文書No.
980501b
株式会社森山事務所
格付けが企業経営のかぎを握る 98年4月から日本版ビッグバンが本格的に動き始めた。橋本首相による同構想が打ち出されて約2年半が経過したが、この間に明らかになったのは21世紀に向けた日本の金融システムの将来像ではなく、既存の間接金融の限界である。なかでも、金融仲介の中核として大きな役割を担ってきた大手銀行の疲弊ぶりが著しい。90年代初頭まで軒並みトリプルAを誇っていた大手邦銀の格付けは年々低下し、97年以降は米国銀行の平均的水準を下回っている。もはや国際的な信用力が低下した日本の銀行が、ジャパンプレミアムの上乗せを払って調達した資金より、優良企業がみずからの高格付けをバックに直接資金を調達したほうがはるかに安い。 それより深刻な問題は、国内金融市場以外に資金調達の場を持たない大多数の日本企業に対するラストリゾートとしての銀行の役割が揺らぎ始めていることである。自己防衛に迫られた銀行は、貸し渋りどころか貸出資金の回収を急ぎ、それによる上場企業の倒産すら現実のものになっている。企業経営が苦境に陥ればメーンバンクが救済に乗り出すというこれまでのルールはもはや通用しない。 企業の資金調達はこれまでのように銀行融資一本やりでは足元をすくわれることになりかねない。となれば、資本市場とのパイプを太くする必要がある。しかし、マーケットはかつてのように寛容ではない。発行体の信用力に極めて敏感になっている。市場のメッセージをくみとり、それを企業経営の舵取りに反映させていかなければ、門前払いを食らう恐れがある。かくして、株価と格付けの評価いかんが企業の浮沈のかぎを握る要因となってきた。 とりわけ、日本企業にとっては、海外格付け機関とどう付き合うかが重要な課題である。国際資本市場で自由に資金調達を行うためには海外の格付け取得が不可欠である。間接金融の分野でも、資金供給力が低下した邦銀に代わって外資系金融機関との取引関係を拡大しようとすれば、海外格付けの取得を求められるケースもでてこよう。海外格付け機関とどう付き合うかは、もはや国際資本市場を活用する一部の企業だけの問題ではない。 株価は企業のビジネスチャンスを評価するものであるのに対し、格付けはビジネスリスクの分析に比重が置かれる。両者は裏腹の関係にある。高株価と高格付けの両立はどうすれば可能なのだろうか。フリーキャッシュフローの増大がその答えである。 株式市場では、市場平均との相対比較ではなく、その企業が将来生み出すフリーキャッシュフローの現在価値による絶対評価の観点が重要性を増している。格付けでも元利払い能力の高さを示す最大の決め手は高水準かつ安定的なフリーキャッシュフローである。高株価・高格付けを実現するためには、これまでの含み資産依存経営、経常利益主義を捨て、キャッシュフロー重視の経営に切り替えることが求められる。
まず、日本の格付け機関は海外格付け機関に比べて規模を重視する傾向が強いことがあげられる。当事務所では、事業規模や収益力、資本構成、関係会社を含めたグループ全体の財務体質の強弱など数十の変数を用いたモデルで、内外格付け機関の格付け水準を推計している。そのモデルを利用して格付けがそれぞれどの変数によって説明されるかを調べてみると、ムーディーズの場合には規模の指標(売上高、純資産、キャッシュフローの額など)が38%、財務の安定性を示す指標が39%、その他が24%となる。一方、国内機関の格付けでは規模の指標の説明力が全体の70%を占め、財務の安定性指標の説明力は22%にとどまっている。 いうまでもなく、格付けは業界における企業の序列を示すものではない。格付けの分析項目は、その企業が属する産業自体の特性、当該企業の競争力や事業リスクの評価、財務の柔軟性や資本構成など多岐にわたるが、格付け機関が重視する評価のポイントや格付け決定までのプロセスには、国内でも海外でもそれほど大きな違いはない。要は考え方の違い、定性的な部分をどう判断するかの違いである。 規模は企業の信用力を図るうえで重要な要素である。規模の大きさは経営資源の豊富さを示す。現在の日本のように不況期が長引けば長引くほど消耗戦に耐えうるだけの体力を持つところが有利である。また、資金調達のかなりの部分を銀行に依存している日本企業の場合には融資の担保となりうる資産を豊富に持つかどうかも重要なポイントである。 その一方、日本経済の構造変革とグローバル化が進む中で、規模がこれまでと同様に重要な要素であり続けるわけではないだろう。いくら豊富な経営資源を保有しているといっても、それをただ眠らせておくだけの会社よりも、バランスシートを極力スリム化し、必要に応じて外部経営資源を機動的に取り入れる省資本型企業の方が環境変化への対応力に優れている場合もある。変化のスピードについていけない企業はたとえ大企業であろうと容赦なく淘汰されるのがビッグバン後の世界である。これまでは銀行との関係が日本企業の信用をサポートする要因だったが、今後は経営困難に陥った企業を必ず銀行が救済してくれるわけではない。 そうなると、決め手となるのはその企業が過去に培ってきた資産の蓄積ではなく、将来のキャッシュフローを生み出す力である。そうした日本企業の構造変革への対応力をどう評価するかで格付けの判断は大きく違ってくる。 したがって、格付けの符号だけを比較して、国内格付け機関が甘いとか海外は辛いとか議論をしてもあまり意味がない。格付けは、5年とか10年の長期の投資を行った場合に発行体企業がどの程度の確率で経営困難に陥るかを示すものであり、株価と違って半年やそこいらでその判断の正しさが証明できるものではない。一部の報道にみられる「海外格付け機関に戦々恐々」、「危ない会社はどこか」、といったセンセーショナルな取り上げられ方は格付けの本質を捉えたものではない。 甘い格付けが本当に甘いのか、海外の辛い格付けが本当に正しいのか。その答えは、5年とか10年の時の経過があってはじめて証明できるものである。だからこそ、格付け機関に求められるのは、コンシステンシー、すなわち日本企業の将来を見据えた揺るぎのない信用評価の視点である。
