ディスクロージャー研究学会



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文書No.
970308

環境情報開示のフレームワーク

   

    関西大学教授 松尾聿正

1 問題提起

 環境保全に向けた取り組み・実践がこれほど昂揚し、浸透を続けている時期はこれまでにない。しかも、こうした趨勢が広まることは予想できても、衰退を推測することは難しい。この潮流は、近年における次のような国際的レベルでの環境規制の進展に裏付けられている。

 英国産業界が作成した環境に関する自己管理規格を英国規格協会が1994年1月に環境管理規格BS7750として制定・公布した。1995年4月1日からは、EUで展開する事業活動のみならず、EU向け製品を輸出する事業活動にもEU環境管理・監査スキーム(Eco-Management and Audit Scheme, EMAS)の適用が開始されている。さらに日、米、欧など国際標準化機構(Interna-

 tional Organization for Standardizasion, ISO)加盟各国は、今年1996年8月に企業の環境対策を審査する国際環境監査基準ISO14000を導入した。同基準は9月から発効している。

 ISO14000シリーズは■環境マネージメントシステム、■環境監査、■環境ラベリング、■環境パフォーマンス評価、および■ライフサイクルアセスメントからなる。今回発効したのは■と■で、以下今後、順次成立・発効の見通しであり、それと同時にわが国でも、日本工業規格(JIS)に同基準が取り込まれ、普及が図られることになる1)。


 これらの規格が環境保全に一定の役割を果たすのは言うまでもないが、それ以外に、あるいはそれ以上に企業にとっては事業活動に重大な影響を及ぼす点に、企業が環境規制の動向に関心を寄せない訳にはいかない大きな理由がある。事実、輸出メーカーを中心に、わが国主要企業はISO14000認証取得に向けた積極的対応を示しており、日本経済新聞社の調査によれば、同規格が取引に影響することを理由に、製造業の半数が規格認証取得に積極的に乗り出している(日本経済新聞、1996年(平成8年)10月31日付朝刊)。

 経済団体連合会(以下、「経団連」という)は1991年(平成3年)4月に「経団連地球環境憲章」を制定して、企業に環境問題への取り組みを促してきたが、企業活動を取り巻く叙述の国際的な環境規制の進展のもとに、同連合会は、1996年7月16日に■地球温暖化対策、■循環型経済社会の構築、■環境管理システムの構築と環境監査、および■海外事業展開にあたっての環境配慮の4項目からなる「経団連環境アピール―21世紀の環境保全に向けた経済界の自主行動宣言―」を発表し、同年9月9日には■基本的考え方、■廃棄物の排出削減・リサイクルの推進に向けて、■産業廃棄物処理施設整備の促進、■不法投棄・不適正処理防止策について、および■不法投棄の原状回復からなる「循環型社会の構築に向けた課題―廃棄物対策の促進に向けて―」を発表している2)。

 また、企業、自治体、環境NGOなど500団体が「グリーン購入ネットワーク」を組織し、1996年11月に「グリーン購入基本原則」を公表して、環境に配慮した製品を優先的に購入する際の基本的ガイドラインを提示している3)。

 こうした状況は、環境保全に向けた取り組みを企業活動にとって重要な経営戦略の一つとして位置付けるのを余儀なくしている、と言える。その際、企業が社会から理解を得るのに重要なのは、企業の活動実態を適正に反映した情報の開示であり、そうした開示のためのフレームワークである。

 環境保全意識の高揚と企業における環境保全実践行動の高まりのもとで、本稿の目的は企業の環境情報開示のためのフレームワークを提示することにある。そこでまず、国連環境勧告を拠り所に、環境情報開示のためのフレームワークの必要性を検討する。次に、環境情報開示の目的を明示し、その後に環境情報の特性を検討する。最後に、環境情報開示の内容を立ち入って検討し、結語として現行の企業内容情報開示制度に対する若干の提言を提示しよう。


2 環境情報開示フレームワークの必要性

 環境保全に対する意識の昂揚とともに、環境情報を開示する企業も近年急増している。しかし、環境情報開示に関する一定の基準がないために、開示内容は個々の企業の環境特性を反映してはいても、情報の比較可能性を欠いている。詰まるところ環境情報開示に関するフレームワークの欠如に、この問題は起因している。

