ディスクロージャー研究学会



(青空に物事を晒すと虫干しされ綺麗になる)

文書No.
971011

日本の制度会計−七不思議−

    公認会計士 横山 明

     


はじめに

 住専、ゼネコン、ヤオハンなど、大型倒産が相次いだ。直前の決算では債務超過にはなっておらず倒産の兆しを見せてはいなかったが、半年も経たず突如として巨額損失を計上し債務超過で会社更正法の申請をするという事態は、一般株主に唐突の念を抱かせる結果となった。

 会計は適切に機能していたのだろうか。素朴に誰もが思うところであろう。紙面にはバブル崩壊の後遺症に悩む銀行をはじめとして、「不良債権」の文字が躍る。不良債権の償却や債務保証による債務保証損失の突如の計上により、会社更正法申請の直前の財務諸表には巨額な債務超過に陥った旨の報道がある。貸倒損失や債務保証損失は偶発事象と称せられるものである。

 我が企業会計原則注解18には「将来の特定の費用又は損失であって、その発生が当期以前の事象に起因し、発生の可能性が高く、かつ、その金額を合理的に見積もることができる場合には、当期の負担に属する金額を当期の費用又は損失として引当金に繰入れ、当該引当金を貸借対照表の負債の部又は資産の部に記載するものとする。」とあり、例示として「貸倒引当金、債務保証損失引当金」など11項目を掲げている。この数行の基準が、我が国の「偶発事象」の会計基準である。

 国際会計基準第10号「偶発事象および後発事象」は、関連する後発事象を含むが30パラグラフに11ページを、米国会計基準書第5号「偶発事象の会計」では、約50パラグラフに15ページにわたり、会計処理の基準と情報開示の基準を記載している。詳細に記述する事で、財務諸表の作成者および会計監査人の判断の余地を極力一致させる努力をしている。

 我が企業会計原則は、会計学徒の試験問題にはふさわしいかも知れないが、投資家に対する財務情報の基礎となる会計基準としては不十分ではないのだろうか。


(1)「有税償却」と称する不思議

 不良債権について、税法は厳格な規定を設けて損金算入の条件を厳しくしている。課税の公平性から、判断の余地を狭め客観的証拠を重視するためである。相手の支払能力、回収状況からみて不良債権として回収可能性がないと会計的に判断しても、税法の損金算入の条件を満たさない貸倒引当金の計上を称して「有税償却」と言われる。 はたしてそうであろうか。引当て前の課税所得と、引当て後の課税所得は異ならない。適法に引当額だけ加算するのであるから、課税所得は変わらない。つまり税金は不変であって、「有税」ではない。 企業会計の偶発事象は常に税法より早期に計上要件を満たすことになるが、後日、客観的証拠を得る状況となって税法の損金算入要件を満たすことになるのであるから税金の支払は生じない。 税金を多く支払う印象を与える「有税償却」という用語は、あたかも追加的に税金を納めると誤解を与え、正しい用語とはいえない。 深刻なのは、「有税」の語感からトップマネジメントが純会計的に引当計上が必要な損失であっても計上したがらない会計慣行が醸成されていることである。


(2)有価証券の評価−「回復すると認められる場合」の不思議

 有価証券の評価は、原価法を原則としており(企業会計原則第三五B)、「取引所の相場のある有価証券については、時価が著しく下落したときは、回復すると認められる場合を除き、時価をもって貸借対照表価額としなければならない」としているが、「回復すると認められる場合」とは、誰がいつ認めるのか、また、相場を予測できると想定した不思議な基準である。相場は「神のみぞ知る」である。

 子会社など、株価回復のため、役員の刷新や特別な梃入れを行い事業の革新を図り株価を回復させるというなら分かるが、特別な場合であろう。さもなくば、相場操作ができるとでもいうのであれば、論外で許されることではない。



(3)理論的整合性を欠く基準が成立する不思議

(イ)リース会計・リース会計の本質を骨抜きにする不思議

 本来のリース会計は、経済的実態に即して会計処理を求めようとするもので、実質所有し利用しているリース資産について購入と同様の会計処理を求めるというものであった。 しかし、企業会計審議会のリース会計は、「所有権の移転すると認められる以外のファイナンスリースは賃貸借取引同様の会計処理を認める」として、厳格なリース会計の処理を免除する代わりに、財務諸表にファイナンス・リースの内容を注記するというものである。 本来の「リース会計」が、リース資産と負債の計上を求めている本質からは異質なものとなった。

