ディスクロージャー研究学会



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文書No.
971126

ストック・オプション制度

    マイクロソフト社の年次報告書に見るストック・オプション

    公認会計士 横山 明  

ストック・オプション制度

マイクロソフト社の年次報告書に見るストック・オプション

1997年のマイクロソフト社の年次報告書より、ストックオプション制度の会計処理および注記による開示を学ぶ事もあながち無益とは言えないであろう。というのは、マイクロソフト社は米国会計基準ばかりでなく国際会計基準にも準拠して作成している旨を会計方針に明記しており、今後、我が国の企業も国際会計基準に影響される企業が出てくるものと思われるからである。マイクロソフト社の事業年度終了は6月30日である。キャッシュフロー計算書、株主持分計算書、損益計算書は3期、貸借対照表は2期を表示しているのは、SEC(米国証券取引委員会)の規則に基づくものである。

ストック・オプションに関連する計算書は次の通りである。





自己株式取得の会計処理について

まず、株式買戻し(自己株式)の会計処理は、上記キャッシュフロー計算書と、株主持分計算書を見ると歴然としている。

1997年を例に見ると、キャッシュフロー計算書から3,101百万ドルの普通株買戻し代金を支払ったことが分かる。また、株主持分計算書からは、普通株および資本準備金に91百万ドルが普通株買戻しとして減少され、利益剰余金では3,010百万ドルが普通株買戻しとして減少されている。

つまり、自己株式の取得では次の仕訳が行われていることが分かる。

借方 普通株および資本準備金 91百万ドル/貸方 現預金 3,101百万ドル

利益剰余金 3,010百万ドル

買戻し株式数が37百万株と注記されているので一株あたり平均取得価格は@83.81ドルと分かる。普通株および資本準備金の91百万ドルはどうして算出されたのだろうか。37百万株で割ると一株あたり@2.45ドルである。これは、期首の株式数が1,194百万株で普通株及び資本準備金の残高が2,924百万ドルであるから一株あたり平均単価は@2.45ドルである。つまり、期首の一株あたり普通株および資本準備金の価格を借方記入し、これを超える部分を利益剰余金を借方記入したことなる。利益剰余金の借方記入は、株価が上昇し買戻し額が期首の一株あたり払い込み額を超えていることにある。上記の3期間の株価が右肩上がりの時価を示している。

この仕訳から分かることは、自己株式を資本の払い戻しとして会計処理し、自己株式からは有価証券としての評価損益や売却損益は発生しないということである。

ストック・オプションの行使の会計処理について

つぎに、ストック・オプションの行使に係る会計処理である。まず、キャッシュフロー計算書で普通株式の発行で774百万ドルの払込み額があったことが分かる。株主持分計算書では普通株の発行により同額増加したようになっており、払い込み額全額が普通株および資本準備金に処理されていることが分かる。

借方 現預金 774百万ドル 貸方 普通株及び資本準備金 774百万ドル

因みに、一株あたり払い込み額は、発行株数47百万株で割ると@16.47ドルである。これは、ストック・オプションの行使によるもので、上記の四半期毎の最高と最低の株価と比較するといかに含み益を持っているか分かる。

その他ストック・オプションに係る資本準備金の増減について

さらに、普通株及び資本準備金の増加に、ストック・オプションの税効果が792百万ドル(1ドル円換算で約950億円)計上されているが、これは、従業員などが税法の非適格オプションで株式を譲渡した事により普通所得となった額が法人所得税で控除(Deduction)できることからその税効果を計上したものである。

借方 法人所得税−税効果792百万ドル 貸方 普通株及び資本準備金792百万ドル

税法上の適格オプションの譲渡であれば、個人はキャピタルゲイン課税で低率の税率で納税する。その場合は、税法上は法人所得から控除する額はない。

プットワラントは、新株式引受権をストックオプションおよび従業員株式購入プランのために発行した旨注記が在る。分離型の新株引受権付社債の新株引受権は、米国会計基準では資本準備金に計上する旨の規定があるが、マイクロソフト社は負債の部に別掲して注記で内容の開示を行っている。株主持分計算書に出てくる組替えは、プットワラントの負債と資本および利益剰余金との間で組み替えているものである。

