文書No.
971001
(アナリスト座談会)
1・モルガン・スタンレー証券 銀林俊彦 バイス・プレジデント 企業のディスクロージャーは、一般的な印象として改善してきている。ただ、前向きというよりは後ろ向きの改善といった方がいい。本当はあまり会社の内容を発表したくないが、他社が決算説明会を始めたから自分の会社もしなければいけないという横並び意識に基づいた後ろ向きの改善のように思われる。 IRというのは本来、経営者の意見を代弁する非常に重要な仕事であるにもかかわらず、IR担当者の会社での地位が低すぎる。会社はIRを仕方なくやっていると考えているのではないかという気がする。株式を公開している企業のメリットというのは、投資家など外部の人間からいろいろな意見をきけるということだ。このようにIRというのは貴重なもので、後ろ向きではなく前向きに活用できるものだ。 経営の透明性という点からもディスクロージャーは必要だ。バブル時代の日本企業では、信じられないような海外での企業買収や設備投資など、論理的でない経営が多くみられた。ディスクロージャーが充実していなかったために、投資を決定する過程がみえないまま無駄な投資が行われてきたのではないか。こういうことを避けるためにも経営の透明性を高めることでリスク回避につながるという観点から、IRを前向きに考えるべきではないか。 また、経営者がアナリストや投資家の前に出てきたがらないという不思議な状況がある。経営者というのは自分の会社をよくしようと考えているはずで、そのことを投資家に訴えるのが本当の姿だ。また、「株主資本利益率一〇%を目指す」など表面上の数字をいっておけばどうにかなるだろうと考えている経営者が多い。それよりも、どのようにして会社をよくしようと考えて経営をしているのかという部分を積極的に訴えてもらいたい。 IRで評価している会社はIR担当者の意識が高い会社だ。化学メーカーでも社長自らアナリストに経営方針や戦略を説明するケースが出てきている。ただ、それも経営者が積極的に臨んだものというよりは、IR担当者の意識が非常に高く、社内的な努力をして社長を駆り出しているためだ。みなさんはこのようなIR担当者を会社で支援して社内で戦っていただきたい。
店頭市場への新規公開社数は年百三十―百四十社の水準が続いており、公開株の入札参加者は大半が個人投資家だ。入札参加者は発行目論見書の範囲内で情報を入手するが、リスク情報に言及した目論見書はあまり見られない。公開後にリスク情報が表面化して、株価が下落するケースも見受けられる。既存の公開企業でも、ソフトバンクのように、暴露本への会社の対応が後手に回り、株価を下げた例もある。 店頭市場は新しい産業に属する企業が多く、経営者が語る内容を、ある程度信用しなければならない面がある。だから経営者に会社の“将来価値”を説明する能力がないと、企業自体の評価が上がらない。 また店頭企業は多くがサービス・流通系で、競争相手も多い。経営者がしっかりしていないと、競争に負けてしまうことにもなりかねない。店頭株への投資判断で最も重要な要素は、経営者の資質だ。 店頭企業の経営者は五十代前後の方が多く、後継者にバトンタッチする例も増えてきた。創業者は能力的に優れた方が多いが、世代交代によって、企業の強みがどうなるか、という点も大きなチェックポイントになる。その意味でも、経営者からもたらされる情報は重要だ。 IRに優れた企業としては大塚家具が挙げられる。社長を補佐するスタッフがしっかりしており、我々が必要とするような情報がIR担当者からも出てくる。リスク情報という点でも、既存の店舗が不調な時期に、今後の立て直し策などについて、社長自身からかなり詳細な説明があった。 発行済み株式数が少ない企業が、規模の大きいファイナンスを実施すると、海外の投資家などから嫌われる例が多いが、同社はその点を十分意識しながら、IR活動を展開し、積極的な資金調達をしている点も評価できる。
銀行のディスクロージャーが二―三年前は考えられなかったほど進んできた背景には、不良債権問題と日本版ビッグバンがある。年初から金融システム不安が広がる過程では、不良債権処理の進ちょく状況が銀行の株価や格付けを大きく左右するようになった。また、外国人を含めた投資家が最も知りたいのは、ビッグバンで各行の収益がどう変わるかだ。株価や格付けが上がれば銀行は資金の調達コストを下げられる。銀行にとって市場との対話が一段と重要になり、IR活動が銀行の経営戦略の大きな柱になってきたといえる。 世界的に銀行の株価は右肩上がりが続いており、これが当てはまらないのは日本と東南アジアの銀行だけだ。米銀のトップの最大の関心は、市場との対話によって投資家の意見を取り入れ、株主資本利益率(ROE)を上げることにある。日本の銀行に似ているといわれていたドイツやスイスの銀行も、ロンドン市場のビッグバンを経てROE重視の経営に転換した。 国内銀行でディスクローズが最も進んでいるのは静岡銀行だ。地域別の収益動向を開示するほか、静岡県の経済活動について細かく説明している。ニューヨーク市場に上場している東京三菱銀行は国内部門、海外部門に加え、市場部門の収益状況を細かく公表しており、銀行で最も分かりにくいディーリング収益について貴重な情報を提供してくれる。 ただ、多くの銀行ではまだ、全国銀行協会連合会の統一会計基準にそって情報を開示すればよいという考えが残っている。しかし、統一会計基準は守るべき最低水準であって、それ以上の有用な情報を積極的に開示してもらいたい。IR担当者は監督当局のためでなく、投資家のためにディスクローズするという意識の切り替えを迫られている。4ソロモン・ブラザーズ・アジア証券橋本隆株式調査部バイス・プレジデント 建設業界では株価が非常に下落している。確かにいくつかの懸念があって下がっている会社もある。ところが全く理由もなく株価が昨年に比べ三分の一に下がった会社もある。経営者は投資家が何を懸念して株を売っているのか、関心を持つ必要がある。 私によく問い合わせがあるのは「バランスシートの中に隠れた不良債権があるのではないか」「連結していない会社に不良資産が隠れているのではないか」といった内容だ。投資家は疑心暗鬼になり潜在的なリスクに敏感になっている。主要な子会社の損益計算書と貸借対照表の実態を開示してほしい。特に含み損の規模など貸借対照表の中身について開示してほしい。 また、単に数字を伝達するのがIRだと考えられると全然違う。企業の将来価値を予測するのがアナリストの役割であり、そのためには企業の中長期的な戦略を知ることが重要だ。IRの窓口を担当しているのは経理や総務、広報といった部署の場合が多く、経営戦略に関する情報が得られない。IRの担当部門は経営戦略の方向を絶えず分かっていてほしい。 アナリストは一方的に情報を受け取るだけではない。経営戦略を聞く場合、アナリストは他の企業との比較ができる。外部からアナリストが評価し、IRの担当責任者がそれを会社の戦略にフィードバックし、絶えず戦略の方向性をモニタリングしていく。企業はいわばアナリストをアンテナとして使い、事業展開に役立てる。これが理想的なIRではないだろうか。 株価が下がるということがどれだけ、経営者にとってリスクがあることなのか理解が必要だ。株価が下がると、それだけ買収されやすくなるということだ。買収されないまでも、株価が業績を縛ることも考えられる。極端な例だが工事の発注者からみると株価が百円、二百円の建設会社に頼むというリスクはあえてとらない。企業は、正当に株価が評価されることの重要性を認識すべきだ。 対照的な例では、電気工事大手の関電工ときんでんの株価だ。千円割れの関電工に対し、きんでんは千六百円前後だ。関電工は取材がなかなかできない。きんでんは毎月の受注状況を開示しているほか、経営トップへのアクセスが可能で、会社側もIRの重要性を認識している。
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