発行体からすれば、頼みもしないのに勝手に自分の会社の格付けを行い、それを公表するとはけしからん。まさに、「勝手格付け」ということにもなるが、企業にとってそのまま放置しておくのは得策ではない。依頼していないからといって一切情報提供をしなければ、格付け機関は公開情報だけに基づいて判断を下す。発行体からの情報がないということはそれだけ信用リスクの要素としてブラインドの部分が残るということである。目隠しされた部分は当然保守的な判断で格付けされることになる。出てくる結果も発行体にとって不本意なものになりかねない。 望ましいのは、依頼に基づく格付けであろうと、なかろうと、格付け機関とミーティングを持ち、先方が懸念する点があればそれに対してきちんと説明してやることである。もちろん、積極的な情報開示の結果、先方が想定していなかったリスク要因が浮かび上がるという可能性もあるが、そうした要因が後々表面化すれば格付けを引き下げられるだけでなく、格付け機関との関係を損なうことにもなりかねない。 とくに、海外格付け機関の自動格付けには注意が必要である。海外格付けが自動格付けだからと、ほうっておくと国内の格付けに微妙な影響を与えかねないからだ。とくに、ムーディーズの格付けが国内の評価に比べてかなり低い場合には、国内格付け機関から高い格付けをとるチャンスはない。 格付けには自己実現的な要素がつきまとう。ある格付け機関による格下げをきっかけに、その企業の資金繰りが困難になり、実際の破たんに追い込まれたとする。そうしたケースで、他の格付け機関が相対的に高い格付けをつけていた場合、その格付け機関の見方は甘いという烙印を押されてしまう。 拓銀や山一証券の破たん以降、上場企業の不倒神話は大きく揺らぎ、市場には次の経営破たん企業はどこなのか、と疑心暗鬼のムードが蔓延している。格付け機関からすれば、高い格付けを付与していた企業が一夜のうちに経営破たんに追い込まれたのでは、自らの存在理由を脅かしかねない。 発行体としては、自社の格付けに内外で大きなギャップがある場合には、国内格付けにも引き下げ圧力がかかることを承知しておくべきだろう。海外格付け機関による自動格付けは今後さらに対象企業が拡大すると予想される。国内格付け機関に比べ海外格付け機関への対応が手薄な日本企業が多いだけに、この点には注意が必要である。
格付け機関は資本市場の重要なインフラのひとつであり、資本市場の健全な発展なくして格付け機関の発展もありえない。リスク過敏症に陥った市場の見方を追認するような低い格付けをつけるだけなら投資情報としての価値はない。企業の破たんを恐れるあまりに発行体から十分な情報提供も受けずに「勝手格付け」でとりあえず格付け機関にとって「安全」な低い格付けを付けておくという後追いの姿勢では、当面の批判は避けられても後世の評価に耐えられないだろう。 格付け機関がリスク評価のプロを自任するなら、市場の疑心暗鬼を吹き飛ばすような明快なスタンスを打ち出してもらいたいものだ。とくに、国内格付け機関は日本企業の潜在能力に対する評価では海外格付け機関にひけをとるとは思えない。日本株式会社の再生を先どりするような独自の視点を訴えて欲しい。
実際、BB以下の格付けはどの程度のリスクがあるのか。この点については、日本格付投資情報センターが公表している10年間の累積信用リスク比率が参考になる。「信用リスクとは企業が債務超過や連続赤字などの経営困難に陥る比率を表わす」もので、当然ながら格付けが下がるほど信用リスクの比率は上がる。同社の集計ではBBB格の10年間信用リスク比率は7.06%、BB以下では22.73%にあがる。ムーディーズの同様の調査ではBB格の信用リスク比率は20.9%で、大きな差はない。すなわち、BB格では10年間で5社に1社の割合で経営困難(経営破たんではない)に陥る可能性があることを示しているわけだ。 この確率を高いと考えるかどうかは判断の問題だが、この程度の信用リスクであれば十分な分散投資を行うことにより吸収可能であろう。実際米国では年金基金や投資信託が投機的等級債、いわゆるジャンク債にも活発な投資を行っており、ジャンク債市場は債券市場の一角を占めるほどに成長している。それよりなにより機関投資家にとって格付け機関の評価はあくまでも参考情報にすぎないはずである。海外格付け機関の意見で金融市場が振り回されるような状況は明らかにおかしい。今のままでは、日本の資本市場にその規模にふさわしい厚みと深みは生まれない。
発行体企業は、格付けを直接金融時代のメーンバンクとして使うべきである。日本経済の構造変革が進むなかで、企業経営の舵取りは今後ますます難しくなる。市場の声を無視した経営は大きなリスクを抱え込むことになるだろう。その意味で、市場の代弁者であると同時に市場に対する発行体の代弁者として格付け機関が果たすべき役割は大きい。そのためには、格付け機関を忌避するのではなく、企業と格付け機関が対話を継続することによってお互いの正しい理解と信頼関係を築いていくことが肝要である。
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