公認会計士 横山 明
はじめに
ある著名な学者が、地球温暖化の問題に関し「一番の問題は、人々が無関心であることだ。氷河期の地球の温度差は年間平均2度から3度に過ぎない。人間の体温が2度上昇すれば熱があり病気ということになる。地球も同じだが、地球のことになると人々は無関心になる。」と言っている。 地球温暖化と会計とは分野を異にするが、日本は会計のことになると相対的に関心が薄い。
日本のデイスクロジャーが遅れているという、なぜ、そうなったのか、そもそも、デイスクロジャーは誰のために何をどの程度開示することなのか、企業に会計処理や開示を求めるにあたって、商法や財務諸表規則などで強制する日本の仕組みは急激に変化する経済や国際化に機動的に対応できるのか、日本では、こうした本質的問題に答えているだろうか。
国際会計基準が1998年3月を目標に最終結論を出そうとしており、米国財務会計基準委員会(FASB)も国際会計基準との調整を急いでおり、米国証券取引委員会(SEC)も承認する方向でいるなか(1995年SEC年次報告書より)、日本では遅れ馳せながら、改訂連結財務諸表、企業年金会計、金融商品の会計、税効果会計、キャッシュフロー計算書など山積する会計規準を急場しのぎで新設しようとしている。
住専7社にかかる不良債権に関し、現実に「公認会計士の会計監査の無力を露呈」したことを否定しないであろう。元公認会計士協会会長の論文で、「会計監査人の責任において住専会計情報に物申すチャンスは、94年末の半期報告書、95年の春の有報、95年末の半期報告書の3回あったのではないか」といい、「一般に認められた会計基準(GAAP、Generally Accepted Accounting Principles)」「一般に認められた監査基準(GAAS、Generally Accepted Auditing Standards)」は日米間に格差はないはずである。」としている。 戦後50年の制度会計と制度監査からそういった認識を持ったとしても、会計基準および監査基準の不備な日本では不思議ではない。
倒産した京樽の倒産前の有価証券報告書は、倒産を予兆する財務諸表にはなっていないが、含み損や偶発債務損失を計上した倒産直後の財務諸表を見ると、まったく違った債務超過の財務諸表が現れてくる。株主にとっては、騙されたという思いではなかったか。表現はきついが、詐欺行為にあったようなものではなかったか。 では、担当していた公認会計士に全て責任があるといえるのだろうか。本質は、会計基準が未整備または不十分なことからきており、会計規則設定責任の方により大きな責任がある。株主や債権者保護のためには開示基準を含んだ会計基準の整備・充実も重要な要素であるからである。
住専および京樽の会計監査では、監査意見の基礎となる我が国の商法および「企業会計原則」が、資産の評価について原価主義を認めている以上、含み損失を計上しない企業に不適正意見を述べる根拠が希薄である。 税法では損失が確定するまでは損金算入を認めないが、「有税償却」といった誤解を招く表現が定着しており、経営者は税金を余分に支払うと誤解している以上、含み損失を引当て計上することはない。含み損失を計上しようがしまいが、課税所得の金額は「不変」で(含み損失を計上した場合、含み損失を課税所得に加算するから課税所得は不変となる)、当然のこととして税額も「不変」である。これがなぜ「有税」であろうか。余分に税金を支払うわけではない。会計上は発生時の費用または損失とし、税務上は損失確定時の損金となり、損金算入の時期が異なるすぎない。従って、「有税」として余分に支払う税金は無い。「有税償却」という用語が、日本の会計慣行として定着している以上、含み損失を計上する経営者は少ない。
会計監査人は、監査意見を述べるための根拠となる会計基準が整備されていない以上、含み損失について引当て計上していないとしても否定的意見や、限定意見を述べるのは非常に困難である。不良債権を例に取れば、商法規定に、わずか二行に「金銭債権ニ付イテハ其ノ債権金額ヨリ取リタツルコト能ワザル見込額ヲ控除シタル額ヲ超ユルコトヲ得ズ」とし、企業会計原則にも偶発損失の計上基準が同様に一・二行の短い文章で規定しているが詳細な記述はない。これでは、人により解釈に大きな幅ができる。これが、米国の会計基準と本質的に違わないものといえるのであろうか。私は、本質的に異なっているものと思う。 米国基準では、資産の評価の大原則を正味実現可能価格(Net realized value)以下で示すこと(ARB、会計調査通牒に規定)、偶発事象の会計基準(FASBのContingenciesの基準に規定)に偶発損失の例示としてより具体的に計上要件および開示の基準を規定しており、また最近では将来回収額を現在価値で表示する会計基準を採用(明文はなかったが、長期に回収される債権については従来から行われていた)している。日米では、本質的に異ならないと認識している人が多いが、論理的整合性に配慮したかなり詳細な会計基準があるとないとでは大違いである。企業や会計監査人などの関係する当事者が認識を統一できるか否かに関わるからである。
