ディスクロージャー研究学会



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文書No.
971006

会計基準

    −透明で公正な財務報告の整備−

    公認会計士 横山 明 


(1)はじめに

 1997年9月6日、『情報開示に穴・見えない「債務超過」』と題して日本経済新聞は建設会社の会社更正法適用申請の記事を掲載した。 東海興業3681億円、大都工業952億円、多田建設770億円の債務超過。会社更正法を適用申請した後の修正バランスシートを知った多田建設を監査する担当公認会計士は「債務超過額に驚いた」と漏らすほどであった、と報じている。多田建設は、1997年3月期決算は黒字で株主資本は約100億円あり年間配当を5円払っていた。監査報告書も当然「適正」であった。東海興業の監査人は「保証債務の履行猶予を受けている」などのリスク情報を注記させていたとのこと。関与監査法人の会計士は「米国のように企業の存続可能性に危惧を持っていると書ける制度がないのでこれが精いっぱい」とのコメントを載せている。大蔵省および日本公認会計士協会はそれぞれ三社を監査した公認会計士から事情を聞き始めたとしている。

 事実が明らかになるまでは軽々しい論調は避けなければならないが、一般論として、現在の日本の制度会計にあって、公認会計士が監査意見を形成するために基礎となる「会計基準」が整備されているのか検討することは許されよう。

 上記新聞記事によれば、修正バランスシートは経営が破綻した際、負債に関係会社や受注先の借入金に付けた保証債務を加える一方、土地などを時価で評価して回収できない債権を減額して作成すると報道している。

 関係会社や受注先の借入金の債務保証については、保証先が経営破綻して債務保証の履行により生じる債務保証損失の問題であり、回収できない債権を減額するとは取立て不能見込み額を貸倒引当金として計上する問題で、継続企業で適用する会計処理である。

 土地を時価評価する問題は、企業の存続が出来ないと判断された場合に清算価格で評価する問題で、継続企業が危惧された場合の会計処理である。債務保証引当金および貸倒引当金は「偶発損失」といわれるもので企業会計原則注解18に、わずか12行の短い文章で規定している。

 国際会計基準第10号「偶発事象および後発事象」では35パラグラフあり11ページにわたり規定している。米国財務会計基準書第5号「偶発事象の会計(FAS5、Accounting forContingencies)」では約50のパラグラフに15ページにわたり会計処理の計上の時期、見積金額、および会計処理しなかった部分(最大リスク額と会計処理額との差額)の注記による説明と開示について詳細に規定している。偶発損失は時間の経過とともに損失の発生の蓋然性と損失金額が明白になるが、時間の経過とともに明白になる程度は個々の事情によって異なり、計上時期および計上金額の見積には困難を伴う。 損失が明らかになる前に決算期を迎え、引当金をいくら計上するかは偶発事象を測定・見積する人の知識・経験・事実の解明の程度などにより異なる。

 企業会計原則注解18のような短い文章では説明不十分のため、解釈の余地が広がり人により異なることになり、会計処理の時期を大幅に送らせたり不十分な見積を行う要因になる。 株主資本が約100億円の黒字会社の決算が、半年もしないうちに巨額の債務超過になるという異常事態は、株主および債権者に突然損失を生じさせる結果となる。

 住専問題、金融機関の不良債権の償却の問題は記憶に新しいが、「偶発損失」の会計基準を改正する兆しはない。バブルの後遺症で「偶発損失」を抱えた企業は、不動産会社、住専、金融機関、ノンバンク、建設会社など広範囲にわたる。会計基準の整備が望まれる。「金融機関等の経営の健全性確保のための関係法律の整備に関する法律(平成8年6月21日法律第94号)」が制定され銀行法が改正され、平成10年4月から早期是正措置が適用されることとなった。この早期是正措置に伴い、金融機関が自ら資産の査定基準を定めて資産の検討・分析をして回収の危険性または価値の毀損の危険性の度合いに応じて分類し、具体的かつ詳細な貸倒償却および貸倒引当金の計上に関する規定を作成することになった。金融機関については、銀行法のもとで手当てされた。

