・ 財務情報の開示の基準・透明性を確保しない限り、投資家の信頼性を得られない=市場の基礎条件
はじめに
日本長期信用銀行に公的資金等を投入するかどうか議論が沸騰している。98年3月期の決算では、BIS基準で10%を超えて他の金融機関よりもよい状況が報道されていたが、半年も経たずして頭取は公的資金を導入することを前提に4%を維持していると公言した。一方、議論は突如として7500億円の不良債権の処理と株式の含み損(原価法を適用と公表)を考慮して実態は債務超過ではないかとの疑惑が野党から持ち上がった。単純に計算すると、98年3月期の日本長期信用銀行の株主資本は7872億円(単独)と公表している。7500億の不良債権を処理すれば、残りの株主資本は372億円となり、株式の含み損を考慮しなくても不良債権の測定如何では債務超過の疑いが生じても止むを得ない状況にある。伝える所では、住友信託が合併ないし営業譲渡を受けるため、アーサーアンダーソン会計事務所に監査を依頼して譲り受ける財産状況を確定したいとしている。金融監督庁の検査は9月末まで行われ、10月以降の監査になるとのこと。譲り受ける企業または合併会社としては当然の依頼である。
また、日本長期信用銀行は有価証券の評価方法を大蔵省が政策的に認めた「原価法」を適用するとしているが、譲り受ける側にしてみれば、時価で評価した価格で受け入れるのが常識で、含み損を抱えたまま譲り受けることは、住友信託の株主代表訴訟のリスクがあることから考えられない。原価法による含み損は、住友信託が引受けない限り公的資金で賄うことになる(?)。 大蔵省が認めた銀行に対する「原価法」は、日本長期信用銀行の場合、誰が責任を負うのか。 国民は、行方を注視しておくべきであろう。ちなみに、日本長期信用銀行の97年3月期末(何故か98年3月末の貸借対照表がインターネット上公表されていない)で、保有株式は2兆2490億円とある。
日本長期信用銀行に限ったことではないが、住専や山一のように、直前期の財務諸表には倒産の虞は見えなかったものが、半年もしないうちに倒産し蓋を開けてみれば債務超過であったことが判明している。債務超過であるかどうかはひとえに「会計基準」に従って会計処理した結果債務超過であるのかどうかである。「会計基準」が不備であるなら、その結果公表される財務情報は信頼を得られる情報とはならない。会計監査は、会計基準に準拠しているかどうかについて意見を形成するもので「監査」をしたからといって信頼性を生むものではない。会計監査人は、会計基準とチェックするが会計基準ではない。一般に認められた会計基準を超えて意見を形成することはない。
投資家および関係者への財務情報の開示として適切に行わているかどうかは、第一義的には「会計基準」が適切な財務状況の開示ができるだけの完成度があることなのである。次に、適切な監査により信頼性の付与の問題があるのである。会計基準の問題と監査の問題は明確に区分すべきなのである。財務情報の信頼性はまず会計基準の完成度が優先し、次に監査の精度なのである。
日本の会計基準は、果たして投資家および関係者に適切な財務情報を提供する仕組みになっているか検討してみる必要がある。
適切な情報を入手できて、はじめて政策当局や政治は正しい判断ができるはずである。債務超過かどうか分からず右往左往した議論は、時間を浪費して政策判断も誤る恐れがある。
9月23日、小渕首相が訪米し米国政府に経済政策の説明をした際、米国側から「存続可能な金融機関に公的資金を導入することを促された」とある。日本側の議論は、「倒産する前に公的資金導入の可否」しか議論していなかった。早い時期に正しい財務情報が提供されていればもっと深い議論ができていたのではないか。時間の浪費である。
また、会計基準はルールである。一定のルールに従って、等しく適用されて財政状況および業績が適切に開示されてはじめて投資家ないし関係者に投資判断ができる。
しかしながら、ルール(会計基準)を曲げてしまったら企業の実態は分からず、投資家に「自己責任」を押し付けることができようか。
会計基準の基本は、企業の財政状況、業績、キャッシュフローの状況を正しく示し、投資家等の判断ができるようにすることにある。政策当局も含めて、ルールを曲げて政策や対策を先送りするよりも、監督当局が政策や対策を検討し実行することにある。
国際会計基準委員会のホーム・ページ(http://www.iasc.org.uk/)に、国際会計基準を導入するに際して自国の自己主張を曲げない主要な2・3の国々として日本が掲げられている項には、次のように記している。