 また、賃貸人側の会計処理は「ファイナンス・リース(金融リース)」と称していながら、売買取引として処理されることになった。本来は、ファイナンス・リースの賃貸人の収入は金融取引として、受取利息相当が収入として計上されるのであるが…・。


(ロ)ワラント債発行によるワラント部分の仮受け処理の不思議

 ワラント付社債の発行について、日本公認会計士協会は実務指針を公表し、発行に際しワラント部分は負債の部に仮勘定として計上し、ワラントの行使した部分を資本準備金に振替え、行使期間満了で未行使部分を戻入して特別利益へ計上するというものである。 企業会計原則第一、三に「資本取引と損益取引とを明瞭に区別し」とある。一部は資本準備金に一部は特別利益へというのでは、「資本取引と損益取引を」混同したことになる。 また、決算で仮勘定で残るというのは、近代の会計基準にはない基準でとなった。

 現行の商法が資本準備金の繰入れを限定列挙しているという制限があり、直接、資本準備金へ振替えると商法違反となってしまうからといって、資本取引と損益取引を混同してはならないだろう。


(ハ)連結財務諸表−為替換算調整勘定の資産又は負債計上の不思議

 企業会計審議会の「外貨建取引等会計処理基準・同注解」では、連結財務諸表の作成に当たり、在外子会社の外貨建財務諸表の換算に関し生じる換算差額を資産または負債に計上する、としている。

 外貨で示された子会社の財務諸表の為替の変動リスクは株主である親会社が負うことになる。資産と負債を期末日で換算すれば換算差額は実質的に株主である親会社が負う。

 換算差額は、株主持分の中に区分掲記するのが自然であろう。我が基準によれば、資産または負債に計上することを求めており、その理由が単に換算の差額というだけでは説得力に欠けよう。財務分析の総資本利益率(ROA)や、自己資本利益率(ROE)の分析では為替換算調整勘定を調整せよということなのだろうか。会計論理的整合性(資産性、負債性の説明)はどうなっているのだろうか、説得力ある説明が欲しい。


(ニ)重要な会計方針−税法基準がまかりとおる不思議

 例えば、貸倒引当金の計上基準の記載に「税法の繰入れ限度額を計上しております。」なる文章を「重要な会計方針」に記載している。貸倒引当金は、企業会計原則注解18の通り「合理的に見積もられた額」であって、また、商法計算書類規則10条の「取立不能見込額」であって、貸倒引当金の用語にすでに表現されており、その基準で計上するのが当然であろう。監査意見が適正意見であれば、計上不足や計上過大が無いと理解される。

 改めて税法基準と記載しなければならない理由は、税法が企業会計に影響を与えているからであろう。 しかし、引当金の計上額として会計的に妥当かどうかについては明らかにしていない不明瞭さが残る。


(ホ)自己株式の単独・連結財務諸表の会計処理の不整合の不思議

 1997年6月に商法の改正により、ストック・オプション制度が認められた。商法決算は自己株式を資産に計上し、証券取引法の連結財務諸表は資本の払戻しの会計処理を求めている。同一の会計事実について、商法および証券取引法の単独財務諸表と証券取引法の連結財務諸表は全く異なった会計処理を求める結果となった。


(ヘ)情報垂れ流しの情報公開制度の不思議

 付属明細書を添付させる情報公開は、作成者に過大な作業を付加するだけでなく、情報を見る側にも過大な情報となる。必要な情報は、基準で明確化し情報を簡潔にまとめて注記するなど工夫すべきである。単に、付属明細書を添付させる事は情報の垂れ流しと化してしまう。また、企業機密を開示させかねない。

 インターネットで情報公開する上でも、情報は簡潔にする必要があろう。過少表示同様であるが、過大な情報は反って分かり難いものにしてしまう。 十分な検討が期待される。

 公開されている米国SECのEDGARシステムは参考になろう。財務情報は会計基準を基礎に作成されたもので情報は満載であるが、重要性のないものまでは開示を要求していないし、付属明細書のようなものまで要求してない。インターネット上に公開するのに適当な分量にまとめられている。


(ト)繰延資産の商法と税法の範囲が異なり整合できない不思議

 実益のない議論であるが、商法が列挙する8項目の繰延資産に、税法はこれに加えて5項目を加えている。財務諸表規則は商法と一致しているため、上場の際には有価証券報告書作成に当たって組替えが必要となる。整合できないものか。