Gamble et
 al.は、年次報告書と様式10-Kで開示されている環境情報の質を調査した際に、それらの開示が将来の環境計画や計画の実行に必要な金額に関する詳細かつ総体的な情報を提供していないこと、及び環境に持続可能な方法で製品を生産する計画に関する情報を提供していないことを理由に、年次報告書と様式10-Kにみられた開示は、ステイクホルダーの情報要求を十分にカバーしているわけではないとの見解を表明して、企業の環境行動を年次報告書と様式10-Kの両者で報告するのに有効な環境情報開示のためのフレームワークの必要性を強調している(Gamble

et al.[1995, pp.47-48])。
 アカウンタビリティを論拠として環境情報開示に関する論理を展開しているGray[1990]が、最も実行可能な選択肢になると期待している国連のイニシアティブによるアプローチでも、環境情報開示のためのフレームワークの必要性が強調されている(Gray[1990. p.115]、菊谷[1996、99頁])。
 国連は、環境支出と環境負債の規模の増大に対する認識の高まりにも係わらず、年次報告書上、環境問題が広く取り上げられず、企業に広範な自由裁量を許したのは、会計基準の欠如にあるとの問題意識のもとに、環境保護対策に関する情報は殆ど記述的で、利用者が期間にわたって、企業の環境上のインパクトと財政状態および経営成績との関係を決定できる首尾一貫した基準にもとづいた数量情報は殆ど与えられてこなかったと、企業環境活動に関する情報開示の現状を分析した(United

Nations[1992],
 p.99)4)。こうした現状分析にもとづいて、国連経済社会問題理事会の下部機関である多国籍企業委員会の「国際会計・報告基準専門家政府間作業部会(Intergovermental

 Working Group of Experts on International Standards of Accounting and

 Reporting)」―以下「政府間作業部会」と略称する―は、1991年3月に開催された第9会期において、「政府及び利害関係者による考慮のための結論」と題して、環境財務情報の開示に力点を置いた勧告を行った(United

Nations[1992], pp.97-98)。その内容は、次の。
■ 環境方針のディスクロージャー
■ 組織活動業績に関するディスクロージャー
■ 期中支出に関するディスクロージャー
■ 将来支出のディスクロージャー 
 この勧告に準拠した環境情報開示の実践状況を調べるために、企業活動が環境に重要な影響を及ぼす傾向が強い業種、すなわち化学、林業、金属、自動車、石油化学、製薬・洗剤・化粧品に属する主要な多国籍企業222社の主として1990年度年次報告書を対象に6)、「政府間作業部会」は実態調査を実施した(United

Nations[1993], pp.82-101)7)。
 調査の結果、多国籍企業は環境問題の重要性に気づいているが、数量情報が開示されることは殆どなく、質的、記述的、部分的な情報が開示されるために比較が難しい。その上、費やされた金額、達成された結果、設定された目標との間に何等関係がなく、それ故、会社の環境業績を測定することは不可能で、会社の環境活動が財務結果に及ぼす影響の測定はなおさら難しい、と結論づけている(United

Nations[1993], pp.100-101)。
 その後国連は1991年調査後の環境勧告順守状況を調べるために、91年度調査業種に産業設備業を加えた業種に属する多国籍企業のうち、1993年7月に発行されたFortune誌“世界の500”掲載の277社中、回答のあった203社の公表済財務諸表・年次報告書を調査した。

 調査の結果、環境情報開示会社総数が2年前の86%から97%に増えていることから環境情報開示の必要性を認識している会社は増大しているものの、

 回答会社の過半数が開示している環境情報は、環境方針(60%)と製品・サービスが環境に及ぼす影響(59%)の2項目で、しかもそうした情報は良好な企業市民であることを示す一般的声明か、もしくはPR関連の一般的な製品説明に過ぎない(United Nations[1995], p.41)。

 対照的に、数量情報あるいは財務情報を開示している会社は殆どなく、たとえば財務支出に関する何らかの事項を開示している会社は28%、財務諸表注記情報開示会社27%、修復活動開示会社14%、訴訟情報開示会社25%、自社の営業・生産活動が環境に及ぼす影響を開示している会社は28%である。

 こうした調査結果を総括して、国連は前回調査より改善されたことを示すに充分な証拠は得られなかった、と結論づけている(United Nations[1995], p.40)。