「日本の会計基準は、政府(税を徴収したり、マクロ政策を立案する責任をもつ大蔵省)が設定する。日本の会計では、時に、政策的に取扱う(politicized)ことは驚くことではない。数年前、日本の銀行が初めて危機に瀕したとき、日本政府は何をしたか?日本政府は、国民が金融システムの信頼性を失う恐れがあるという理由で、銀行に対して貸倒引当金の積増しを要求しなかった。そして、今年、日本政府は、アジア経済危機に直面して何をしたか?日本政府は、金融機関に対し土地の再評価を認める法案を提出し、明らかに自己資本割合を押し上げた。単純な会計のトリックができるときに、誰が実質的な資本を注入しよう(訳者注:皮肉か?)(国際会計基準委員会ホームページURL : http://www.iasc.org.uk/news/cen8_124.htm参照)」
つまり、銀行に対する「原価法」の適用にしろ、日本はルール(会計基準)変えてしまい、企業の実態を分からなくして、政策目的に利用されることを驚きとしているのである。国際会計基準は、企業の実態を表す会計基準作りを目指している立場からすれば驚きとしか映らないのである。
国際会計基準の行方
1993年、日本の大蔵省、米国のSECなどの証券監督局がメンバーとなっている証券監督者国際機構(IOSCO、International Organization of Securities Commissions)は、「国際会計基準を包括的な基準として承認し証券を公募ないし証券市場に上場する際の企業の会計基準は、会計基準として必要な構成をもち完成したものであることを要する。」として、国際会計基準委員会(IASC、International Accounting Standards Committee))に対し40項目にのぼる個別会計基準(コア・スタンダードー{核となる会計基準})を要求した。
コア・スタンダードの完成予定を当初1998年3月としていたが、金融商品の会計基準が合意に達せず遅れているが1998年中の暫定的完成を目指している。
金融商品についての会計基準は、我が国の大蔵省企業会計審議会が「金融商品に係る会計基準の設定に関する意見書(公開草案)」を6月16日公表し、時価会計導入をしようとしている。日本の公開草案は、国際会計基準の「公開草案第62号金融商品―認識及び測定、中間報告(Interim Projectとしており、今年6月公表し9月末にコメント期限としており今年中に完成を目指している)」草案と擦りあわせており双方の草案とも類似したものになっている。ただし、国際会計基準委員会では、金融商品の包括的会計基準を2000年に草案提出し完成を予定している。
百家争鳴の中にあり、いつ国際会計基準が世界基準(World's Standards)になるか不明であるが、国際会計基準委員会のホームページからその動向を見ると、現に国際会計基準で年次報告書(Annual Report)を作成している企業は52カ国414社(1997年10月6日現在)にのぼる。日本企業は、富士通、第一勧業銀行、さくら銀行、三和銀行、キリンビール、佐世保、東レなど合計7社、米国企業のマイクロソフト社などが既に国際会計基準で作成している。これらの会社は、証券取引所の上場目的にのみ年次報告書を使用しているのではない。自社の紹介に本国以外の国々との取引開始に当たり自社を紹介するために年次報告書を手渡すことで理解を得ることができるのである。取引相手は、企業を理解する上で便利な資料となる。私の経験では、欧米企業と面談すると年次報告書を片手に自社を説明したり、名刺代わりに貰えることが多い。また、冷戦時代に、SEC登録の日本企業からの依頼があり、米国会計基準で既に作成してある年次報告書を中国語に翻訳して欲しいとのことであった。目的は、発電所や製鉄所などの国家プロジェクトに参入するため、中国政府に自社を紹介する必要があり、比較財務情報を含んだ年次報告書を必要としているとのことであった。
財務情報は、事業遂行の上で重要な道具となるのである。上場のための資料だけではないのである。海外進出で英文の財務情報はどこの国々でも英語を現地語に翻訳できるメリットがあるが、そればかりでなく、会計基準が分かりやすいというメリットが欠かせないのである。日本の有価証券報告書を翻訳してみても理解しがたい。なぜなら、政策目的に歪んだ会計基準で日本人でも分かりずらいものだからである。