注記による開示について

ストックオプションに関連する注記は次の通りとなっている。

Put Warrantsプットワラント

会社の株式を買戻すことを促進するため、会社はプットワラントを第三者に売却した。これらのプットワラントは、所有者にマイクロソフト社の普通株を特定の価格で特定の日にマイクロソフト社に売却する権利を与えている。1996年および1997年の6月30日現在、13百万ワラントおよび3百万ワラントが発行済みであった。1997年6月30日現在の発行済みワラントは、1997年9月に期日到来し、一株あたり105ドルの買戻し価格である。1996年6月30日現在、マイクロソフト社の選択で、発行済みワラントを現金で清算できる買戻し債務の最高限度額である635百万ドルを株主持分からプットワラントへ組み替えた。1997年6月30日の発行済みプットワラントは、マイクロソフト社の選択で純株式清算(net-share settlement)でき貸借対照表でプットワラントを負債に計上しなかった。

Employee Stock and Savings Plans 従業員株式および貯蓄プラン

Employee stock purchase plan. 従業員株式購入プラン

会社は、従業員株式購入プランを全ての適格な従業員に与えている。このプランは、会社の普通株式を、6ヶ月毎の初めの日又は終わりの日の公正市場価格のいずれか低い価格の85%で、6ヶ月毎に購入することができる。従業員は、公募期間の総報酬額の10%を超えない価値をもった株式を購入できる。1995年、1996年、1997年に、従業員は、2.1百万、1.8百万、および1.4百万株を、それぞれ、一株あたり平均23.38ドル、37.72ドル、および59.64ドルで購入した。1997年6月30日現在、19.4百万株が将来の発行のために保管されている。

Savings plan. 貯蓄プラン

会社は、内国歳入規則401(k)条に適合する貯蓄プランを持っている。参加従業員は税引き前給与の15%まで繰り延べることができる。会社は、参加者の1ドル当たりの積立に対し、参加者の所得の3%を給付限度として、50セント給付する。 給付額は、1995年、1996年および1997年に、それぞれ、12百万ドル、15百万ドルおよび28百万ドルであった。

Stock option plans. ストック・オプション・プラン

会社は、取締役、オフィサー(業務執行役員)および全ての従業員を対象にストック・オプション・プランを持っており、それは、非適格ストック・オプションと奨励型ストック・オプションを含んでいる。

オプション行使価格は、オプション付与時の公正市場価値である。1995年以前に付与したオプションは、一般的に4年半以上の行使の権利があり、オプションを付与した日から10年で満期となる。1995年以降付与されたオプションは、一般に、オプション付与の日から7年で満期となり、4年半以上の権利行使ができる。1997年6月30日現在、113百万株のオプション権利行使でき、290百万株が将来に付与ができる。


 上記に開示したプロフォーマは、1995年、1996年および1997年に権利が生じた全てのオプションの公正価値の償却を含んでいる。仮に、1996年と1997年だけオプションを付与したなら(SFAS123に記載の通り)、1996年及び1997年はそれぞれ、プロフォ―マ純利益は2073百万ドルと3179百万ドルであり、プロフォーマ一株あたり利益は1.62ドルおよび2.42ドルである。


 1995年、1996年および1997年の付与されたオプションの加重平均ブラック-ショールズ価値は、それぞれ、@10.46ドル、@17.72ドル、および@23.43ドルである。その価値は5年間の期待期間を使用し、無配当、.30のボラテイリテイ、1995年、1996年及び1997年のそれぞれについて、リスク・フリーの利率7.0%、6.0%および6.5%を使用した。


財務会計基準書(SFAS)第123号「株式での報酬に関する会計
 Accounting for Stock-Based Compensation」のプロフォーマ(見積)の開示について