 国連の一連の環境勧告・調査が示唆しているのは、企業の環境情報を比較可能にするに足るフレームワークないしはガイドラインの必要性である。


3 環境情報開示の目的

 情報開示のフレームワークを構築するには、まず情報開示の目的を明示する必要がある。

 情報開示に不可欠な要因として、情報が指示する事象、情報作成者及び情報利用者があり、情報の作成者と利用者の間には情報較差が存在する。一般に、情報内容は作成者側に遍在している。それと同時に、情報はその生産者が情報の非購入者による当該情報の消費を排除できない属性を有している。このために、情報作成者は開示する情報の質、量、タイミングを調整することによって自己の利益の最大化を図ろうとする。もし情報利用者が情報作成者の利益に影響を与えうる資源や権限を有していれば、そうした資源や権限を活用して、利用者は作成者に情報の開示を促すことが出来るし、また利用者が行使するそうした資源や権限に基づく行動の故に、時には作成者は自ら進んで情報を開示しようとする8)。

 情報開示をめぐる作成者・利用者間のこうした交渉は、規制主体の規制行動を絡めて、情報の非対称性と情報の公共財的属性を論拠として、資本市場を舞台によく研究されている。そこには、

■ 情報利用者による情報作成者の行動のモニター

 情報利用者の信頼を獲得するために、情報作成者が自己の行動に関して 展開する積極的な説明および

■ 作成者・利用者双方への経済的インセンティブに関する指標の提示
が情報開示の目的として存在している9)。

 こうした情報開示目的が、環境情報の開示にも当て嵌るだろうか。資本市場では、私的資源の所有が情報開示を動機付けている。企業活動が環境に及ぼす影響―以下、企業環境行動という―に関する情報は、いかなる動機によって開示されるのか。大気、水質などの自然環境は、人類共有の資源であるにも係わらず、あるいは共有資源であるが故に、従来、その使用、費消、劣化に対する対価支払、すなわちコスト負担の意識がなく、したがってそうした企業環境行動に関する情報開示が疎かにされてきた。

 しかし、1995年4月にEMAS、1996年9月にはISO14000シリーズが発効された今日、すべての企業にとって環境への配慮が事業の不可欠の前提となるに及んで、環境情報を自主的に開示する企業が増えてきている。そこには、企業の生産活動が共有資源である自然環境に与える影響が深刻化するにつれて、情報開示の動機が、私的資源の所有から、共有資源の費消、劣化をもたらす生産の社会化へと拡大しているのが認められる。それは取りも直さず、情報開示に契機を与えるアカウンタビリティの拡張を意味している10)。

 こうした拡張されたアカウンタビリティを論拠に、情報作成者の環境保全行動をモニターするために、環境情報の開示が主張される11)。また、作成者による積極的情報開示の面でも、IR活動の一貫として環境報告書を自主的に公表する企業が増大してきている12)。

 環境保全に経済的インセンティブを与えるために経済的手法を導入している国は、いくつかある。米国ではシカゴに排出権市場を開設しているし13)、北欧諸国では環境税を導入している。しかし、環境情報が企業と利害関係者との間に経済的インセンティブを与えるのに活用されている事例、あるいはそうした方向に向けた研究の有無については定かでない。しかし、たとえば電力料金やガス料金の決定に際し、環境情報に基づいて、化石燃料の使用による健康被害に配慮して、環境改善指標の高いプロジェクトほど高料金を設定し、逆に同指標が低いプロジェクトには低料金を設定する、といった発想は可能だろう。もちろん、情報が実態を反映していないことが後日判明すれば、料金を改定するか、もしくは一定の賞罰を与える。もしこのようなインセンティブシステムの実現が可能ならば、環境情報開示の実効を飛躍的に高めることが期待できる。

 かくして、環境情報開示にも、■情報作成者の環境保全行動のモニター、■情報利用者の信頼の獲得、及び■経済的インセンティブに関する指標の提示、という目的があることが分かる。


4 環境情報特性

環境情報開示の目的が明らかになれば、次にその情報特性を明示せねばならない。
 カナダ勅許会計士協会(Canadian Institute of Chartered

 Accountants,CICA)は、環境情報が備えるべき特性は米国財務会計基準審議会(Financial

Accounting Standards Board,
 FASB)が「財務会計諸概念に関するステートメント(Statements of Financial

Accounting Concepts, SFAC)
 」第2号で提示した特性と異なるところはないとして、次の4特性を挙げている(CICA[1994]. pp.51-56)。
目的適合性(Relevance):   予測価値、回顧価値、適時性、重要性
信頼可能性(Reliability):   検証可能性、中立性、表示の誠実性
 理解可能性(Understandability):事業環境と経済的インパクトの理解