すでに国際会計基準を認めている主要な証券取引所がある。ロンドン、フランクフルト、チーリッヒ、ルクセンブルグ、タイ、ホンコン、アムステルダム、ローマおよびマレーシアなどである。
日本が模範としてきたドイツやフランス政府は、「マルチナショナルな企業は、国内と国際双方の目的のためにグループ勘定で国際会計基準を適用すべきである」としている。国内基準との重複を避けようとしている。既に知られている事実は、新興産業国である。基礎となる会計基準の無かった国々が国際会計基準を導入する動きにある。資金調達を必要とする新興国は、発電所など国家プロジェクトを遂行するために民営化し外国市場での上場により、先進国の市場から資金調達する動きがある。現行では、中国やインドネシアなど限られた企業であるが米国基準でニューヨーク証券取引所に上場を果たした。
世界の市場のどこでも上場できるなら、国際会計基準は企業にとって大きなメリットになることは明らかである。いつも米国市場が活況であるとは限らず、以前のようにロンドン、チューリッヒ、ルクセンブルグ、シンンガポールなどで資金調達する企業が出てくることを考えれば自ずとそのメリットが知れよう。つまり、どのような状況下でも企業に選択肢が残されているのが望ましいのである。
国際会計基準は、既に作成している企業、承認済みの証券取引所、新興国の動向、ヨーロッパの動向など、既に動き出しており無視できない状況にある。
産業インフラとしての会計基準
格付け会社は、山一證券の倒産で一躍脚光を浴びた。信用失墜により大企業を倒産させるほど影響力のあることに驚かされた人が多いようである。 格付け会社は、米国で1929年から始まった大恐慌で脚光を浴びその地位を確立した民間企業である。社債を発行する企業を支払能力により格付けし、投資家の判断の基礎とする格付け情報を提供すると同時に、企業にとっては高い格付けにより低コストの資金調達をしようとするものである。格付けは社債券の償還(返済)能力を格付けしたもので、優良企業ほど償還能力が優れているものといえる。償還能力は当然のこととして、企業の財務状況を基礎とし、返済能力に優れているかどうかは財務情報が有力な資料となる。
適切に示された財務情報が有力な資料である。つまり、財務諸表を作成する基準である会計基準が「財務状況、業績、キャッシュフロー状況を適切に示す」ほど完成度が高ければその基準を基礎として作成された財務諸表は信頼に足る財務情報となりえるのである。
信頼できる会計基準は、信頼できる財務情報の提供の基礎条件であり、それに信頼性を付与するのが会計監査である。格付け会社の格付けの基礎資料となり、基礎資料の信頼性の如何によっては、格付けの結果を左右することになる。
つまり、社債券市場を支えるのは、投資家に企業の財務情報を提供するため信頼できる「会計基準」が不可欠なのである。信頼できる会計基準ができなければ、社債券市場は芽を吹かない。
ちなみに、97年度の日本の起債額は8兆8千億円(前年比56%増)、98年度は10兆円を超えると予想されている。米国では、社債が50%を占め銀行借入の割合は20%に過ぎない。一方、日本では社債は僅か10%、銀行借入が70%を占め間接金融に偏重している。また、発行会社も大企業に限られているばかりでなく、97年度の社債発行額のうち、個人投資家が直接購入した額は3086億円(97年度)とわずか3.5%に過ぎない。
銀行の貸し渋り、資金回収ラッシュに「債券市場がもっと発達していたら、影響が和らげたのに」(三和銀行)という声が起きている。
発行残高が97年末で4千5百6十億ドル(1ドル130円換算で約59兆円)にも達する米国低格付け債市場の規模である。信用力の低い企業でも社債を発行して資金を調達できるというものである。S&P社やムーデイーズ社などからダブルB以下の格付けされた社債である。かつては、ジャンク(くず)債と呼ばれイメージを悪くしたが、最近はハイ・イールド(好利回り)債と呼ばれている。
いわゆる、ハイリスク・ハイリターン、ロウリスク・ロウリターンの世界である。
大事なのは、日本にもこうした市場があれば貸し渋りに直面した企業は、代わりに社債を発行でき資金調達できるというものである。日本にも必要論は膨らむが存在しない、と8月26日の日本経済新聞は伝えている。
社債市場が発展するためには企業の社債発行の動機、証券を販売する証券会社、投資家などそれぞれの動機が必要なことは勿論であるが、インフラとしての財務情報の提供に関する基準、つまり会計基準が必要である。