 しかし、債権に関する取立不能見込額(貸倒引当金)は金融機関に限られたものではなく、ノンバンク、保険業および一般事業会社における売掛金などの営業債権・その他債権に関し共通する問題である。債務保証損失も同様に債務保証している企業や事業体に共通する問題である。共通する事項の会計基準(例えば「偶発事象の会計処理」など)は、特定の法律から独立して全ての企業に適用できる会計基準が望まれるところである。

 一方、地方自治体についても食糧費の不正支出、空出張など不祥事が明らかになり、自治省の対策として、個人の外部監査人を採用するというものだが、財務報告基準も整備されておらず(食糧費などという用語が使われ一般人には不明な会計と推測される)、監査はつらいものがあろう。地方自治体にも、市民に対し透明性の高い財務報告の基礎となる会計基準のインフラ整備が必要となろう。


(2)日本の制度改革の方向

 1997年6月13日、証券取引審議会は「証券市場の総合的改革−豊かで多様な21世紀の実現のために−」を公表した。日本版ビッグバンの証券市場改革の最終報告である。改革の目的と背景として、1200兆円の個人金融資産のより有利な運用、次代を担う新規産業への資金供給、及びグローバルな資金供給という要請に応えていく必要があり、このためには、金融システムの機能が適切に発揮されなければならない。

 改革の具体的内容として、「(5)株式等の魅力の向上」では、投資対象の魅力は、究極的には証券の発行体たる企業等にどれだけの魅力があるかによって決まる。我が国企業については、その低いROE(株主資本利益率)や額面配当をはじめとする配当政策の面を捉えて、株主を重視した経営が行われていないとしばしば指摘されており、株主をより意識した経営を行うことが求められている。また、今次国会で商法改正等により実現したストック・オプション制度や自社株消却のための特例についても、こうした観点から積極的に活用されていくことが望まれる。また、結びでは「(5)デイスクロージャーの充実」として、投資対象のリスクとリターンを事前に投資家に十分周知しておくことが重要であり、透明で公正なデイスクーロジャーの整備を進めておくべきである。具体的には、連結財務諸表の見直し、時価基準のあり方を含めた金融商品に係る会計基準、年金に係る会計基準等の会計制度の見直し、公認会計士監査の充実・強化、デイスクロージャー情報への投資家のアクセス改善等を進めていくべきである。

 企業会計審議会は、6月6日、「連結財務諸表の見直しに関する意見書」を公表した。

 企業会計審議会が会計基準を作成し、日本公認会計士協会が実務指針を作成し、大蔵省が財務諸表規則を作成する。一つの会計基準に、三つのそれぞれ独立した存在が、よく言えば共同作業であるが、悪く言えば二つの存在は下請け機関的として機能し、会計基準設定の責任と権限を不明瞭にしている。


(3)「三すくみ」状態の制度会計

 制度会計では、商法、証券取引法、税法がそれぞれ会計処理に関する規定があり、これをトライアングル体制と呼ぶようになって久しい。証券取引法では、2000年3月期から連結財務諸表が主体となる方針が決まり、商法改正により6月からストックオプション制度の導入が決まった。しかしながら、現在、連結財務諸表は商法には存在しない。子会社の欠損が親会社の利益より大きな場合があるが、商法の配当可能利益の計算には子会社は含まれないから、親会社は連結欠損となって実質的に資本の食いつぶしの配当をしても商法違反にはならない。また、ストック・オプション制度では、商法上、自社株の購入を資産計上することになる一方、証券取引法の単独財務諸表では商法と一致しているが、連結財務諸表では自己株式は資本の払い戻しとして資本の部の控除科目とする。商法と証券取引法の違い、証券取引法だけでも単独と連結財務諸表の取扱いの違いがある。