比較可能性(Comparability):  一貫性
 これらの特性はFASBが意思決定有用性アプローチのもとで展開した情報特性であるが、CICAは、環境業績に関する情報提供でも業績報告の第一次目的は有用な情報を伝達することにある点で、通常の事業活動に関する情報提供目的との間に差異はない、との立場に立っている(CICA[1994]. p.51)。
 叙述の情報開示の目的は視点を変えると、企業環境行動の事後評価と事前予測に環境情報が利用されることになる。したがって、CICAが指摘する情報特性は、環境情報にとっても不可欠の特性とはいえる。

 これらの情報特性を環境情報に当て嵌めると、たとえば、次のように機能する。目的適合性との関係では、環境に優しい企業行動も環境に厳しい企業行動も長期的展望をもって環境情報を開示し、環境トレンド評価、環境将来業績予測の基礎となる過去環境業績情報を提供しなければならない、ということになる(CICA[1994].  pp.52-53)。また、信頼可能性との関係では、情報は基礎データと一致していて、独立した検証が可能で、誤差や偏差がなければ信頼できる。ところが環境データはサンプリング技法と見積りに基礎を置いており、また取り上げるサンプルの大きさとタイミングがデータの質に影響を与えうる。そのうえ、環境データの信頼性は、測定に使われる器具の精度にも依存している(CICA[1994].  p.53)。そこで、環境情報の信頼可能性を確保するには、環境事象の発生状況、サンプリングの技法、ポイント、タイミング、測定器具の精度などに注意を払う必要がある。

 CICAはこれらの情報特性が形成する階層関係を明示していないが、SFAC第2号が基本的特性としている目的適合性と信頼可能性との間に、同2号と同様にトレード・オフの関係があることを指摘していることから(CICA[1994].  pp.55-56)、CICAも目的適合性と信頼可能性を主要特性として位置付けている、と推測しうる。

 しかし、これら両特性間のトレード・オフは、環境情報の場合、事後評価に際する信頼可能性の重視、事前評価の際の目的適合性の重視として直感的に指摘しうるに過ぎず、実証されているわけではない。首尾一貫した定義に基づく環境業績指標の継続的な開示が保証されたなら、そうした指標の分析によってトレード・オフ関係が立証されるかもしれない。しかし、また逆にトレード・オフではなくむしろ、一方の向上が同時にまた他方の向上をも誘発することが判明するかもしれない。いずれにしろ、そうした結果は今後の実証分析の成果を待つほかない。


5 環境情報開示の内容

 環境情報開示の目的、情報特性が定まったので、いよいよ環境情報開示内容の検討に入ろう。環境情報開示の内容は、基本的には、業種や企業の固有の属性を反映すべきものである。しかしながら、そうした個々の企業、個々の業種の固有性の中に、多くの企業、業種に当て嵌る共通の属性もある。

 CICA[1994]は環境報告の枠組みを構成する項目として、組織のプロフィール、環境方針・目的・ターゲット、環境管理システムおよび環境業績分析を挙げているし(pp.62-71)、環境監査研究会とバルディーズ研究会は、内外の企業108社から収集した環境報告書をもとに、「優良」な記述を寄せ集めた「ベンチマーク」を纏めた際に、それら環境報告書に記載される11の共通項目があることを見出している(環境監査研究会・バルディーズ研究会[1996]、25頁)。

 CICAが挙げている項目のうち、組織プロフィール情報には、環境全般に関する基本的な考え方と取り組み、主要な規制上の要請を含む業界が直面している環境問題、および事業活動と製品が与える環境インプリケイションがある(CICA[1994]. p.63)。
 環境方針・目的・ターゲットは、組織の事業活動に配慮される環境の範囲の識別であり、そうした情報には、たとえばリサイクルの促進と残存廃棄物の環境に優しい処分などの全般的方向の確立と組織のための行動変数の設定、長期的には1990年レベルを基準として1997年までに廃棄物を60%削減、短期的には前年度比25%削減などの達成すべき具体的業績目標がある(CICA[1994]. pp.65-66)。
 環境管理システムに関する情報には、組織の日常活動から生ずる環境事象を検討するように環境パフォーマンスを管理し、監視するためのプロセスに関する情報があり、環境業績分析情報には、業績指標と測定値、それに対応する環境影響分析、及びそれに関する現時点の組織状態を描写する情報がある(CICA[1994]. pp.66-71)。