投資家に発行企業の財務内容を適切に開示する基準が必要なのである。証券取引法の目論見書(証券発行に関する企業内容開示書類)が相応しいか。大企業には相応しいが中小の企業には質・量ともに相応しいものではない。
また、同様なことが言えるのは未公開企業が株式を発行する場合にも、当然投資家に財務内容の開示が求められよう。
投資家の保護の為には、適切な財務情報を提供することにある。投資家の自己責任を負えるまでの開示は必要である。規制を強化し、投資家に投資のチャンスを失わせ、また、企業に資金調達の機会を失わせるべきではない。
企業買収にも、会計基準は重要な役割を演じる。住友信託が日本長期信用銀行を合併ないし営業の譲受け関し、外資系会計事務所に日本長期信用銀行の財産(債権、証券など)の監査を依頼したと報じている。依頼された会計事務所が外資系(米国系)であることがポイントである。会計基準が明白な米国基準での評価を依頼したものである。当然の成り行きである。日本の会計基準では、受け入れる住友信託はややもすれば株主代表訴訟の餌食になりかねない。見方によれば、会計基準のインフラ整備がされていないため、日本の会計士は監査を引受けるチャンスを失ったものである。
米国では、買収や合併は日常茶飯事である。それぞれ、会計事務所に合併や買収の監査を依頼する。監査の基礎は会計基準である。
つまり、債券市場にしても、格付け会社にしても、合併や買収にしても、投資家に対する財務情報が信頼できる会計基準を基礎として、または、インフラとして成長発展しているのである。
話は古くなるが、米国の映画製作会社コロンビア等を買収したソニー、MCAを買収し後に手放した松下電器が、買収に際し巨額な営業権(Goodwill)を計上した。ソニーは、1990年3月期の連結財務諸表に6294億円の営業権を計上している。松下は92年3月期に7961億円の営業権を計上している。共に米国基準の40年の償却をしている。当時日本の会計基準では、連結財務諸表原則には明記されていなかったが商法の営業権償却の5年という慣習(?)が存在した。私には慣習というよりも会計基準の不備と言ったが事実であるし分かりやすい。なによりも、ソニーも松下もSEC登録企業で米国基準で公表したことが幸いしていた。後に、松下はMCAを手放し、ソニーは早期償却を余儀なくされ、成功不成功は時の運であり、その時々にチャンスを自己責任でチャレンジできる選択肢があったことは確かである。当時、日本の基準では選択肢はなかったのである。ちなみに、いわゆるインフラが整備されていなかったのである。大蔵省企業会計審議会が規定した連結財務諸表原則(2000年3月期より本格適用)は、連結調整勘定の償却は米国の40年に対し2分の1の20年の償却としている。
日本の会計
日本の会計は、商法、証券取引法、法人税法の三者が密接に関連して財務諸表を作成する。紙面を賑わす不良債権の有税償却は、まさに法人税法が損金算入を認めない償却を指し法人税法が企業決算に深く影響していることを如実に現している。商法第281条以下第295条までを「第四節・会社の計算」の規定を置く。不良債権に関しては、商法第285条の四第二項は「金銭債権に付き取立て不能の虞れある時は取り立てること能はざる見込み額を控除することを要す」とだけ規定しているのみである。大蔵省企業会計審議会の公表している企業会計原則には、注解8に「引当金について」の規定があり、「将来の特定の費用又は損失であって、その発生が当期以前の事象に起因し、発生の可能性が高く、かつ、その金額を合理的に見積ることができる場合には、当期の負担に属する金額を当期の費用又は損失として引当金に繰入れ、当該引当金の残高を貸借対照表の負債の部又は資産の部に記載するものとする。」とあり、例示として、貸倒引当金、債務保証引当金、損害賠償引当金等を列挙しているのみである。
世を揺るがす不良債権の会計基準は、上記の日本の制度会計の結果である。バブル崩壊による異状事態であることは確かであるが、企業の実態を示していないことも確かであろう。
日本の著名な会計学者は、商法・証券取引法・税法の関係を「トライアングル体制」として欧米諸国に日本の会計を紹介しているが、欧米の国際会計に関する著書によれば、配当可能利益を算出する商法はキャッシュフロー(資金の流入・流出)の考えが、発生主義の証券取引法の会計と矛盾し、その双方の利益が一致するのは不思議であると解いている。
戦後の会計について詳しい故・太田哲三氏著「近代会計側面誌」(中央経済社)によれば、