日本の制度会計は、財務諸表作成者、会計監査人、読者など、それぞれ自分の都合のよいように解釈できる余地があまりにも多い。商法、税法、証券取引法の会計をトライアングルと称しあたかも調和が取れているような表現があるが、新たな会計基準を設定しようとすると相互に「三すくみ」となり身動きできないのも事実である。 株主保護や債権者保護には、「三すくみ」とならない「独立した会計基準」の整備および充実は欠かせない。 住専、ノンバンク、京樽などから教訓を得たはずであるが、なぜか会計基準には言及されない。不思議である。
米国における会計基準
米国の会計基準には、民間企業を対象にし証券法・証券取引法適用会社のみでなく不適用会社を含めた企業の会計基準、非営利組織を対象にした会計基準、地方自治体を対象とした会計基準、国家の財政を対象とした会計基準がある。 会計(accounting)あるところに説明責任(accountability)あり、説明責任あるところに、その基礎となる会計基準ありというところだろうか。米国では、それぞれ次の設定機関(連邦政府の会計基準を除き、プライベートセクター)が会計基準を設定しており、インターネットを通じ情報を無料で入手できる。
1.米国財務会計基準委員会(Financial Accounting Standards Board 、FASB)
財務会計基準委員会(FASB)は、民間企業(private sector)の会計基準を設定しており、米国公認会計士が民間企業の財務諸表に監査意見を述べる場合に適用される「一般に認められた会計基準(generally accepted accounting principles)」に該当し、上場企業に限定されず証券法および証券取引法を適用されない非上場企業にも適用される。米国の会計事務所では、非上場企業の任意監査も広範に行われており重要な部分を締めている。 米国証券取引委員会は、会計原則の設定を放棄しているわけではないが、会計連続通牒150(Accounting Series Release、ASR150)で会計基準の設定はFASBにあることを明文で示している。FASBの会計基準書は、翻訳本や解説本が多数でており、また、最近では、米国公認会計士の資格試験の受験学校まであり米国公認会計士の取得者を輩出しており、広く知られるところとなっている。
(インターネットのURLは、http://raw.rutgers.edu/raw/fasb/welcome.htm)
2. 地方自治体会計基準委員会(Governmental Accounting Standards Board 、GASB)
地方自治体会計基準委員会(GASB)は、州や地方自治体の非営利組織(not-for-profit organization)に関する会計および財務報告基準を設定している。GASBは1984年に財務会計基金(Financial Accounting Foundation 、FAF)の一部として設立され、財務会計基準委員会(FASB)は、FAFの基に企業の会計基準を設定している。1984年7月、GASB基準書第1号は「国家評議会の政府会計の声明書および米国公認会計士協会(AICPA)の業種別監査ガイドの適用(Authoritative Status of the National Council on Governmental Accounting Statements(NCGA) and AICPA Industry Audit Guide)」を発行している。その内容は、1974年に米国公認会計士協会(AICPA)が公表した業種別監査ガイドに含まれている「地方政府の監査(Audits of State and Local Governmental Units)」、およびNCGAの会計に関する声明書を適用する(権威付け−Authoritative Status)というものである。基準書第2号は、1986年1月発行され、内国歳入規則セクション457の条文に関する繰延べ報酬プランの財務報告(Financial Reporting of Deferred Compensation Plans Adopted under the Provision of Internal Revenue Code Section 457)というものである。