インターネットにより米国の会計実務を学ぶ
今年(1997年)5月16日の参議院本会議で改正商法が可決し、成立したことで、6月1日からストックオプション制度の導入が決まった。6月2日、日本経済新聞夕刊によれば、上場・店頭公開企業の29社が導入するとしている。 議員立法では必然的に発生する関連法規の調整が後回しとなり、ご多分にもれず、会計処理、開示、一株当たり利益の計算方法、税法の取り扱い(法人税および所得税)など整備されていない状況にあり、今後の整備を待たなければならない。
商法改正の内容は、使用人に譲渡するための自己株式取得規定(商法第210条の2)を、@従業員のみから役員にも対象を拡大する(商法第210条の2第1項)、A自己株式保有期間を6ヶ月から10年に延長する(商法第211条)、B取得できる株式数の上限を発行済み株式総数の3%から10%に引き上げる(商法第210条の2第1項および第3項)、というものである。
ストックオプション制度とは、自社株式をあらかじめ決められた価格で購入する権利を従業員、管理職、役員等に与える制度である。自社株を与える方法は、@新株引受権を与える、A 市場から会社が自社株式を購入しておき与える、B分離型新株引受権付社債を発行し、分離した新株引受権を買戻して与える方法(擬似ストックオプションといわれる)がある。
ストオクオプション制度に参加した従業員等は、株価があらかじめ決められた価格より上昇した時に会社から自社株を購入して売却すると、あらかじめ決められた購入価格と譲渡価格の差額が利益として得ることができる。一方、会社は給与や報酬という形で自己資金を使うことなく、従業員等に利益を与えることができる。
米国では、自己資金の乏しい上場直前の企業が人材確保のため採用し大きな成果をあげ、現在では、フォーチュン誌掲載の大企業1000社のうち90%以上が採用しているという。
会計処理について
連結財務諸表は、今年2月7日の企業会計審議会の「連結決算制度見直しに関する意見書案(公開草案)」において、「第二部 連結財務諸表の改訂について、8.(3)自己株式等の取り扱い」によれば、「現行の連結原則注解では、自己株式及び子会社が所有する親会社の株式は、資本の部から控除する形式で表示することとされているが、自己株式等の取得は原則として禁止されており、例外的に取得しても短期間のうちに処分することが必要とされているため、売却目的の自己株式及び子会社の保有する親会社株式については、個別財務諸表と同様、流動資産として表示し、その売却差額は損益として処理するものとする。なお、利益消却目的の自己株式については、連結決算日において失効手続きが完了したものとみなして表示することとする。」としていた。
6月6日付の「同意見書」では、次のように変更している。「(3)自己株式の取扱い、自己株式及び子会社が所有する親会社の株式は、株主に対する資本の払い戻しとしての性格を有していると考えられるため、資本に対する控除項目として表示するという現行の取扱いによることとする。」 草案とは180度変更しているが、変更の理由は何等記載されていない。
では、個別財務諸表の資産計上するという商法の論理はどうなるのだろうか。
保有期間が10年間に延長され実質的に長期間保有することになれば、会計的にはワン・イヤー・ルールが適用され、市場から購入した自己株式を流動資産に計上するのは適当ではなくなり、非流動資産となり「投資等」に表示されることになる。資産となれば、購入価額と従業員等への譲渡価額の差額は売却損益として損益計算書に含めることになるし、期末には低価法による評価損を計上することになる。評価損や、売却損益の計上は相応しいだろうか。自己株式の範囲が緩和され、発行済み株式総数の10%となり金額的に大きくなる可能性がある。
この自己株式の性格は資産というよりは、資本から控除する性質のものではないだろうか。総資本利益率(=純利益/総資産x100%)、自己資本利益率(ROE=純利益/資本の部合計x100%)を考慮すると、純利益に貢献しない自己株式は、総資本(総資産)を構成しするに相応しくない。
会計に関する開示の内容について
現行商法および会計原則には開示については何も触れていない。何を、どの程度開示するかは今後の検討によることになろう。
証券取引法に関する証券行政では、今年5月30日付の「企業内容開示に関する取扱通達」により、有価証券届出書(第2号様式)、有価証券報告書(第3号様式)で、@「株式の状況」欄に「ストックオプション制度」の項を設けて、ストックオプション制度全体の概要の説明(付与の対象者、株式の種類、株式数、権利行使期間、権利行使についての条件の記載を含む)A「使用人への譲渡に係る自己株式等の状況」欄の記載(取締役への譲渡も含む)B「資本金の推移」欄に転換社債や新株引受権と同様に、新株発行予定残数、発行価格、資本組入額、発行予定期間を注記する。
