の自己売買は、市場に対する流動性供給と、ディーリングによる利益目的の部分から成ると考えられるが、ニューヨーク証券取引所が行っているようなスペシャリストの流動性や価格形成に関する貢献度についての統計は公表されておらず、十分に納得のいく位置づけがされているとはいえない。 こうしたオーダーフロー情報は、株式市場におけるベスト・エクゼキューション(Best Execution)を考えるうえで極めて重要である。日本の株式市場におけるベスト・エクゼキューションは、取引所単位で最良執行をはかるという範囲にとどまっている。今後の電子化の進展の中では、全市場(取引所や今後可能性のある取引所外も含む)を対象とした最良執行の定義と実現方法を考える必要がある。 市場の電子化とともに発注機能のシステム化がさらに進むであろう。このとき、現行のような参加者が各取引所の状況を判断して対応する仕組みは問題を抱えている。電子取引システムでは、注文は「プログラム」された通りに流れるのであり、取引所毎に組まれた仕組みでは、市場間の競争を「価格」で制御するメカニズムは十分に働かない。現状を追認するような電子化は寡占化を招くばかりである。何を証券市場のインフラとし、どこからを参加者間の競争に委ねるのかをもう一度見直さなければならない。 たとえば、重複上場銘柄の注文をどの取引所に入れるかは、投資家に負わせるべきリスクであろうか。そのようなシステムにするとすれば、すべてのオーダーフロー情報を投資家に開示すべきである。一方、取引システム自体が最良気配を選択する機能をもつことも可能である。そうすれば、指値注文を出す投資家も、常に、全市場ベースで価格、時間優先の執行順位が守られることになり、日本全体をカバーした「市場」におけるベスト・エクゼキューションを常に保証することができる。株式オプション取引にとってもこの方が好ましいと考えられる。そして、取引所や証券会社は新しい商品のアイデアやリサーチ、低コストの実現を武器に競争する。これが電子化時代の取引システムにおける市場メカニズムと参加者の役割分担の構図である。 こうした一連の変革は手数料の完全自由化と同時に実行されなければならない。電子化は、市場参加者間の業務の壁を取りはらうインパクトをもっている。証券会社は、取引所機能を代替する一方、情報ベンダーのサービスを包含し、投資顧問業務の一部も手がけるようになる。機関投資家は既存の仲介業をバイパスした低コストのサービスを求めるようになるであろう。同じサービスについて、証券会社は顧客に「取引手数料」収入を前提に執行サービスと情報・リサーチサービスを提供する。一方、情報ベンダーは「情報提供料」を個別に徴収するといった価格体系の混乱は、フェアな競争の妨げとなる。様々なサービスを統合して提供するか、独立した形で行うかにかかわらず、個別サービスごとにプライスが認識されることが、フェアな競争の前提条件である。固定手数料の撤廃はどんぶり勘定の経営から個別サービスの品質と価格の対応が明確に問われる競争世界への突入を意味しており、新しいサービスを自由に企画・提供できる環境の実現と表裏一体のものでなければならない。
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