第3号は、1986年4月発行の「金融機関に預けている預金、買戻し条件付き契約を含む投資、および逆購入契約(Deposits with Financial Institutions、 Investments(including Repurchase Agreements)、 and Reverse Repurchase Agreements)、第4号は、1986年9月発行し、FASB基準書第87号雇用者の年金会計の地方政府雇用者への適用性(Applicability of FASB Statement No.87、"Employers' Accounting for Pensions、" to State and Local Governmental Employers)、第5号は、1986年11月、公の従業員退職制度における年金情報の開示、および地方政府雇用者の年金情報の開示(Disclosure of pension Information by Public Employee System and State and Local Governmental Employers)などがある。地方自治体、公務員退職金制度、地方自治体が設立の公共法人、病院、大学などを対象としている。
(URLは、http://www.financenet.gov/gasb.htm)
3. 連邦政府会計基準助言委員会(Federal Accounting Standards Advisory Board 、FASAB)
連邦政府会計基準委員会(FASAB)は、1990年10月に、財務長官、予算管理局長(the director of the Office of Management and Budget 、OMB)および会計検査院長(the Comptroller General of the United States)によって設立された。FASABの役割は、連邦政府およびその出先機関(agencies)に関する会計基準を上記三者に勧告することである。三者が勧告に賛同した場合、会計検査院長と予算管理局長は会計基準を公表し発効する。適用対象は、全ての連邦政府機関である。会計検査院(General Accounting Office 、GAO)は連邦議会に属する調査機関である。公の資金の収入および支出を調査し、政府の政策および実施活動を監査および評価を行う。 基準書第1号は「特定資産および負債の会計」、第2号は「直接貸付けおよび貸付保証の会計」、第3号は「棚卸資産および関連資産の会計」、第4号は「管理原価会計の概念と基準」、第5号は「負債の会計」、第6号は「有形固定資産の会計」、第7号は「収入およびその他の運用益の会計」、第8号は「補足的貢献情報の報告」で、概念書が二つ出されており、概念書第1号は「連邦財務報告の目的」、第2号は「会計報告単位と表示」である。FASBの会計基準設定手続き同様、公開草案(Exposure Draft)を公表し広く意見を求め(形式的ではない)、最終結論を導き出すまでの経緯を公表している。
(URLは、http://www.financenet.gov/fasab.htm)
4.総括
それぞれの会計基準に共通していえることは、次のことがいえるのではないだろうか。
■ 説明責任と財務報告について
それぞれの会計基準が、会計基準の概念書(Concepts)を公表しており、なぜ財務報告が必要か、誰に報告するのか、どのような報告書が必要かなど、会計基準設定の目的から詳細に規定しており、会計基準を理解する上で役立つばかりでなく、目的に整合した基準書を作成しようとする姿勢がうかがえる。
会計あるところには、資金の使途、業績ないし行政遂行の内容、財政状態を簡潔明瞭に説明する責任(Accountability)とそれを具体化した財務報告(Financial Reporting)がある。財務報告には作成の基礎となる会計基準がある。 作成者には、説明責任がある。 財務報告の報告先は、企業であれば、株主、債権者、借入先、従業員、国税当局、規制業種であれば監督官庁などが挙げられよう。非営利組織であれば、市民、監督当局などであろう。地方自治体であれば、市民、地方議会、行政当局(予算管理局など−予算の実行を監視する機関)など、国であれば、国民、議会、行政の長、会計検査院(議会に属し国家会計を監査し議会に対して監査報告する機関)、に対して簡潔にして明瞭に報告し説明する責任があろう。報告が、単なる数値の羅列であったり、難解であったり、詳細すぎて全体が分からなかったり、分量ばかりで内容に乏しかったりしては、報告の価値はない。 簡潔すぎて内容が分からなかったり、詳細すぎて分量が多すぎても利用価値は減少する。簡潔明瞭に分かり易く報告するための基準は必要となる。