(4)税法が企業会計に深く影響し続ける不思議

 税法が、引当金について損金経理を条件として損金算入を認めるということから、企業会計に深く影響している。損金経理を条件とするのは、税務行政上の便宜のためといわれており、我が国特有なもの。申告調整が許されるなら、税法が企業会計に直接影響を与えることは緩和される。


(5)商法が計算規定を持ち続ける不思議

 第二次大戦後の昭和24年7月、証券取引法のもとに「企業会計原則」が制定され、「昭和25年商法の改正が行われ、フランコ・ジャーマン主義を改めて、アングロ・アメリカ主義に根本的改正が考慮されたが、企業会計原則および財務諸表準則(現、財務諸表規則)のものが確定的とはいいがたく、実際界方面においても相当な反対があり、改正は時期尚早という説が強かったことで見送られた(会社法、田中誠二著253頁)」ということで、債権者および株主保護のため計算規定が盛り込まれた。アングロ・アメリカ主義のように、一般に認められた会計基準が存在していれば準拠規定で足り、新たに計算規定を盛り込む必要はなかったようだ。

 商法は昭和25年の根本的改定で一度は検討したアングロ・アメリカ主義の導入により、財務報告に関しては「会計基準」に準拠する規定に変更して計算規定を削除することは可能のように思えるのだが、今もって準拠すべき会計基準が存在するのか疑問が残る。


(6)証券取引法が会計規定を持ち続ける不思議

 証券取引法のもとに作成される財務諸表規則は、会計基準を盛り込んでおり、新たな会計基準が設定される都度盛り込んでいる。大変な作業であろう。国際会計基準が40のコア・スタンダードを要求されているのであるから、その中で追加の必要となるものがあれば、新たな会計基準(例えば、キャッシュフロー計算書、税効果会計、金融商品など)を追加することになるのであろう。

 証券取引法は、投資家保護のための非会計情報の規定に限定し、財務報告に関する部分は「会計基準」に準拠する(米国SEC同様とする)ことで、商法、税法、証券取引法の「三すくみ」状況から脱することができ、会計基準は整合性の取れた基準になる基礎的条件が整うことになる。

 我が国の「リース会計基準」に見られるように、企業会計審議会が意見書を作成し、日本公認会計士協会が実務指針を作成し、しかる後、財務諸表規則、中間財務諸表規則、連結財務諸表規則のそれぞれに規定している。会計基準を一々規則化していてはきりがない。 国際会計基準や米国会計基準は法律的な条文に馴染まない。会計基準は、実務基準であることから、詳細な分かりやすい文章となっているからである。条文では、実務家である作成者、投資家に分かり難いものとなってしまう。会計基準は、実務基準書として分かりやすい文章であることが必要で、難解な条文には馴染まない。


(7)「日本の会計基準」とは何か応えられない不思議

 そもそも日本に会計基準があるのかと問えば、多くの人が、企業会計審議会の企業会計原則であると応える。では、企業会計原則で作成した純粋な財務諸表(年次報告書を含む)を作成している日本企業はあるのかと問えば、応えに窮する。あるとすれば、証券取引法に基づく「有価証券報告書」だけである。有価証券報告書が作成される基礎は、商法、税法、企業会計原則、財務諸表規則、連結財務諸表規則、日本公認会計士協会の実務指針であり、一言で「会計基準」ですとは言えない難しさがある。

 例えば、リース会計一つとっても、企業会計審議会の意見書、日本会計公認会計士協会の実務指針、大蔵省の財務諸表規則と同取扱要領(連結および中間財務諸表は別途)を総合してリース会計基準らしきものになる。財務諸表の読者にリース会計の会計基準を理解するのは、会計基準の設定自体に複雑な機構となっているため至難のわざである。

 米国や英国の会計基準および国際会計基準は、設定主体が単一ではっきりしており基準を完結させている。 企業の財務諸表作成者、会計監査人、財務諸表の読者に容易に理解可能な基準となっている。つまり、米国の会計基準は財務会計基準委員会(FASB)の基準であり、英国は会計基準委員会(ASB)の基準であり、国際会計基準は国際会計基準委員会(IASC)の基準であるというように簡単に応えられるが、日本のそれは一言では応えられない。会計基準は単一の設定主体が完成することで、財務諸表の作成者、会計監査人および投資家にとって分かりやすいものとなる。


国際会計基準
 (IAS;インターネットURLは、http://www.iasc.org.uk)