 税法では、企業会計の引当金などの繰入れ限度額を損金経理を条件にしていることと、引当金の繰入れ限度額の計算が具体的であることから、税法基準が会計基準のような役割をして、重要な会計方針にまで「税法基準で計上している」旨記載している(貸倒引当金、賞与引当金、退職給与引当金など)。 期間費用の適切な計上のため合理的に見積もった金額(企業会計基準)と、税法の繰入れ限度額と明らかに相違する場合であっても、税法限度額を使用する会計慣行が醸成されてしまっていて、適正な企業会計が無視される状況が存在する。早い話が、商法、証券取引法、税法は「三すくみ」となって相互に矛盾していても、身動きできない閉塞状況にある。相互に調整しようとしても、時間を要し、機動的に対応できる仕組みでないため、矛盾のままの状態が長期間続く構造になっている。

 変化の激しい時代に、商法、証券取引法、税法の会計規定を機動的に調整することは制度的に不可能である。米英のように会計基準が独立していなければ時代の変化に対応できない。


(4)デイスクロージャー

 証券取引審議会の最終報告が改めて記載するまでもなく、投資家に対する企業内容のデイスクロージャーは基本である。デイスクロージャーには、大きく分けて、会計基準を基礎として作成される財務報告(Financial Reporting)の部分と、証券監督局が投資家保護の目的で開示を要求する非財務情報(企業の歴史、事業の概要、試験研究、従業員との関係、設備投資、企業の社会的責任、訴訟、重要な顧客への依存程度、役員の報酬・責任、他人資本及び自己資本の資本調達状況、過年度の資本変動状況など多岐にわたる)の部分とに分かれる。 米英では、財務報告書作成の基礎となる会計基準は独立したプライベートセクターにより設定され、証券監督局は、原則、その財務情報に依拠し、加えて投資家保護の目的でSEC等の証券監督局が規則で非財務情報の開示を求めている。

 デイスクロージャーは、投資家が自己責任を取れるに足る簡潔明瞭な情報(簡潔すぎて不十分な情報ではなく、詳細すぎて要点が分からない情報ではない情報)を提供されていることが重要である。デイスクロージャーは企業機密までも開示することではなく、そのバランスは難しいものがあり、米英ではできるだけ多くの開示を要求する証券会社の弁護士と企業機密まで開示したくない企業側の弁護士が関与して証券発行時に作成される目論見書(証券購入者に情報開示する書類)などを作成している。


(5)財務報告(Financial Reporting)

財務報告は財務が存在し利害関係者の生ずるところ全てに存在すべきである。 企業にあっては、資金を提供する株主や社債権者、金融機関、証券アナリストなどに財務情報を提供する必要があろう。自治体にあっては、地域住民に対して、政府にあっては、国民に対して税の効果的・効率的な使用に関し財務報告が必要となろう。公益法人、学校、病院、協同組合、相互会社、特殊法人など資金を調達し事業ないし業務を遂行している以上、利害関係者に対する財務情報の提供は必要不可欠なものである。 証券取引審議会の最終報告の記述にある「透明で公正なデイスクロージャーの整備を進めていくべき」は、企業だけでなく、自治体、国、特殊法人、公益法人なども同様、利害関係人に対してデイスクロージャーの整備を進めていくべきである。


(6)会計基準

 財務報告の作成の基礎となる基準を「会計基準」といい、「会計基準」は会計処理の基準と開示の基準からなり、財務報告の読者にとっては理解する基礎となるものである。

 会計基準は、資産の計上基準、資産の評価基準、負債の計上基準、費用の認識の基準、収益の認識基準、税効果会計、年金会計、リース会計、基本財務諸表の内容、連結財務諸表、持分法会計など会計事象に関わる会計処理の基準および文章や内容開示などにより説明する「注記」から成り立っている。