米国方式は、財務諸表に株主持分計算書(Statement of Stockholders' Equity)を含み、ストックオプションの行使、自社株式の購入、新株式引受権の行使、転換社債の転換、新株の発行など、資本金、資本準備金、剰余金などの期中増減および残高を示した計算書があり、株主持分の内容が一目で分かるようになっている。また、ストックオプションを含む資本の変動に関する注記を参照するようになっている。
連結財務諸表の改訂についての企業会計審議会の意見書は、キャッシュフロー計算書が新たに作成することになったが、資本の部の計算書は、連結剰余金計算書を除いて、何故か含まれていない。
一株あたり利益の計算
財務諸表規則同取扱要領第192の2には、潜在株式調整後一株あたり当期純利益金額の規定があり、「期末に行使されていない新株引受権(これに準ずる権利を含む、以下同じ)のうち期末における行使価格が・・期中平均価格より低いものについて…」と規定があるが、もともと新株引受権付社債を想定した規定であり、新制度であるストック・オプション制度の導入で従業員等に付与する新株引受権または株式購入権とは、希薄化の影響は同様でも明瞭に記載するのが望ましい。
税法について
個人所得税の課税の時期(ストックオプションを付与した時か、株式を購入し譲渡した時に課税か)、キャピタル・ゲイン課税か普通所得課税かの区分が明確になっていない。
法人課税では、現行商法が、自己株式を流動資産に計上し、売却時に売却損益を認識、期末に保有している場合は低価法の評価損を計上しており、法人税もそれを容認している。
インターネトから米国情報を入手
日本で文献を調べるには容易ではないが、当世は、インターネットで米国の情報を直接誰でも何時でも無料(通信料、接続料を除く)でアクセスできる。 我が国では、米国に学ぶ(受け入れるのとは異なる)とすると嫌悪感を持たれる方が多いが、関連する法律、規則、基準が整備されていない現状では、知識・経験の豊富な事例を参考とすれば時間の節約と導入リスクの回避になることには異論はないものと思う。
検索ソフトを使って「Employee Stock Purchase Plan」と検索すると約2百万件のサイトが検索される。年次報告書を含んだ企業のホームページから、従業員株式制度の書籍出版社や、従業員株式購入制度のコンサルタント会社や、税法の解説など情報は満載である。
会計処理と開示例については、SEC(証券取引委員会)のEDGAR DATABASEから米国の上場・ナスダック公開会社などの有価証券報告書が見られるし無論ダウンロードし印刷もできる。また、各社のホームページに年次報告書を提示しており財務諸表を見ることができる。下記は、ほんの一例であり賢者の更なる研究が期待される。
会計処理と開示
財務諸表の開示例を見ると、会計処理および開示の双方が解る。適当なホームページ゛を覗くと次のような典型例が見られる。
普通株式
1995年9月25日に、取締役会は株式配当(stock dividend)により1株に対し2株となる株式分割(stock split)の承認を行った。1995年11月25日に、1995年10月25日の業務終了後の株主名簿記載の株主に対して株式を交付した。1994年の会計年度の全ての株式と一株あたり金額は、この株式分割を反映させるため再表示(restate)してあります。
1996年に、普通株式を457,500株について$7,205,000で購入しました。1996年に購入した株式のうち 396,500株は1996年9月30日に有効期限が到来する取締役会の事前承認に基づいて購入したものです。
1996年9月に、取締役会は、1997年9月30日までに会社の普通株式をストックオプションに関連して発行する株式を含む種々の目的で会社の株式を購入することが現金の有効活用と信ずる場合は、会社の普通株式を3,000,000株購入できることを承認をしました。
1996年11月30日現在、再購入のため承認されている普通株式は、2,939,000株あります。
ストックオプション
1994年8月に、会社の株主は「1994年株式報奨プラン(1994 Stock Incentive Plan,"1994Plan")」および1993年取締役ストックオプション・プラン(1993 Director's Stock Option Plan,"Director's Plan")を承認し適用しました。
1992年4月に、株主は、1992年報奨および 非適格ストックオプション(1992 Incentive and Nonquarified Stock Option Plan,"1992 Plan")を承認し適用し、1984年報奨ストックオプション(1984 Incentive Stock Option Plan、"1984 Plan")は終了しました。.1984年プランで付与しましたオプションで未行使部分は契約条件内で未だ行使可能ですが、1984年プランの基で新たなオプションを付与することはありません。
