ディスクロージャー研究学会



(青空に物事を晒すと虫干しされ綺麗になる)

文書No.
980601

日本のディスクロージャーと格付け

    山口大学経済学部教授  吉村光威

     

市場経済の要

 ディスクロージャー、つまり情報の開示は証券でも商品でもその価値に関する情報を開示してその価格の形成が公正、円滑に行われるようにするものである。情報の開示が十分でない(これを情報の非対称性という)と価格形成に歪みがでて証券、商品の選択に誤りが生じ(逆選択)、その結果、「市場の失敗」をもたらす。現在では市場経済の要であり、政治・行政の情報公開が民主主義の要件の一つであるのと同様その重要性が理解される様になった。


バブル経済は巨大なインサイダー取引

 わが国の場合、1980年代後半の土地・株式のバブル経済の形成は「無原価資金の調達」などといってまさに金融期間と法人間の「巨大なインサイダー取引」により形成されたと理解されるようになった。価格形成が行き過ぎかつ歪み、90年代にはいってこれが崩落、市場の失敗を証明した。つまり土地担保金融を基本とした間接金融は失敗した。


「日本の情報開示はポプリ」

 このようなことから日本のディスクロージャー制度は「ポプリ(potpourri)みたいなもので、なにやらいい匂いがするが、あまりにも国内的で、国際的には部外者」(ゲルハルト・ミーウラー、1992、注1)といわれている。特に会計ディスクロージャーは証券取引法、商法、税法という「トライアングル体制」で時には「魔のトライアングル」とさえいわれ矛盾に満ちている。国際的には連結決算しか通用しないが、これは証券取引法だけの規定であり、税法で連結納税を認めているわけでなく、商法で連結配当を認めているわけでもない。独禁法で「純粋持ち株会社」(ホールディング・カンパニー)が認められていない。


暗黒の銀行のディスクロージャー

 特に問題なのは銀行のディスクロージャーでこれは事実上「治外法権」である。確かに銀行法の改正でディスクロージャー規定が盛り込まれ、ディスクロージャー誌が店頭に置かれるようになった。分厚く美麗であるが、中身は任意で、空疎。新聞でいえば広告で、記事ではない。銀行の内株式を上場・公開しているところは証券取引法上のディスクロージャーが義務づけられている。これが優先されるべきである。銀行法は一種の業法である。

これを優先するのは筋違いで、治外法権といわれる由縁である。
 法的な強制的ディスクロージャーは開示する項目は定義が明確で、時系列的にも横断的(会社間、業種間、国際間)にも比較可能なものでなければならない。銀行の「デ誌」はこの重大な要件に欠ける。言葉に反して志しが低いといわざるを得ない。

 有価証券報告書の方は東京証券取引所に提出されている米国の銀行の有価証券報告書と比較して著しく見劣りする。平均残高は全項目記入されており「原価」など外部者が計算可能である。日本のように経営比率の計算結果を開示するのは邪道である。しかし最もディスクロージャーの考え方に反するのは不良債権の開示とBISの自己資本比率対策の会計処理。

 大蔵省が不良債権の額を30兆だとか79兆とか合計で発表するのはいかがなものか。株価は個別の銀行のものであり、責任も義務も個別の銀行の問題である。金融ビッグバンといいながら護送船団方式ないしは金融幕藩体制そのものである。さらに含み益のある土地はそれを表面化させ、含み損のある株式はそれを隠し、BIS自己資本比率規制をクリアーしたという。これを大蔵省が音頭とってやらせるという暗黒ぶりである。


「格付機関は新しい銀行」

 一方格付けとは何か。ディスクロージャーの一環である。格付け機関のアナリストが債券の発行体の元利金の将来の支払能力を予測・評価して分かりやすい記号(表参照)で市場に明らかにすることである。これによって資金の国民的配分を効率的に適正に行うものである。何故なら健全な発行体はコストが低く豊富な資金を集めることが出来るのに対し不安定なそれはコストが高く少ない資金しか集まらない。国民も資産のポートフォリオを収益とリスクを軸に容易に選択できる。従って「格付け機関は新しい銀行」(池尾和人、1997、注2)といわれる。


開示不足なら低い格付け

 ディスクロージャーと格付けの関係を具体的にいうと、「米国の格付け機関は対象発行体に分からない事があれば格付けは2ー3ノッチ低くする」(エドワード・アルトマン、1997、注3)という。日米で格付け格差が2ー3ノッチ(米国系が低い)あるが、いわゆる勝手格付けが多い米系格付け会社の日本企業の格付けの場合、この傾向が顕著。「分からない事がなくなれば格上げされる(同時に多額の手数料も徴収されることもあるが)。


ビッグバンは情報公開が前提

 本来、企業が法的にも任意(IR=インベスターズ・リレーション)にもディスクロージャーを徹底しておれば過去の評価には大きい差は出ない。差が出るのは将来の見通しである。ただし過去の評価が低ければそれがスタート台になるから格付けも低くならざるを得ないという側面もある。格付けを間違われないよう情報の開示を怠ってはいけない。


 情報は大航海時代ならぬ「大公開時代」(吉村光威、1991、注4)にはいっている。それが市場経済体制に欠かすことが出来ないわけだからだ。官僚統制から市場経済体制にビッグバンするなら前提として情報公開が必要である。企業側のシグナリングとアナリストなどのモニタリングが正しく機能して格付けを含むディスクロージャーがもたらされる。



(注1)ゲルハルト・ミューラー 元ワシントン大学教授、現FASB(全米会計基準局)ボード・メンバー。著書「国際会計」のなかで日本の会計制度を照会した冒頭の文章(100ページ)。

(注2)エドワード・アルトマン
ニューヨーク大学教授、倒産学の権威、倒産判別関数のZスコアーで有名。
(注3)池尾和人 慶応大学教授、金融ビッグバン構想をまとめた。「現代金融入門」(1997)でこれを指摘した。

(注4)企業財務制度研究会機関誌「COFRIジャーナル」91年第3号拙著「大航海時代」



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