吉村光威 日本経済新聞社社友
「経営分析と経営情報」第4部 高松和雄編著 同文館出版
はじめに
経営分析を行うには経営に関する情報が必要である。経営情報は経営者や従業員などヒトに関するものから製造設備などモノに関するもの、そして預金、借入金などカネにかんするものなどいろいろあり、また一定の期間の売上、原価や利益に関する情報も不可欠である。経営分析は経営の内部では経営戦略をたてるのに或いは経営管理上盛んに行われているが、内部者(インサイダー)だけに経営情報は容易に手にはいる。しかし経営の外部者が経営分析する場合は内部者に比べて十分な情報がなければこれが難しい。このためこれに耐えられるようなしっかりした経営情報の公開が要請される。
ディスクロージャー(Disclosure)はクローズ(閉じる)させない、つまり経営情報を開示させることである。株式を上場・公開しているような会社はその会社の価値が外部から容易に判断できないとその会社が発行している証券の取引は公正・円滑にはいかない。内部者が内部情報で証券市場に参加するとその参加者は「情報優位」になり「超過利益」を享受できる。これが市場に広まるとやがて「情報劣後者」は市場から去って「市場は失敗」する。
ディスクロージャーはその内容は法制的(マンデトリー)に強制される。任意にバラバラに開示されないよに法制化すべきであり、いつでも「比較可能性」が確保できるよう一定の定義の基に開示が要求される。経営分析は比較分析が重要な位置を占めるが、一般的には比較分析は時系列的(タイムシリーズ)な分析と横断的(クロスセクション)な分析があり、その両者がそれぞれ、或いは同時に可能なようにディスクローズされなければならない。
しかしディスクロージャーは法制的な面はいわば「最低水準」であり、それ以上に自発的(ボランタリー)に行う動きが強まっている。投資家向けに企業理念・内容・将来方向を開示するインベサター・リレーションズ(IR)という方法が最近行われるようになった。商品のパブリック・リレーションズ(PR)に当たるもので、「企業価値最大化」・「資本コスト最少化」がそのねらいである(図1参照)。
一方資本取引の国際化とともにディスクロージャーはグローバル(地球的)な調和が重要なテーマになっている。同時にわが国の場合は国際的調和に沿って制度的に抜本的改革を迫られており、自発的ディスクロージャーも整備、強化が望まれ、アナリストの独立性も課題である。またインターネットなどによる高度情報化の進展とともにデスクロージャー方法などその在り方も問い直されている。
第1章制度的ディスクロージャー
1.制度化
ディスクロージャーが制度化されたのは米国で、1929年の株価大暴落とその後の経済恐慌で証券取引に詐欺、横領が横行、混乱した。これを正常化させるため1933・34年の証券法・証券取引法が制定された。このなかに投資家保護のためには有価証券届出書など証券の発行者がその経営情報を開示する考え方が導入された。この段階では不正取引を防止するのがねらいで、嘘の情報を取り締まる性格であった。いわば情報開示の最低限を規定したもので、これをもとに米国のディスクロージャーはその後発展していく。
わが国の場合はディスクロージャーが制度化されたのは第2次世界大戦後でGHQ(連合国最高司令部)がなかば強制的に導入した。証券取引法のもとに有価証券報告書・有価証券届書が制度化された。企業会計原則にもとづく財務諸表規則が規定され、貸借対称表・損益計算書・剰余金計算書が報告されるようになった。会計報告以外には当初は機械設備の工場別設置台数など詳しい内容やマーケットシェアーなど戦後の混乱のなかで計測がかなり難しいものまで含んでいた。戦前、日本は産業の頂点には財閥が「君臨」していた。戦時には財閥と軍が結びつき国家統制下に産業が編成された。企業の情報開示は商法中心に行われていたが、情報の対称性確保にはほど遠い、むしろその対局にあった。「1940年の国家総動員体制」が現在でも経済体制の背景にあるといわれるが、民主主義や自由経済体制を否定するものであった。
戦後、GHQによって農地解放とともに財閥が解体され「証券民主化」が政策目標となったため、これを十分徹底させるには米国流のディスクロージャーが「直輸入」された。ただ旧財閥は持ち株会社が支配していたが、これが「民主化」されたので持ち株会社の会計である連結決算は導入されなかった。以降単独決算がわが国の会計報告の主流となって現在に至っている。