 マイクロソフト社は、上記に開示されているように、会計基準委員会意見書(APB Opinion)第25号「従業員に発行する株式の会計、Accounting for Stock Issued to Employee」に準拠して会計処理しており、オプションを付与した時の株価とオプション行使価格と同額であるので、報酬コスト(Compensation cost)を計上していない。しかしながら、SFAS第123号で開示を求められている報酬額を計上した時のプロフォーマ(見積)による純利益と一株あたり利益を前記の通り開示している。それによると、プロフォーマの純利益は1995年から1997年度まで85%から88%に減少する。プロフォーマ計算の基礎は、ノーベル経済学賞を受賞したショールズ教授など(1973年フィッシャー・ブラック教授とマイロン・ショールズ教授がブラック-ショールズモデルを公表した)の基本モデル(Black-Scholes value、Option Pricing Theory)を使ってオプションに含まれる報酬コストを計算している。ブラック-ショールズ理論と公式については、インターネト上で検索ソフトであるエキサイトで「Black-Scholes」と検索すると、ブラック-ショールズ教授の理論と公式を説明しているサイトが用意されている。


 11月15日の日本経済新聞に、「ストックオプションの隠れ債務」と題してマイクロソフト社の1998年第一四半期の損益計算書で、SFAS No123の規定によるプロフォーマ(見積)で6千万ドルの損失が出た事を報じている。「ストックオプションを将来負担となる人件費コストとして算定すると、1997年7月から9月のプロフォーマでの最終損益は純損失60百万ドルとなる。現在の会計基準では人件費コストとして計上しないため、「隠れ債務」の形になっている。」というものである。隠れ債務であるかどうかは議論のあるところであろう。報酬額とする金額は、会社の資金が流出するわけではなく、報酬額相当分は貸方.資本準備金として増額されるので、減少した利益と相殺され株主持分総額では変化はない。当然、社外に対する負債ではない。

 しかしながら、1997年9月30現在ストックオプションの未行使の時価は342億ドル(120円換算で4兆1千40億円)と注記しており、資産総額153億ドル(1兆8千360億円)に対して大きく上回る。 時価の高いマイクロソフト社の場合、ストックオプション未行使の時価総額は、市場からストックオプション行使に備えるため自社株を市場から買戻しする重要な情報となる。








おわりに
 マイクロソフト社はナスダックに登録されている企業で、日本では店頭公開企業に該当する。しかしながら、今世紀最大の成長を遂げ、全世界のパソコン業界にウインドウズ95を初めとして最大の影響を与えた企業である。最近、米国司法省がインターネットのブラウザーに関して独禁法の恐れがあるとして調査中で、その行方が注目されている。

 ユニークなのは、普通株に対して配当をしてこなっかたし現在もしていない。 1997年に初めて転換優先株を発行し、1997年度に15百万ドルの優先株の配当をした。転換優先株は普通株に転換可能で優先株の配当も縮小しよう。また、米国企業では珍しく国際会計基準に準拠して年次報告書を作成している。国際会計基準で年次報告書を作成している企業を、国際会計基準委員会のインターネット上で公開しているが、52カ国の総計471社が作成し、米国企業ではマイクロソフト社を含み4社しかない。米国企業は、わざわざ国際会計基準に準拠しなくとも米国基準で十分に国際会計基準に一致し十分な開示が行われるため、国際会計基準と明記する必要もないので摘要会社が少ない。1998年3月を最終目標に、40項目に及ぶ国際会計基準のコア・スタンダード(核となる基準)を完成するための精力的な作業が進んでいる。我が国も遅れ馳せながら、連結財務諸表中心、キャッシュフロー計算書の導入、税効果会計の導入など、証券取引法の枠内で影響を受けつつある。

 企業は、証券取引法の枠以外で、既に各国の471社が国際会計基準で年次報告書を作成し公表している。企業イメージを高めるため、国際的にビジネスを展開する上で有利なため、自主的に作成している。また、インターネットの発展は国境を越えた証券取引が行われ、国内法である証券取引法を越える取引の発生が予測され指摘されている。


 ストック・オプション制度が日本で定着するかは、企業自体が成長する事であるが株価形成も重要な要素である。株式市場が健全な発展をし、企業の財務情報が分かりやすく透明性を増し、一般投資家が安心して参加できることが前提条件になろう。企業の財務状況が、倒産するまでは債務超過の状況が分からない会計であれば、株価形成の基礎となる財務情報インフラが整っていない事になる。


お問い合わせ ik8m-ysmr@asahi-net.or.jp


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