終戦後、占領軍は財閥解体のため、旧財閥や軍需会社に財務諸表を求めた。英文財務諸表でなければならなかったため、停年で一橋大学を退官した村瀬玄氏を嘱託として作らせた。氏は、ペンシルバニア大学で勉強された方であり英語には堪能である。かつ、米国には多数の友人を持っていて・・云々とある。その結果提出した英文財務諸表は司令部の理解を得られず、司令部は昭和22年の暮れにインストラクションを発表した。これは財務諸表の様式を定めたもので、今後はこの様式を以って司令部に届け出ることが要請されたとある。インストラクションの前文には、「日本の会計実務は惨めなほど不整備である。」と言う意味のことが書いてある。これが、昭和24年7月9日大蔵省企業会計審議会の前身である経済安定本部企業会計制度対策調査会が公表した企業会計原則の前文に書かれることになった。
前文に、「我が国の企業会計制度は、欧米のそれに比較して改善の余地が多く、且、甚だしく不統一であるため、企業の財政状態並びに経営成績を正確に把握することが困難な実情にある。我が国企業の健全な進歩発達のためにも、社会全体の利益のためにも、その弊害は速やかに改めなければならない。」とある。日本長期信用銀行の議論をこの終戦直後の文章は、初心に返れと教えているように思うのは私だけであろうか。
上記前文を記した「企業会計原則」は、作成の中心的人物で著名な故・黒沢清氏著「近代会計学」(春秋社)に詳しい。それによると、終戦後の混乱の中、当時の日本では最新の米国の会計学文献である「SHM会計原則」を入手し、重要な資料としたことが記されている。サンダース、ハットフィールド、モーアの3人の会計学者(頭文字のS.H.M.を取っている)が米国公認会計士協会の依頼により作成されたものである。これを中心として諸外国と日本の状況を加味して「企業会計原則」は作成されたとしている。これにより基本的な骨組みが作成され数次の改正を経て現在に到っているが、基本的な体系は変わっていない。
なお、米国では、「SHM会計原則」は研究論文で実務上の会計原則となったことはない。また、故・沼田嘉穂氏著「企業会計原則を裁く」(同文館)には、司令部のインストラクションから「企業会計原則」の設定までの経緯及び内容について詳しく記している。
戦後の占領政策の延長線上で、当然商法の改正も検討された。商法学者田中誠二氏著「会社法」(千倉書房)によれば、昭和23年アメリカ主義に変える根本的改正が検討されたが、上記の企業会計原則および財務諸表準則(現在の規則)そのものが確定的なものとは言い難く、実際界方面のにおいても相当な反対があり、これに基づく改正は時期尚早という説が強かった、とある。米国の会社法のように会計規定を盛り込まず、会計基準に準拠しようとしたところ、会計基準が整備されていないと判断して、計算規定を残したとある。したがって、証券取引法の財務情報の開示という目的と、配当可能利益を算定する商法の計算規定が存在することになったとある。
米国における証券取引委員会(SEC)は、会計基準を設定する権限は放棄しているわけではないが現在まで設定してはいない。SECは、会計連続通牒(Accounting Series Releases、通称ASR)150号で会計基準の設定は財務会計基準委員会(Financial Accounting Standards Board
通称FASB)にあると明記して自らは設定していない。重要なことは、SECとFASB双方ともに巨大な組織であるが専門家集団であるだけでなく、議会からのチェックを常に受けていることも欠かせない事実である。
一方、我が国は、証券取引法のもと会計基準および会計規則は大蔵省にあり、会計基準から財務諸表規則、規則要領まで広範囲にわたる。つまり、米国のFASBの機能とSECの機能が合体し万能の機能を備えている。従って、日本特有の上記に記した政策的配慮が会計基準に反映する。リース会計基準も国際会計基準のリース会計基準に似せているが、その実態は似ても似つかないものとなっているのはその典型といえよう。聞く所によると、リース業界の要請を受けたものになったとのことである。官僚の業界調整役の機能を発揮した結果のようである。
デイスクロージャーは何でも開示することではない
デイスクロージャーの重要性は誰も異論はない。しかしながら、日本では、デイスクロージャーの内容については具体的な議論がない。デイスクロージャーは何でも開示しなければならないか。市場の競争力を維持している企業機密までも開示の対象になるのであろうか。否である。具体的には、開示のルールが必要なのである。財務情報については「会計基準」であり、上場企業について多くの株主等に対する投資家保護の目的で非会計情報や追加情報を求めるのは証券監督局の規則ということになる。