GHQによる占領体制がサンフランシスコ講和条約の締結で終結したあとあまりにも急激な改革に対する「反動」があり、ディスクロージャーも揺り返され有価証券報告書の内容はその後簡素化の歴史をたどる。また従来の商法の計算書類規則による会計報告と証券取引法による財務諸表規則によるそれとの歩み寄りがわが国の制度会計の戦後の歴史であったといっても過言ではない。
制度会計の拡充は1970年代の連結決算の導入、半期報告書への切り替えなど整備され、ディスクロージャー全体も1980年代後半のインサイダー取引防止のためのタイムリー・ディスクロージャーの制度化などが進み、会計報告が正しいものであることを担保する監査についても制度の確立、監査の法人化(監査法人)、監査役の強化、業務監査の制度化など体系化されていった。
2.ディスクロージャーの「考え方」
ディスクロージャーを経済理論的に意味づけられたのは1970年代になってからで、それは「情報の対称性」という考え方である(注1)。価格形成が公正・円滑に行われる自由市場経済下においては証券を含め商品・サービスの価格はその品質に関する情報が「対称的」になるまで売り手、買い手の間でよく知られているいないと価格形成が歪められるというもの。「量的」には需要と供給の大きさが価格形成に影響を与えるが、その質に関する情報が売り手または買い手に偏っていると情報を保有している方が優位になりその分「超過利益」を取得し、これが高進するとやがて情報取得に関して劣後者は市場から去っていきやがて市場は崩壊する。また情報の非対称性下では証券・商品・サービスの選択に「逆選択」が起きるので市場全体が非効率になり、国民経済的、ひいては国際経済的にも資源の配分が効率的に行われなくなる。証券取引の場合、家計の貯蓄と産業の資金調達を効率的に結び付ける、つまり家計は貯蓄の形成を企業は資金の調達を公正・円滑に行うのがデスクロージャーである。
同時にディスクロージャーはコーポレート・ガバナンス(企業統治)の観点からも重視されるよになった。ディスクロージャーによって企業のプリンシパル(依頼人)である投資家を含む株主や債権者はエージェント(代理人)である経営者を統治するうえで欠かすことのできないのがディスクロージャー情報である。むしろディスクロージャー情報によって判断するしかないないのである。株主・債権者は経営者との情報の対称性確保が自由市場経済の要といえる。プリンシパルの範囲を広げて従業員消費者、地域住民など含める考え方もあるが、ここではプリンシパルは主に株主・債権者を考える。エージェントは株主・債権者に反して危険を犯すことがあるが(エージェンシー・コスト=機会費用の増加)、情報伝播が徹底していればそれが防げる。従ってディスクロージャーはエージェンシー・コストを引き下げる効果がある。ちなみに株主・債権者(貸付者)と密接な関係のある経営者による「系列取引」のもとではチエック機能が働かず異常な経済(バブル現象)がもたらされることは1980年代後半の日本経済で実証された。
3.有価証券報告書について
制度的ディスクロージャーは主に発行市場(プライマリー・マーケット)に対して行う有価証券届出書と流通市場(セカンダリー・マーケット)に対して行う有価証券報告書がある。これれは証券取引法に基づくものであるが、これ以外に商法上は株主に対し財務諸表案を含む株主総会招集通知を送り、同総会後事業報告書を送付する。さらに税務署に対して所得の申告を行うが、これは本来は公開されない。大口の税額のものは公示される慣例になっている。
こうした決算情報は定時ディスクロージャーの根幹をなすものである。このため上場・店頭公開会社は決算役員会で決算を内定し次第、記者発表することをなかば義務づけられている。発表翌日には新聞紙面に売上、利益、配当など「決算短信」の形で掲載される。3月決算会社なら5月から6月にかけて一斉に発表される。これをもとにジャーナリズムやアナリストが盛んに経営分析を行う。3月決算会社の有価証券報告書は6月末までに大蔵省・証券取引所に提出される。冊子の有価証券報告書(CD−ROMもある)が大蔵省印刷局から政府刊行物センターで売り出されるのは8月から9月である。米国ではSEC(証券取引委員会)のインターネット・ホームページから決算後2カ月余りで法規に基づく企業報告書をほぼ無料で見ることができる。
ディスクロージャー制度の根幹をなす有価証券報告書は現在、次のような構成になっている。
(1)定性的情報