 1993年、国際証券監督者機構(IOSCO)は、国境を越えて公募したり上場しようとするボーダーレス企業に、国際会計基準で作成された財務諸表を承認することで、企業の資金調達および投資家の投資機会に応えようとしている。国際会計基準を承認する条件として、国際会計基準で作成される財務報告が全体で適当であるためには、40のコア・スタンダード(核となる基準)を完成させることとしている。

 国際会計基準委員会は、1998年3月までに、40のコア・スタンダードの完成に向けて精力的な作業を行っている。コア・スタンダードには、1.会計方針の開示、2.会計方針の変更、3.財務諸表に開示する情報、4.収益の認識、5.工事契約、6.生産および仕入原価、7.減価償却、8.毀損(impairment)、9.税金、10.臨時項目、11.政府の補助金、12.退職給付、13.その他の従業員給付、14.研究開発費、15.利息、16.ヘッジング、17.有形固定資産、18.リース、19.棚卸資産、20.繰延税金、21.外国通貨、22.投資、23.金融商品/オフバランスシート項目、24.ジョイントベンチャー、25.偶発事象、26.後発事象、27.流動資産および流動負債、28.企業結合、29.無形固定資産、30.キャッシュフロー計算書、31.連結財務諸表、32.超インフレ下の子会社、33.関連会社と持分法、34.セグメント報告、35.中間財務諸表、36.一株あたり利益、37.関連当事者の開示、38.事業部門の廃止、39.基本的誤謬、40.見積もりの変更の40項目にわたる会計処理および開示の基準を核となる基準として完成する予定である。

 新興国や旧共産圏の企業が資金調達のためニューヨーク証券取引所に上場したり、今後も国際企業の資金調達のボーダーレス化が加速することを視野に入れた判断が国際証券監督者機構にはあるようである。

 国際会計基準は承認前であるが、すでに、52カ国(地域を含む)417社が任意で国際会計基準で作成した年次報告書を作成している。

 米国SECは、米国の会計基準設定主体である会計基準委員会(FASB)を通じて、国際会計基準と米国基準との差異調整を行い、「■基準が一般に認められた基準で包括して完成したものである事、■基準が高度な品質を維持して、比較可能で透明でありフル・デイスクロージャーされる事、■基準が説明され厳格に適用される事」の条件を満たしている場合に承認するとしている。

 1995年、ヨーロッパ委員会は、“現存する指令(Directives)を修正するよりも、IASCとIOSCO国境を越えた国際的調和に向かって努力したものに連合することで現状を改善することを提案する”としている。

 ドイツおよびフランス政府は、マルチナショナルな企業は、国内と国際双方の目的のためグループ勘定で国際会計基準を適用すべきであることを表明した。 我が国でも、法律から独立した核となる会計基準(コア・スタンダード)が必要ではないのであろうか。 財務諸表の作成者、会計監査人、および投資家など関係者にとって分かりやすい、論理的整合性のある会計基準が求められる。 企業の財務情報の適切な開示が、健全な資本市場発展のインフラとして欠かせないからである。


おわりに

 米国経済が低迷していた1980年代、レーガン大統領はレーガノミックスによる税制改革および構造改革を行ったことで、現在の活力ある米国経済に復活させたと言われている。同様に、経済の長期低迷で英国病に悩んでいたサッチャー首相は、ビッグバンを行うことで英国経済を立て直したと言われている。

 米国33万人、英国8万人、日本1万人強である。公認会計士の数である。米国のレーガノミックスや英国のビッグバンの成果の背景には、会計基準が存在し、会計監査が機能し、適切な企業内容開示が行われ(非上場企業も含む)、会計士が機能していたことを指摘し、日本の会計士の数、会計基準、監査基準、ノウハウなど会計士制度を概括して、日本版ビッグバンを危惧している欧米の経済評論家がいる。


 日本版ビッグバンが、より自由な競争を求め消費者の選択肢を多様化すると同時に、一方で、投資家、預金者、保険加入者などに自己責任を負うといわれる。自己責任を負うには、情報公開が十分に行われて初めて問うことができる。

 適切な情報公開は、財務報告作成の基礎となる会計基準が分かりやすいことも重要な情報公開の要素である。議論を尽くして会計基準が整備され、簡潔明瞭で分かりやすい真の情報公開が行われることが望まれる。

1997年10月11日



お問い合わせ ik8m-ysmr@asahi-net.or.jp


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