 土地や建物を取得した場合、取得の時期、計上金額は、企業であろうが学校であろうが、病院であろうが異なるところではない。物を買ったりサービスの提供を受けた時はその債務の計上時期、計上金額は、企業に限らず同様であろう。したがって、企業会計基準と特定することなく公的部門を含めた資産の計上基準、負債の計上基準、リース会計などの会計基準は設定できる。

 特定の業種(金融、保険、不動産、建設、鉄道、海上輸送、航空輸送など)、公益法人、自治体、政府など特殊な事業や特定の設立目的もったものやその存在に対応した会計基準は必要となる。


(7)国際的動向

 1997年7月20日、日本経済新聞の紙面に、「公的部門に企業会計手法」と題して、自治体や特殊法人、公益法人など公的部門について会計基準(公会計基準)の世界標準づくりが動き出し、世界銀行が公会計基準を統一するプロジェクトを発足させ研究資金を拠出し、2000年の完成を目指し、貸借対照表や損益計算書など企業会計の手法を導入して公的部門を効率化し、世界各国で「小さな政府」を実現する。民間企業の「国際会計基準」の公的企業版といえ、世界で導入される公算が大きいとしている。企業会計については、会計士の国際的団体である国際会計基準委員会(IASC)が1973年6月に日本を含む9カ国の合意で設立され、国際会計基準を設定し、1998年3月を目標として証券監督者機構(IOSCO)の承認を受けようとしている。

 証券監督者機構は、各国の証券監督者(米国の証券取引委員会(SEC)や日本の大蔵省など)の国際的機構であり、国際会計基準に準拠して作成された財務報告が、株式の発行および流通に際して証券監督当局が承認すれば、企業は各国で上場ができるという画期的なものであり、米国では財務会計基準委員会(FASB、米国会計基準を設定する機関)が精力的に国際会計基準との調整を図っており、SECは自国投資者に不利にならないと認められる場合は、国際会計基準を承認する方向にある。

 国際会計基準を、各国の証券監督者が承認するかどうかは非常に重要な事項である。各国の証券監督者が国際会計基準を承認した場合には、単なるペーパーから実務上のグローバルスタンダードになり、各国の会計基準に重大な影響を及ぼすことになるからである。


(8) 会計基準は独立していること

 投資者に透明性の高い財務報告をするためには、商法、税法、証券取引法の「三すくみ」の状況が存在している限り困難である。会計の国際的調和を、証券取引法のもとでしても、計算規定を持っている商法との調整が残る。商法が連結財務諸表を含まないから連結財務諸表を主体とする証券取引法と共存できるとの見解もあるようだが、基本財務諸表にキャッシュ・フロー表や税効果会計を導入したり、ストックオプションのための自己株式の取得などについて商法との調整ができなければ、会計の体系は複雑となり財務諸表の読者をミスリードさせるばかりでなく、難解なものとなりますます馴染みの薄いものとなる。

 総資産の額が異なったり、利益が異なったりする可能性がある。商法の計算書類と、証券取引法の財務諸表の体系が異なれば、国際会計基準を証券監督者当局が承認した暁には、日本には、会計について証券取引法と国際会計基準のダブル・スタンダードではなく、それに商法が加わりトリプル・スタンダードとなってしまうことになる。3つの異なる財務諸表が可能となってしまい、難解な財務諸表となってしまう。証券取引審議会の最終報告が提言している「透明で公正なデイスクロージャーの整備を進める」ことは出来ない。

 会計基準が特定の法律に従属するのではなく、どの法律にも財務報告に関して適用できるように独立した存在となり論理的に整合性の取れ分かりやすい会計基準ができるなら、証券取引審議会の求める整備が可能である。

 会計基準の設定主体は、責任と権限が明確で経済構造や環境の変化に対して機動的に対応できるのであれば、プライベート・セクターでもパブリック・セクターでもどちらでもよい。 過去の例を見るとパブリックセクターでは機動的な対応は期待できない。国際会計基準および米英では、プライベート・セクターが会計基準を設定しており、特定の法律から独立している。