欧米の企業が株式や債権などの証券を発行する場合、証券会社は証券の購入者に十分な説明を行うため目論見書(証券の内容や企業の財務情報や非会計情報を開示したもの)を作成する。
目論見書作成は、証券会社側の弁護士、企業側の弁護士、財務諸表を監査する会計士、証券会社、発行企業が一堂に会し合同会議が行われる。証券会社側は投資家に投資リスクを十分に説明するため開示範囲を広く求める。一方、企業側は、企業機密までは開示したくないため必要最小限にとどめたい意向がある。合同会議では、第一回の目論見書の草案をたたき台に、合同会議の中で骨子をかためる。証券会社から口火をきり会社側が不都合と考える事項は会議の中でつめることになる。合同会議の草案は、発行企業、双方の弁護士、会計士に回され、証券会社が完成させる。会計士は財務情報についての事項、弁護士は財務情報を含む企業内容開示及び証券の事項など法律関係について詰めていく。草案の内容チェックは3回程度行われ、証券発行日の直前まで行われる。
つまり、財務情報については会計基準を基礎に開示が行われ、財務情報以外の企業内容開示は証券会社側の弁護士、企業側の弁護士を通して作成されるので、一方的な開示要求になってはいないのである。企業機密に該当するようなものが要求された場合は協議の中で解決できる。
日本の場合は、他社の例を参考に大蔵省令の要件をみたしほぼ機械的に作成される。欧米のように弁護士の関与はない。また、日本の証券取引法における有価証券報告書は大蔵省令による開示であるが、附属明細書に上位から数社の得意先や仕入先名金額などを一律に記載させているが、場合によっては企業機密に属する場合があり過剰開示になる虞がある。そもそも、欧米の財務諸表には附属明細書を公表はしていない。
会計基準で、資産・負債の認識の方法、測定、費用・収益の認識などに関する基準と開示の内容を明らかにすることで、過剰な情報又は過小な情報を整理すべきである。弁護士の関与も必要であろう。
欧米の会計基準は詳細に規定し会計基準の部数が多いが、作成される財務諸表はコンパクトに纏められ読み物として適当な分量となっている。SECの規則は、原則、会計基準に関わる規定はFASBに依拠しており、証券取引法ないし証券法で投資家保護に関する会計情報以外の情報開示に限定している。
一方、日本は会計基準は大蔵省企業会計審議会、日本公認会計士協会の実務指針、大蔵省令、加えて、商法、税法と重複規定が多い割に規定の内容は少なく、作成される有価証券報告書のページ数は多い割に内容は乏しく財政状況及び業績内容は分かり難い。
財務情報が分かり易くするためには、会計基準も解り易くすべきである。経営者、作成者、監査人、投資家、証券アナリストなど関係者一同が解り易いことが必要である。複雑な会計基準は、適用の誤りを起こし易く、また利用者にとっても理解不能なものになる。
会計基準は独立すべき
企業会計では、資金の調達、買収、合併、企業の紹介など企業の財務諸表を開示して、投資家、取引先、金融機関などの利用に十分に耐えられものでなければならない。
資本市場では、米国の債券市場のように低格付け会社が債権を発行して巨大な市場を形成している。格付け会社も信頼できる会計基準の元に格付けが行われる。日本でも国策として格付け会社ができているが、日本長期信用銀行に限らず日本の企業の会計情報の信頼性に疑問符がついている中では、苦戦を強いられることになる。ジャパンプレミアムも会計情報の不備が一因であることは疑いない。
未公開株市場も、米国の繁栄の陰に「会計基準」が企業と投資家の架け橋として、インフラとして機能していることも疑いない事実である。
欧米の会計基準は、上場会社等証券取引法の枠に囚われてはいない。我が日本は、上記に記したように、会計基準は証券取引法のもとに置かれている。事実、証券取引法適用会社以外は商法の計算規則により財務諸表が作成されている。商法は、連結財務諸表を考慮されていない。子会社が親会社以上の赤字を出しても、親会社単独で利益が出ている以上配当しても適法となる。単独財務諸表では、企業の実態は把握できる範囲は限定される。また、情報開示の点からすると、単年度の貸借対照表、損益計算書の開示となり、企業業績や財政状態の趨勢は専門家であっても判断しかねる情報である。
国際会計基準導入と喧伝してみても、日本の現実は、現在の会計基準設定の仕組みでは、証券取引法適用会社のみに、それも国際会計基準の一部適用にすぎない。