1)社名、代表者名、所在地、沿革、ディスクロージャー(連絡者)担当者名、配当政策等基本的項目
2)役員の名前、生年月日、学歴、職歴、持ち株数など経営陣の情報
3)従業員の男女別人数、平均年齢、平均勤続年数、平均給料、労働組合の上部団体加盟状況など労働に関する人的情報
4)事業目的、事業内容、事業組織、生産工程、技術の導入・供与、資本提携・合弁事業など経営上の主な契約、研究開発活動など事業概要
5)製品別生産・販売・在庫など営業に関する情報
6)工場別設備・機械、リース・レンタルの設備、設備の新設・更新計画
7)子会社・関連会社との関係など企業集団に関する情報
8)企業集団の研究開発に関する情報
9)関連当事者との取引の情報
10)事業分野・事業地域別業績を示すセグメント情報
11)事業分野の偏りなど(信用)リスク情報
12)重要な会計方針、連結の範囲・持ち分法の適用など連結財務諸表の基本となる事項
13)監査報告書
(2)定量的情報
1)単独・連結の主な経営指標、資本金・株式の所有構造・大株主名簿、株価の推移、自己株式の所有状況など会社の概況
2)貸借対照表
3)損益計算書
4)利益金処分計算書
5)製造原価明細書
6)販売費・一般管理費
7)一時所有有価証券・投資有価証券・関係会社有価証券各明細書
8)有形固定資産明細書
9)社債明細書
10)長期借入金明細書
11)資本金明細書
12)資本剰余金明細書
13)利益準備金・任意積立金明細書
14)減価償却明細書
15)引当金明細書
16)相手先別受取手形・同売掛金・同支払手形・同買い掛け金・短期借入金明細・設備関係支払手形など資産・負債の主な項目の明細
17)短期・長期保有の有価証券の時価、先物・オプション取引状況、為替予約の状況
18)資金収支の実績・計画
19)連結決算書(貸借対照表、損益計算書、剰余金計算書)(定性・定量の分類は項目の定義が明確で計量的分析の上で比較可能なもを定量、「不可能」なものを定性とした)
第2章自発的ディスクロージャー
1.タイムリー・ディスクロージャー
決算書などの定時ディスクロージャーにたいして「事件・事故」などをきっかけに行う適時(タイムリー)ディスクロージャーがある。インサイダー取引防止のため制度化されたので制度的ディスクロージャーの部類に入る部分があるが、ことの性質上自発的に行われなければ意味がないとの考えからこの章で扱う。証券取引所が販売している(2200円)「会社情報適時開示の手引き」によると適時開示が要求される項目として
(1)決定事項に関する情報:増減資、株式分割・併合、配当、新製品の企業化、倒産など財政・経営に重大な影響を及ぼす事項合計23項目
(2)発生事項に関する情報:災害、主要株主の異動、訴訟の提起、債務免除など金融支援、資源の発見、手形の不渡り、親会社・子会社の倒産など17項目
(3)決算に関する情報:決算内容、業績予想の修正、配当予想の修正、保有有価証券の含み損。
いづれの項目も重要なものばかりで企業価値を決定的に左右する。このため発行体の適正な対応が問われる。後で述べるインベスター・リレーションズを行うにしても発行体はこうした項目について絶えず配慮しておかねばならない。またタイムリー・ディスクロージャーは文字通り発表のタイミングが問われる。ただこのような情報を当局が管理するのは一部を除いて困難とみられ、「報道統制」になりかねない部分もあり、やたらに規制すべきものでもない。また「ウワサ」が市場にながれることもあり、「釈明」の発表がなされることもある。「風説の流布」は法的に罰せられるという規定もあるが、むしろ「系列取引」のもとでこれら重要事項を事前に銀行や大株主(機関投資家)に知らせていたため1980年代後半のバブル現象が起きたという指摘もある。
さらに、一定の定義をもとに予想の修正発表もさせているが、そもそも決算予想は「会社自ら行ない公表するのがよいのか」という疑問もある。予想はアナリストやジャーナリストなど中立の第3者が行うのがよいのではないかという考え方もある。
2.インベスター・リレーションズ
ディスクロージャーを自発的に行い、結果的に企業内容が投資家等によく理解され市場で企業価値が高まるよう活動を行うことをインベスター・リレーションズ(投資家向け企業広報、IR)と呼んでいる。社内に組織的にこれを行う部署を設け、「株主通信」などIRの各種資料を作成、株主だけでなく「潜在株主」の投資家に配布または発表会を行う。またアナリスト向けにミーティングを随時行う会社も増えている。このため証券アナリストの存在も重要になってきた。これまで株式投資に関する情報を提供してきただけのアナリストからファンド・マネージャー、ストラテジストなど幅広くなり、債券についても信用リスクを判断する格付け情報を提供するアナリストも定着してきた。