(9)会計基準を機能させるには会計士監査による

米国25万人、英国8万人、日本1万人足らず。 これは公認会計士の数である。
 会計・監査の先進国である米国では、監査報告書に添付する財務諸表は、会計事務所が「一般に認められた会計基準(GAAP)に準拠して作成されている」旨の監査意見を形成するには、財務諸表の監査証拠を基礎に、各勘定項目が適正であることを確かめて(会計基準に反している場合は、会社の了解を得て修正するか、了解を得られない場合は監査意見に限定または不適正または部分意見など状況に応じた意見にする)財務諸表と監査報告書を作成して取締役会宛て提出する。無論、財務諸表およびその作成の基礎となった帳簿および試算表は会社が作成するが、会社が作成する財務諸表に会計原則の適用の誤りが生ずることがあり、会計基準に準拠させるため会計士が修正仕訳を起こし修正財務諸表を作成することで効率的な作成を余儀なくされる。また、文章による注記による開示も会計基準で要求されているものを適切に表現することが必要となり、表現や内容を十分に検討して作成する。
 日本では、会計士が財務諸表を作成するというと誤解されるが、英米では、会計基準の量が多く会社が作成した財務諸表では、「会計基準の適用の誤り」があることがあり、実務的に会計士が会計基準に準拠した修正財務諸表(注記を含む)を効率的に作成し、監査報告書は、会計事務所で作成した財務諸表に添付する。監査報告書の文章の中に、「添付の財務諸表(accompanying financial statements)」という表現で示している場合が多い。無論、会計士は修正項目について会社と意見調整を行い、財務諸表の作成責任は会社にあることを確認するし、監査報告書にもその旨明示することになっている。

 会社作成の財務諸表に会計基準適用の誤りの内容には、種々雑多多岐にわたるが、あえて例示すれば、債権の取立て不能見込み額の見積り額、停滞在庫や陳腐化在庫などの評価性損失引当見積り額、製品保証引当て見積り額などの偶発損失の見積り額やリース会計、税効果会計の適用の誤りなどがある。 量も多く複雑になる会計基準は、会社の作成する財務諸表に会計基準の適用の誤りがどうしても生ずることになる。 株主から監査人に対する損害賠償のリスクから開放されるためには、厳格に会計基準を適用した財務諸表が求められることになる。 こうして、会計基準は会計士の監査を通して具体化されることになる。従って、英米では上記に記した数の会計士が活躍する必要が生じる。英米の会計士の約50%が企業や政府機関に従事しており、監査を受ける側で、企業の内部統制の充実、コンピュータシステムの構築、予算管理、税務対策など、正確な財務諸表の作成に寄与していおり、外部監査人である会計士以外に、会計基準に準拠した財務諸表作成に寄与する。

 米国では、株価8千ドルを前後する好景気である。1980年代中頃では2千ドル台で低迷していた経済を立て直すために、元大統領レーガンの行ったレーガノミックス(超減税政策、小さな政府など大幅な構造改革を実現)の効果が出ている(野村総合研究所、リチャード・クー氏)とのことである。

 1997年9月、経済評論家ターガート・マーフィ氏は、NHKのETV特集「金融ビッグバンの思想■問われるニッポン株式会社」の中で、英国のサッチャー元首相の行ったビックバンの成功、米国のレーガノミックスの成功の影には、企業の情報開示の仕組みに会計士や弁護士などの役割が大きく、多くのノウハウが企業内容開示を充実させて機能したことを指摘している。会計士の数は、上記の通りであるが、 数だけでなく、監査人のノウハウを考えると日本版ビックバンが適切に機能するか疑問を投げかけている。

 同番組で、リチャード・クー氏は、証券会社が株式や社債発行に際して作成する目論見書(非会計情報を含めた企業内容を開示し、株主や債券購入者などに提示する書類)に企業内容開示を弁護士(証券会社側の弁護士と発行会社の弁護士)を交え企業内容開示を厳しくチェックしている現場に出合った経験を述べている。