 また、環境監査研究会・バルディーズ研究会[1996]は、次の環境報告書記載共通項目を挙げている。

■ 方針・憲章
■ 体制・システム
■ 環境監査
■ 従業員教育
■ ディスクロージャー&コミュニケーション
■ 社会貢献
■ 財務情報
■ 環境関連訴訟・罰金・事故
■ オフィス・間接部門の取組み
■ 外部からの表彰・認証
■ 取引先・関係会社の取組み

 環境監査研究会・バルディーズ研究会[1996]によって、優れた環境情報としてしばしば取り上げられている東京電力の『環境行動レポート』では、CO2、オゾン層、エネルギー、大気保全、産業廃棄物、緑化・自然保護、及び原子力発電の環境への負荷に関する取り組みを実績値と目標値を対比して示している(東京電力[1995]、7-14頁)。

 また、1996年度「企業の社会貢献」賞「環境保護」賞を受賞したNECが公表している『NEC

 エコ・アクションプラン21』(1996年度版)でも、環境配慮型製品開発、省エネルギー、省資源、回収・再資源、排出物削減、及び発生源対策の目標値と実績値を示し、環境マネジメントシステムとしてISO14001の認証取得目標年限を明示している。


 情報には定量情報と定性情報があり、定量情報には貨幣尺度によって表現される財務情報と物量尺度によって表現される物量情報がある。定性情報は一般に記述尺度によって表現される。

 上記の東京電力とNECの環境情報は物量尺度によって示されている。このことは、環境情報にとって物量情報が不可欠であることを意味している。しかし、企業環境行動に関する情報としては、物量情報のみでは必要にして充分ではないことは、国連の環境勧告が如実に示している。企業の環境情報としては、財務情報もまた不可欠なのである。それでもまだ充分ではない。そこに記述情報が加わることによって、はじめて企業環境行動に関する情報を充分に開示することが可能になる。


 財務情報としては、国連環境勧告のほか、Tuppen[1996]が提示している年度毎の環境コストと過年度における環境保全活動による環境コストの節約額を開示した環境財務諸表(Tuppen[1996]. pp.54-55)、環境予算額と環境支出実際額の開示などがありうる。

 環境監査研究会・バルディーズ研究会[1996]が環境財務情報の優れた開示例として抜粋しているイギリスのICI社の環境業績の開示は、定性情報としての環境記述情報開示の範疇に属する。たとえば、同研究会の抜粋によれば、ICI社は環境保全支出による環境改善を次のように説明している(環境監査研究会・バルディーズ研究会[1996]、38頁)。

 塩素製造及び処理に関するわが社の相当の支出によって、塩素排出量 と塩素含有製品の削減が可能になっている。この投資が、生産過程に及 ぼすインパクトの最小化―塩素含有廃棄物を90%以上削減―を可能にす るだろう。 

 ICI社の開示例が示すように、環境記述情報開示の目的は、環境財務情報と環境物量情報を組み合わせることによって、組織の行動が環境に及ぼす影響を判断しうる分析指標の導出を可能にすることにある。

結局、環境情報開示の内容としては、次のように纏めることが出来る。
 財務情報…環境コストとその節約額、環境予算額、環境実際支出額などの 環境保全に関する財務情報

 物量情報…排出(廃棄)量の減少と増加、リサイクルなどの企業活動が環 境に与える負荷に関する目標値、基準値、実績値情報


 記述情報…環境保全の状況、環境保全に対する取組方針と対応組織、従業 員教育、環境リスクに対する管理体制、環境問題に対する訴訟 などに関する情報、及び財務情報と物量情報を組み合わせた、 たとえば支出額に対する排出量削減割合などの環境保全貢献に 関する情報


6 提言

 情報開示を通じた企業活動の実態に関する透明性の確保が緊急課題として要請されている昨今、企業環境行動に関する情報は企業内容の透明性を高めるのに不可欠になりつつある。今や、業種の如何を問わず、環境情報なしに企業活動の全貌を正確に把握するのは不可能なほど、あらゆる企業は環境保全を配慮した行動が、企業活動にとって不可避な前提要件となりつつある。