インベスター・リレーションズは当面の業績見通しより、経営理念・経営方針、長期計画、技術開発、市場開拓など戦略が語られる場で、質疑応答によって「情報の対称性」が図られる。株主総会が法人株主化で形骸化しているため本来の機能を失っている。本来は株主総会のような「責任ある」場でこのような長期戦略が語られるべきである。株主総会の正常化がIRの第1歩であろう。
第3章 ディスクロージャーの課題
わが国のディスクロージャー、なかでも会計システムは「大いに国内的で且つ国際的にはワク外」(注2)と海外から指摘されている。このような指摘を受ける理由はある。資本取引の国際化が活発な中で、国際会計基準委員会(IASC)や証券監督者国際機構(IOSCO)がかねて企業財務の比較可能な国際的会計基準の設定など国際的調和に動いているが、資本の流入・資本の輸出の盛んなわが国は積極的にこれを推進するでなく、むしろ極めて消極的で、未だ態度を明確にしていないことが問われている。
国際会計基準はすべて連結決算を対象にしている。ところがわが国の連結決算は証券取引法上の規定で「単独決算の補助資料」と位置づけられている。そもそも連結決算は持ち株会社の会計であるが、わが国は財閥解体以来独占禁止法で(純粋)持ち株会社(ホールディング・カンパニー)を認めていないため、(事業)持ち株会社の連結決算が提出されている。このため米国要請されたセグメント会計や関連当事者との取引情報は目的に反しいびつなものになり、ディスクロージャーの効果は殆どなかった。
しかしより根本的には、連結決算は商法上認められているわけでなく、「連結配当」の考え方もない。さらに税法上「連結税制」も認められていない。社債はその規定は商法によるため証券取引法のみの規定による連結財務諸表をこれに適用するには無理がある。商法・税法からみると連結決算の「法律的有効性」が極めて低い。証券取引法の財務諸表は大蔵省(企業会計審議会)が、商法の計算書類規則は法務省(法制審議会商法部会)が、税法は大蔵省(税制調査会)がそれぞれ「縦割り」で担当しているため、このような結果を生んでいる。国際会計基準に近づくには、審議会を超えたもっと高度な政治的次元での検討が必要で、まず国内的な連結会計システムの抜本的見直しが求められる。。
同時に商法・証取法・税法の会計基準はトライアングル・システムといわれそれなりに評価する向きもあるが、事実上は会計処理は税法に基づき行われており、確定決算主義や取得原価主義によっている。「土地神話」が行き過ぎ崩壊したのにもかかわらず、土地の簿価は19世紀的なままで21世紀を迎えようとしている。日本の大会社の企業年金の時価は要積立額にたいし40%も不足していたことが米SECへの報告で初めて明らかになった。ちなみに日本の企業の米国流連結と日本式のそれとは利益が5割(米国式が大きい)も違う。日本式は資本市場に対する表現力が乏しい。
銀行のディスクロージャーは銀行法上は開示項目がほぼ「任意」のためディスクロージャーの基本的要件を満たしていないうえ証券取引法上は「治外法権」的存在になっている。このような金融・証券行政の「由らしむべし知らしむべからず」の体質がディスクロージャーの考え方とは対局にあり、根本的な改革が必要になっている。わが国が市場経済体制を強化しようとするなら「知らしべからず」の考え方を捨てて行政の情報公開を自ら行うことも含め根本的改革の時期にきている。「情報の大公開時代」の到来といえよう。
(注1)
George A.Akerlof,THE MARKET FOR "LEMONS":QUALITY UNCERTAINTY
AND THE MARKET MEC-HANISM ,Quaterly Journal of Economics,1970 489-500p
(注2)
Frederick D.S Choi & Gerhard.Mueller,INTERNATIONAL ACCOUNTING,
Prentice Hall,2nd edition,1992,100-107p
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