 つまり、英米の企業内容開示は層の厚い専門家のノウハウの蓄積があり、投資家にできうる限りの情報を提供する仕組みができていたため、レーガノミックスも英国のビックバンも機能し現在の活力ある市場を形成したということを指摘している。つまり、会計情報である財務報告(Financial Reporting)の基準である会計基準が充実し、それを支える会計士が機能して会計基準を具現化し、弁護士(証券取引法などの関連法機との適法性のチェック)を含む関係者のそれぞれの役割を果たすことで、適切な企業内容開示を実現しているということである。1997年6月、証券取引審議会は、日本版ビッグバンに対応して最終報告をまとめたが、企業のデイスクロージャーの重要性を指摘してはいるものの、その役割は、企業会計審議会にあるということである。米英のような仕組みを必要とは考えられていない。


(10)米国に見る会計基準−法律から独立している

 米国の会計基準には、企業の会計基準、非営利組織を対象にした会計基準、地方自治体を対象とした会計基準、国家の財政を対象とした会計基準がある。会計(accounting)あるところに説明責任(accountability)あり、説明責任あるところに、財務報告の基礎となる会計基準がある。 米国では、それぞれ次の設定機関(連邦政府の会計基準を除き、プライベートセクター)が法律とは独立して会計基準を設定している。こうした情報は、インターネットを通じ入手できる。


1.米国財務会計基準委員会
(Financial Accounting Standards BoardFASB)

 財務会計基準委員会(FASB)は民間企業(private sector)の会計基準を設定しており、米国公認会計士が民間企業の財務諸表に監査意見を述べる場合に適用される「一般に認められた会計基準(generally accepted accounting principles)」に該当し、上場企業に限定されず証券法および証券取引法が適用されない非上場企業にも適用される。米英の会計事務所では、非上場企業の任意監査も広範に行われており重要な部分を締めている。 米国証券取引委員会は、会計原則の設定を放棄していないが、会計連続通牒150(Accounting Series ReleaseASR150)で会計基準の設定はFASBにあることを明文で示している。

 FASBの会計基準書は、翻訳本や解説本が多数でており、広く知られるところとなっている。(インターネットのURLは、http://raw.rutgers.edu/raw/fasb/welcome.htm)


2. 地方自治体会計基準委員会
 (Governmental Accounting Standards BoardGASB)

 地方自治体会計基準委員会(GASB)は、州や地方自治体の非営利組織(not-for-profitorganization)に関する会計および財務報告基準を設定している。GASBは1984年に財務会計基金(Financial Accounting FoundationFAF)の一部として設立され、財務会計基準委員会(FASB)は、FAFの基に企業の会計基準を設定している。1984年7月、GASB基準書第1号は「国家評議会の政府会計の声明書および米国公認会計士協会(AICPA)の業種別監査ガイドの適用(Authoritative Status of the National Council on Governmental AccountingStatements(NCGA) and AICPA Industry Audit Guide)」を発行している。その内容は、1974年に米国公認会計士協会(AICPA)が公表した業種別監査ガイドに含まれている「地方政府の監査(Audits of State and Local Governmental Units)」、およびNCGAの会計に関する声明書を適用する(権威付け−Authoritative Status)というものである。基準書第2号は、1986年1月発行され、内国歳入規則セクション457の条文に関する繰延べ報酬プランの財務報告(Financial Reporting of Deferred Compensation Plans Adopted under the Provision ofInternal Revenue Code Section 457)というものである。第3号は、1986年4月発行の「金融機関に預けている預金、買戻し条件付き契約を含む投資、および逆購入契約(Deposits withFinancial Institutions Investments(including Repurchase Agreements)and ReverseRepurchase Agreements)、第4号は、1986年9月発行し、FASB基準書第87号雇用者の年金会計の地方政府雇用者への適用性(Applicability of FASB Statement No.87 Employers' Accounting for Pensions to State and Local Governmental Employers)、第5号は、1986年11月、公の従業員退職制度における年金情報の開示、および地方政府雇用者の年金情報の開示(Disclosure of pension Information by Public Employee System and State andLocal Governmental Employers)などがある。地方自治体、公務員退職金制度、地方自治体が設立の公共法人、病院、大学などを対象としている。(URLは、http://www.financenet.gov/gasb.htm)