1994年プランはオフィサー(業務執行役員)、従業員およびコンサルタントに対し株式報奨金を付与することができます。1994年プランの報奨金は、ストックオプション(報奨および非適格の双方)、条件付き株式の付与、株式の無制限の付与、事業目標達成や株価上昇の達成による株式の付与を含んでいます。
取締役のプラン(Director's Plan)では、非従業員である各取締役は、最初に取締役に就任した日に普通株式20,000株を購入するオプションが与えられる。 1993年12月31日現在就任中の非従業員である全ての取締役は、一度だけ自動的に20,000株を購入するオプションを付与される。また、取締役は再選された時は、以前にオプションを付与されていても、追加の普通株式20,000株購入のオプションを付与される。全てのオプションの行使価格はオプション付与の日の公正な市場価値である。全てのオプションは付与の日から6年間以上付与されます。
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合計2,000,000株が、1992年プランおよび1994年プランに関して発行でき、そのうち 1996年11月30日で1,226,716株が付与可能です。合計300,000株が取締役のプランで発行可能で、そのうち180,000株が1996年11月30日に付与可能です。
ストックオプションの付与および行使状況の一覧は次の通り;
1995年10月に、財務会計基準委員会(Financial Accounting Standards Board )は財務会計基準書第123号“株式による報酬の会計”(Accounting for Stock-Based Compensation、SFAS 123)を公表した。会社はこの基準を1997年の会計年度の最初の四半期から適用する。SFAS 123が認めている通り、会計基準委員会意見書第25号“従業員に対して発行する株式の会計”(Accounting for Stock Issued to Employee、APB Opinion No.25)を継続して適用しSFAS123が要求している概算数値の開示を行います。適用による連結財政状態および業績の結果に与える重要な影響はありません。
従業員株式購入プラン(Employee Stock Purchase Plan)
1991年従業員株式購入プランは適格の従業員に会社の普通株式を最高 300,000株を市場価値の85%で購入する権利を与えています。このプランで、1996年、1995年および1994年に、それぞれ、47,429株, 25,118株および 19,120株発行しました。1996年11月30日現在、186,987株がこのプランに関し行使可能で発行のため保有されています。
以上が、米国の財務諸表(年次報告書・アニュアルリポート)に示されたストックオプションに関する会計処理および開示であるが、米国税制が反映して分かり難いところがある。
米国税制の概要
米国の税制上、奨励型ストックオプション(Incentive Stock Option)と非適格ストックオプション(Nonquarified Stock Option)とに分類され、個人所得税の課税と法人側の所得税の課税と密接に連動している部分がある。奨励型は、従業員側は売却時にキャピタルゲインとして低率で課税される。非適格の場合は、権利行使時に行使価格とオプション付与時の市場価格との差額が普通所得(Ordinary income)として課税され、売却時に売却価格とオプション付与時の市場価格の差額がキャピタルゲインとして低率課税される。
一方、会社側は、非適格オプションは行使時に個人の普通所得相当分の控除(deduction)が認められる。株主持分計算書に示された「ストックオプションの行使から生じた税効果」は、法人所得の申告に祭し控除された税金相当額を、借方.税金−税効果/貸方.資本準備金として処理されたもので、法人所得税に関する財務諸表の注記に同額税効果計上額として明示している。 適格、非適格の要件などを含め税制が複雑であること、紙数が限られるところから、米国税制の概要もインターネットから取得できますので、ご興味のある方是非とも研究していただきたい。
おわりに
ストックオプション制度は、会計処理と開示の問題として、会計基準の設定が待たれる。
商法の計算書類では、証券取引法の財務諸表での開示では、どのようになるのか待つしかない。商法、税法、証券取引法の「トライアングル」か、「三すくみ」かが試されようとしている。個別財務諸表が資産計上で、連結が資本からの控除というように、同じ自己株式が理念を違える。理念が異なれば、損益も変わる。調整できないものなのだろうか。
作成者、投資家、会計監査人およびその他の財務諸表利用者は、明快な回答を求めている。
公認会計士 横山 明
1997年6月16日
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