 ところで、わが国の現行制度上、最も信頼性のある企業内容情報開示媒体が有価証券報告書であり、最も速報性のある情報開示が、証券取引所適時開示要請に基づく各種の情報開示である。現在のところ、これらのいずれにも企業環境行動に関する情報が開示されることはない。その最大の原因が、環境情報開示に関する基準ないしはガイドラインが欠如していることにあるのは言うまでもない。環境情報開示のためのフレームワークの必要性がここにある。

 そこで、叙述のフレームワークを前提として、企業内容情報開示に関する現行の制度に次のような改善を提案しよう。

(1) 有価証券報告書の改善
■「経営者による討議と分析」を「経理の状況」および「企業集団の状 
況」に関する情報の一つとして新設し14)、企業環境行動に関する経営
者自らによる討議と分析に基づく情報を開示する。
■「環境に及ぼす影響」を「事業の概況」および「企業集団等の概況」 
に関する情報の一つとして新設し、企業環境行動に関する定量情報 
(財務情報と物量情報)および定性情報(記述情報)を開示する。
(2) 証券取引所適時開示要請の改善
証券取引所の適時開示要請項目に「企業環境行動」を加える。
 これらの改善提案の目的は、経済指標に環境指標を加味した総合的な企業評価を可能にすることにある。


 こうした提案が、企業による自主的な環境情報開示を否定するものでは毛頭ないことは言うまでもない。それどころか、むしろ環境情報に関する任意の主体的な開示をより一層奨励することによって、開示内容の充実・発展を促進する必要がある。

 上述の制度の改善は、環境情報に関するそうした自主開示の成熟を反映するものでなければならない。



 * 本稿掲載の『関西大学商学論集』発刊月が、実際の発刊月との間にズレ が生じているために、本稿で使用している資料発表月が本号発刊月とズレ ていることを、予め断っておく。

1) ISO14000の背景と概要については、藤代[1996]に詳しい。
 2) 環境保全に向けた経団連の提言の詳細につては、経団連[1996a]およ 

び[1996b]を参照されたい。
3)
 「グリーン購入基本原則」は、次の項目から構成されている(GPN [1996])。

1.「製品ライフサイクルの考慮」
1-1.「環境汚染物質等の削減」
1-2.「省資源・省エネルギー」
1-3.「持続可能な資源採取」
1-4.「長期使用可能」
1-5.「再使用可能」
1-6.「リサイクル可能」
1-7.「再生素材等の利用」
1-8.「処理・処分の容易性」
2.「事業者の取組みへの配慮」
3.「環境情報の入手・活用」
 こうした基本原則をもとに、グリーン購入ネットワークは製品分野別購入ガイドラインを発表している。

 4) Deloitte Touche Tohmatsu Internationalも企業環境活動に関する数量情報の重要性を強調している(Deloitte Touche Tohmatsu International [1993], p.46.)

 5)  国連環境勧告の背景ならびに詳細については、北村[1993]、Gray [1990, pp.115-122]、菊谷[1996、99-105頁]および松尾[1995a、99 -101頁]も参照されたい。

 6) 222社の内、204社は1990年度年次報告書を提出し、13社は1989年度版を、5社は1991年度版を提出した(United Nations[1993], p.83)。

7)  この結果については、松尾[1995a、101頁]を参照されたい。
 8)  情報の作成者、利用者、及び規制主体の情報行動については、松尾[1990]を参照されたい。

 9)  資本市場を舞台にしたこうした情報開示動機につては、須田[1993]を参照されたい。

 10) アカウンタビリティが情報開示の契機となる点については、松尾[1990]で詳述した。

 11) アカウンタビリティを論拠とした環境情報開示については、Gray et al.[1987], 松尾[1990]、山上[1996]を参照されたい。

 12) 環境監査研究会とバルディーズ研究会[1996]は、企業が公表している環境報告書の調査に基づいて、環境情報開示のベンチマークを提案している。

 また、わが国における環境対策の実例を企業別に纏めたものとして、エコビジネスネットワーク[1996]がある。

 13) 米国で導入された排出権市場の内容については、三菱総合研究所[1995]が詳細に解説している。同資料は、日本大学勝山進教授のご厚意により入手できたものである。ここに記して感謝の意を表したい。

 14) 「経営者による討議と分析」の新設については、松尾[1995b]も参照されたい。



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