3. 連邦政府会計基準助言委員会
(Federal Accounting Standards Advisory BoardFASAB)

 連邦政府会計基準委員会(FASAB)は、1990年10月に、財務長官、予算管理局長(thedirector of the Office of Management and BudgetOMB)および会計検査院長(theComptroller General of the United States)によって設立された。FASABの役割は、連邦政府およびその出先機関(agencies)に関する会計基準を上記三者に勧告することである。三者が勧告に賛同した場合、会計検査院長と予算管理局長は会計基準を公表し発効する。適用対象は、全ての連邦政府機関である。会計検査院(General Accounting OfficeGAO)は連邦議会に属する調査機関である。公の資金の収入および支出を調査し、政府の政策および実施活動を監査および評価を行う。 基準書第1号は「特定資産および負債の会計」、第2号は「直接貸付けおよび貸付保証の会計」、第3号は「棚卸資産および関連資産の会計」、第4号は「管理原価会計の概念と基準」、第5号は「負債の会計」、第6号は「有形固定資産の会計」、第7号は「収入およびその他の運用益の会計」、第8号は「補足的貢献情報の報告」で、概念書が二つ出されており、概念書第1号は「連邦財務報告の目的」、第2号は「会計報告単位と表示」である。FASBの会計基準設定手続き同様、公開草案(Exposure Draft)を公表し広く意見を求め(形式的ではない)、最終結論を導き出すまでの経緯を公表している。(URLは、http://www.financenet.gov/fasab.htm)


(11)未公開株式の出現

 1997年2月上旬、大学在学中の若き社長国分裕之氏(23歳)が、設立間もないスプレッドエムフォー株式会社の未公開株式をインターネットを通して増資し59人の枠で募集し44百万円資金調達した。大蔵省関東財務局に有価証券通知書を提出して、適法に行った。

 日本ではインターネット公募の第一号である。インターネットのホームページにアクセスすると第一事業年度(平成8年12月31日決算)の商法計算書類を見ることができる。総資産42百万円、資本金37百万円、当期利益3百万円とある。しかし、財務情報として初年度であるため期間比較が出来ないことや事業実績など情報に限界がある。広く投資家から資金を調達するには情報開示の面で問題を残したと指摘されている。

 しかし、「データの作成や監査に手間や費用がかかるようでは新しい調達手段の魅力がなくなる」というのにも一理ある。証券関係者からも「投資家保護のうえで問題がある」との声が上がっているとのことである。基本は、情報が少なければ投資家のリスクが高まり投資しないようになり、説得力のある情報公開は投資家が魅力に感じ投資するようになる、企業と投資家が選択することでろう。規模の小さな市場においては、市場に任せるのも必要である。企業経営者が経費を使っても適切な財務報告をする方が投資家からの投資が受け入れられるとすれば、自ずと開示するようになる。ただし、証券監督当局の許容した規模の企業に対してだけである。

 米国の未公開株発行のホームページを見ると、少ない企業情報なので、会社の連絡先電話番号と担当者の氏名を乗せ、追加情報は企業の担当者に問い合わせて下さいというものまである。株式公開を目標としている企業もあり、会計基準が整備されているので、一般に認められた会計基準に準拠した監査済財務諸表を入手できる会社もある。ただし、投資リスクが大きいく、投資専門家以外は投資を控えた方がよいとの指摘をしており、自己責任で判断して投資する体制はできているようだ。

 日本では、1997年8月19日に大蔵省から証券免許を取得し新設証券会社であるデイブレイン証券は、未公開株式を9月中旬から売買を開始する。証券業界への参入は、金融業界(金融・証券の垣根を除く政策)からの参入を除いて、免許制になった1965年以来初めてである。デイブレイン証券は、独自の方法で企業内容開示を行い投資家への情報公開をするようである。