会計基準は、関連当事者に財務情報の提供というインフラを整備するためには、いかなる法律からも独立して設定すべきものである。
企業会計の止まらず、特殊法人、エージェンシー、非営利組織(NPO)、地方自治体、公益法人、国家の財政など、説明責任(Accountability)を負っている組織、団体の財務情報の開示は、情報開示のインフラとしてその重要性を理解することからはじめなければならない。
具体的な例は、米国にある。FASBは企業会計から非営利団体の会計基準、地方自治体の会計基準(GASB)を設定している。相互に理論的整合性を持たせ理解し易くなっている。
日本のように、商法では計算規定を持っているが株式会社、有限会社、合名・合資会社のみに適用する。証券取引法では、大蔵省企業会計審議会が設定する会計基準に、日本公認会計士協会が作成する実務指針、それを受けて大蔵省の作成する大蔵省令いわゆる財務諸表規則・同取扱要領、連結財務諸表規則・同取扱要領、中間財務諸表規則・同取扱要領などを適用する。
証券取引法の会計基準を理解するためには、商法と税法に加えて証券取引法の中で3つの機関(企業会計審議会、日本公認会計士協会、大蔵省)が公表する基準・実務指針・規則を読まなければ有価証券報告書は作成できない。理解するためには、相互に重複し類似の文章が続く中、根気のいる作業になる。
建物、機械、有価証券、営業債権の認識・測定、開示は、商法であっても特殊法人であっても、つまり、いかなる法律のもとでも同じであるなら重複を避け、資源の無駄を避けるべきであろうし、会計基準を設定することで重複を避け関連当事者である財務諸表の作成者、投資家や融資機関など、会計監査人のすべてが理解しやすい会計基準が望まれる。
完成度の高い「会計基準」の設定は、インフラとして確立すべきである。格付けは企業に止まらず、地方自治体や国家にまで及ぶ。会計基準は企業会計とは共有できない場合もあるが、共通の部分も生じる。財務情報の開示は、説明責任を負った組織・団体に共通して求められ、これから益々重要になる。独立した機関が、理論的整合性を高め、分かりやすい信頼性の高い会計基準が求められている。
インターネットの出現
「明日までに、提携先を予定している企業の経営内容を調べてくれ」
上司から突然こんな指示を出されたら、ほとんどの人は「そんな無茶な!」と思うことだろう。調べる企業が有名な企業ならともかくとして・・・・
既に現実の話なのである。上場企業については、米国では米国証券取引委員会(SEC)に登録している企業は、SECのデーター・ベースにアクセスすることで、「財務情報」は、いつでも、どこからでも、無料で入手できることは知られている。
広く世間に知られていない企業であっても、自社のホームページを開設して広報に努めている会社が多くあり、上記のような上司の指示は「無茶な」ことではなくなっている。インターネット上のホームページの開設により、企業にとっては広報によりビジネスチャンスを広げようとし、提携先や取引先などにとっても、情報収集のコストや時間を節約できるメリットが生まれている。
現実に、米国のサイトにアクセスすると、企業のサイトには自社の年次報告書(財務情報)が掲載されており企業の経営内容を知る上で非常に役立っている。上場企業に限らず、非上場企業も数百万単位のホームページが検索される。年次報告書は当然、米国会計基準で作成されている。
年次報告書は、証券取引法の枠内で使用されるものでなく、非上場企業にあっても、提携や取引開始ないし継続取引にとって重要な情報なのである。
インターネットの出現は、日本の会計基準が、証券取引法のもとで大蔵省企業会計審議会が設定機関であり続けることに無理があることを示している。
なお、ホームページ「会計・税金・財務情報」(http://www.hi-ho.ne.jp/yokoyama-a/)では、国際会計基準、米国会計基準、米国地方自治体の会計基準、米国非営利団体の会計基準、米国連邦政府の会計基準、日米証券監督局、日米会計検査院にリンクして研究し易くしています。ご参照下さい。
1998年10月
公認会計士 横山明
〒2700034
松戸市新松戸7−173五番街A1405
TEL 047-346-5214 FAX 047-346-9636
E-mail : yokoyama-a@hi-ho.ne.jp
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