■会計基準はそれ自体で完結していること
一つの会計事象について、会計処理の基準と開示基準がセットで設定してあり、適用開始年度と適用開始年度の会計処理まで会計基準を設定して完結している。それぞれの会計基準が、会計基準の概念書(Concepts)を公表しており、なぜ財務報告が必要か、誰に報告するのか、どのような報告書が必要かなど、会計基準設定の目的から詳細に規定しており、会計基準を理解する上で役立つばかりでなく、目的に整合した基準書を作成しようとする姿勢がうかがえる。
我が国の企業会計原則は、企業会計審議会が意見書を作成し、日本公認会計士協会が実務指針を作り、大蔵省証券局企業財務課が財務諸表規則をつくり、適用直前まで適用初年度の会計処理が解らず、それぞれは単独では完結していない。また、財務諸表規則等で、企業の準備期間を考慮して「段階的適用」をするが、財務諸表作成者はおろか、財務諸表利用者にとっては複雑にして難解である。読者は、完結した財務諸表を何時になったら見られるのだろうか。リース会計やセグメント情報が良い例である。欧米では、猶予期間を置くが一括適用し、常に完結した財務諸表を提供する。
■ 会計基準はそれ自体で独立していること
プライベート・セクターである財務会計基金(FAF)は、FASBとGASBを組織に持ちち、FASBが民間企業および非営利組織の会計基準を設定し、GASBは地方自治体および地方自治体の非営利組織の会計基準を設定している。
FASBは特定の法律とは独立して会計基準を設定していることである。 会計基準は特定の法律から独立して、できうる限り横断的に適用できる基準が設定される。業種、上場・非上場、非営利組織、地方自治体、国家に広く適用できる会計基準を必要としてよう。
例えば、基本財務諸表の体系、資産・負債の認識および評価基準、費用・収益の計上基準、偶発事象(損失)の会計、税効果会計、リース会計などの会計基準は、商法・証券取引法適用会社であろうとなかろうと横断的に適用できるものができるはずである。一般企業であろうと、公益法人であろうと、政府の特殊法人であろうと、公立の学校・病院であろうと私立の学校・病院であろうと同様に扱える会計基準は可能であろう。当然、事業の内容の特殊性から事業ないし業種ごとの会計基準の設定も必要となることもある。また、発生主義会計ばかりでなく、収支計算会計が相応しい場合もあり、適用事業体を基準で明記することは可能である。
我が国では、会計規則などは、商法にあっては法務省、証券取引法にあっては大蔵省の行政府が握っていおり、縦割り行政のそのもので、社会の変化に機動的に対応するには無理があり、また、利用者を配慮した会計基準を設定する仕組みとはなっていない。 商法や証券取引法は限られた法人のみを対象としているが、会計基準は本来、非営利事業体を含む広い範囲を対象としている。また、業種によって特別な業種別会計基準が必要になることもある。従って、特定の法律とは独立した会計基準を設定する機関があって重複するような会計規則は資源の無駄ではないだろうか。
我が国に、任意監査の意見形成の基礎となる会計基準があるかと問えば、「商法の計算書類」の監査になるであろうと多くの人が答える。 単年度の計算書で、企業の業績の趨勢は見られない、連結財務諸表がなくてはグループ全体の財務状況は見られないなど、そこから得られる財務情報は非常に限られている。投資家の判断に必要な財務情報は非常に限定されているといえる。 利用者にとっての財務情報の有用性は、会計基準の整備・充実による。財務情報の有用性が増せば、財務情報の価値は増すことになろう。
米国の会計士に財務諸表を作成させると、証券法・証券取引法適用会社であろうとなかろうと、米国会計基準に準拠して、比較(通常二期比較、証券取引法はB/S 2期、P/L 3期比較を要求している)、貸借対照表、損益計算書、株主持分計算書、キャッシュフロー計算書、注記の充実した財務諸表(連結子会社がある場合は連結)を作成する。
残念ながら、日本には、そうした意味の会計基準は未だに存在しない。存在しないなら、「国際会計基準に準拠する会計基準委員会・・解説や実務指針を作成する」なるものをプライベーセクターで設立し、これに準拠した会計実務を導入する仕組みを構築した方が国際的にも理解を得るに近道ではないだろうか。日本企業の財務諸表が海外でも理解され易くなり、資金調達の選択肢が広がることになる。当然のこととして、証券取引法適用会社以外も適用できるようになる。 日本特有の会計事象に関する会計基準が必要となるが(圧縮記帳の会計処理、利益処分が取締役の決議で決まらないなど)、別途具体的指針を同一機関で作成するようにすればよい。日本では不可能であろうか・・・・・
|