 日本証券業協会では、証券会社の未公開株売買が7月に解禁されるのに合わせて、未公開企業に経営情報の開示を促すため証券会社の取扱いルールを決めた。商法、証券取引法監査いずれも選択可能に、決算財務情報以外に、業績の大幅な変動や将来性が不明確な製品・技術への依存度、開発に長期間要する商品・技術などリスク情報の開示も未公開企業に求めるとしている。

 財務情報に関して、商法、証券取引法のいずれか選択できるとしているが、期間比較のない、連結財務諸表のない商法計算書類、付属明細書など量的に多く未公開企業に負担のかかる財務情報が相応しいか疑問の残るところである。未公開企業の出現は、そうした企業の財務報告の基礎となる会計基準を必要としよう。米英では、上場・非上場企業に関係なく一つの会計基準が存在するのみである。


(12)インターネットによる有価証券報告書の公開の出現

 米国SECのEDGARシステムによる有価証券報告書のインターネットによる無料公開は広く知れるようになり、遅れ馳せながら、1997年7月17日、大蔵省では「電子開示研究会(4月から研究)」で導入に関する検討課題を取りまとめた。それによると、具体的な導入日程が記載されていない。

 1996年5月に本格稼動に入ったEDGARシステムの財務情報はナスダック企業を含み、誰でも、いつでも、どこからでも、無料で見ることができる。 企業側は、有価証券報告書(Form10k−年次報告など)を直接インターネットに登録する。企業は、年次報告書(Annual Report)を株主に送付するが、SEC規則で開示を要求されている事項を年次報告書に盛り込んである場合は、有価証券報告書(Form10k)に挿入するだけでよいことになっている。我が日本は、株主には商法の計算書類の一部が送付されるのと、別途、有価証券報告書を大蔵省に提出する際に「審査」を受けた後大蔵省および証券取引所に備えられ、株主は自ら閲覧する努力をしなければ見ることができないるのとは大変異なる。一方、EDGERシステムの財務情報の開示内容を見ると、会計基準が充実していること、かつ会計士の監査が機能しノウハウの蓄積が感じられる。 簡潔明瞭に纏め上げ読み物として適当な量となっている。 投資家の視点で作成されていることが分かる。

 量が多く数値の羅列の付属明細がない、損益計算書・株主持分計算書、キャッシュフロー計算書は3期間でそれぞれの趨勢が分かる、勘定科目が簡潔にまとめられ損益計算書、貸借対照表、キャッシュフロー計算書、株主持分計算書(ストックオプションの変動など明示される)など基本財務諸表のそれぞれが2ページにわたるようなことがないこと、基本財務諸表の注記に会計基準で求められる説明ないし内容が明示されている、重要性の無いものまで開示していない、資産や損益の構成比率など自分で計算できる比率まで開示してない。総合して簡潔明瞭で分かりやすい。会計基準のインフラが整っていたことが、インターネットに乗せるに適していたであろうことが想像できる。


(13)おわりに

 激しく経済構造が変化する時代には、変化に対応して機動的に設定でき、特定の法律から独立した会計基準が整備され、財務報告というインフラを整えておく必要があろう。

 上場企業ばかりでなく、非上場企業を含めた会計基準、自治体や国家の納税者に対する財務報告、特殊法人、公益法人などについても利害関係者に対する財務報告することで、健全な発展と成長を促す。国または自治体の納税者へは分かり易い財務報告は、効果的・効率的な税の使用を促す基本的なインフラとなる。

 少なくとも企業の財務報告の基礎となる会計基準は、商法、証券取引法、税法などの「三すくみ」の状況から脱却する時ではないだろうか。会計基準を法律から独立させ、企業の財務報告を分かりやすく透明性を高めるために・・

公認会計士 横山 明




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